表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
14/81

第14話 初遠征

翌日。


まだ外がうっすら暗い時間に、ギルドに集まった。


「おはようございます」


入り口のところで待っていたリナに、ぺこりと頭を下げる。


「おはよう、アレンくん。

 今日は《風切りの牙》と一緒なんだってね」


「……うん」


きんちょうしているせいか、声が少しだけ固くなる。


それを見て、リナはふっと笑った。


「大丈夫。

 あの人たち、口は悪いけど、根はちゃんとしてるから」


「しってる。

 きのう、ちょっとだけ、わかった」



裏手の荷置き場には、すでに《風切りの牙》が集まっていた。


大きめの荷袋。

折りたたみのテント。

縄。

保存食の袋。


ガイルが荷物の全体を確認し、

セラは薬草袋の中身をチェックしている。


「お、来たな、ちっこい荷物持ちちゃん」


ディランが、片手を上げた。


「ほんさいようになるように、がんばります」


「お、やる気だな」


フィオナはちらっと俺を見ただけで、

すぐに森の方角へと視線を戻す。


イリスは、両手を合わせて小さく会釈した。


「おはようございます、アレンくん」


「おはようございます」



荷物の山を、ざっと見回す。


きのうの土ソリは、そのままだと森ではひっくり返ると言われていた。


あのあと、ギルドの裏庭で少し時間をもらい、

一枚板だったものを改良することにした。


下に、レールをつける。


丸太を縦に半分に割ったような形。

上は平らで、板を乗せる面。

下は半円で、前と後ろを少しだけ反らせる。


《アース》


土を、丸太半割りの形にこねる。

それを二本、板の幅に合わせて並べる。


《スコーチ》


外側と、板とくっつく上側だけを、しっかり焼き固める。

下側は、なめらかな半円になるように、

何度か焼いては削ってを繰り返した。


最後に、その上に荷台になる土板をのせ、

接地面をもう一度軽く焼いて、しっかりとくっつける。


スキー板が二本ついた、浅い皿のような形。


底は前よりもなめらかに丸く、

前後の端は、ほんの少しだけ反り上がっている。

側面には、荷物が横にずれ落ちにくい程度の浅い縁。


板二枚を引きずるよりは、きっとましなはずだ。


俺は、荷置き場の隅に置いてあったその改良版の土ソリを、

そっと引き出した。



「それは……きのうの板の、進化版か」


ガイルが、こちらを見る。


「はい。

 森でつかうなら、こうしたほうがいいかなって」


「へえ、ちょっとかっこいいな」


ディランが近づいてきて、底を指でなでた。


「おお、下が丸い。

 前も後ろも、ちょっとそってんな」


「いしとかねっこに、ひっかかりにくくなるように。

 そくめんのふちも、にもつがおちにくくして……」


説明しながら、自分でも少しだけそれっぽいな、と思う。


フィオナが、足元をじっと見ていた。


「森道。泥。小石。根っこ。落ち葉。

 完全には防げない」


「はい。

 だから、きょうは、どこまでいけるかためすひです」


そう言うと、フィオナは少し黙ってから、こくんとうなずいた。


「……傾いたら、すぐ手はなす。

 それができるなら、試していい」


「わかった」


命より荷物を優先しない、という条件だ。

大事なことだった。



荷物の仕分けが始まる。


テントや大きな袋は、いつもどおり背負子と肩に。

かさばるけど軽いものを、土ソリに回すことになった。


「この袋と、この箱。

 それから、予備のロープ類はソリでいいだろう」


ガイルが手早く指示を出す。


「ダメそうなら、途中で背負子に切り替える。

 その前提で行くぞ」


「了解」


セラとディランが、慣れた手つきで荷物を振り分ける。


イリスは、ヒール用の水袋と薬草袋を背中に固定していた。


俺は、ソリの位置とバランスを見ながら、

荷物をのせる向きを細かく調整する。


重いものは、できるだけ真ん中。

高さのある箱は、縁の内側。


ロープで全体を軽く一巻きし、

ずれにくいけれど、いざというときにはすぐ切れる結び方でまとめていく。


それを見て、セラが小さくつぶやいた。


「器用ね、アレンくん」


「めいどのミーナに、にもつのまとめかた、おそわったので」


屋敷での仕事は、こういうところでも役に立つ。



準備が整った。


ガイルが森の方角に目を向ける。


「よし、出るぞ」


ギルドの門を抜け、石だたみから土の道へ。


朝の空気は少し冷たく、

吐く息がうっすら白い。


背負子の荷物が、ぎしっと音を立てて揺れる。


その横で、

俺は土ソリの後ろにロープを結び、

両手でしっかりと握っていた。


いよいよ本番だ。


胸のあたりが、少しだけ強く燃えた。



最初は、ただの土道だった。


わだちの跡が固まった道。

小石はあるが、大きな段差は少ない。


《アース》


進行方向の少し先に、薄く魔力を流す。


土をどろどろにするのではなく、

ほんの少し湿らせるくらい。


ソリの底を滑らせるための、なめらかなレーンを作るイメージだ。


軽く勢いをつけると、

ずるっ、とソリが前に出た。


「おお」


ディランが振り返る。


「きのうより、だいぶ滑りがいいな」


「うん。

 したがまるいから、ひっかかりにくいです」


「森に入る前までは、これで十分だな」


ガイルが短く言った。


「森の中に入ってからが本番だ」



しばらく歩くと、道の両側に木が増え始めた。


土はところどころ柔らかく、

木の根がうねっている。


落ち葉。

小枝。

くぼみ。


ここからが試験だ。


呼吸を整え、足元をよく見る。


《アース》


段差の少し手前を、ほんのわずかだけ柔らかくする。


石を埋めるというより、

角を丸くして、なめらかにする感覚。


同時に、ソリの進路を、

根や大石を避けるように選ぶ。


ぐいっ。


ロープを引くと、

ソリが段差を乗り越えた。


がたっと跳ねる感じはあるが、

ひっくり返ることはない。


「……悪くない」


フィオナが、小さく言った。


「森道で、ここまで動く。

 完全にナシではない」


「ありがとうございます」


素直に頭を下げる。


ディランが、横を歩きながらニヤニヤしていた。


「そのうち、土ソリくんに昇格だな?」


「まだ、こうほですから」


「謙虚だねえ」



一時間ほど歩いたところで、最初の小休憩になった。


木陰の、広場のような場所だ。


「ここで一回、水と軽食だ」


ガイルが荷を下ろす。


俺もソリを木の根元に寄せ、ロープを外した。


背負子の面々は、重い荷物をどさっと下ろし、

肩をぐるぐる回している。


胸の奥の、魔力のたまり場に意識を向ける。


「まずは、みず」


空のカップを並べ、

《ウオーター》で順番に満たしていく。


喉を潤すための、普通の水。


それとは別に、声をかけた。


「あまいみずがいいひと、いますか」


「はい!」


ディランが真っ先に手を上げる。


「きのうの、もういっかい!」


「じゃあ、いっぱいだけ。

 きょうは、まださきがながいから、のみすぎきんしです」


「へいへい」


《ヒール水》


透明な水が、ちょろちょろとカップに落ちる。


一口飲んで、ディランがうなずいた。


「これこれ。

 ちょっと変な甘さだけど、喉にひっかからねえ」


「わたしも、少しだけ」


イリスがカップを借りて、一口飲む。


「……不思議な味ですね。

 甘いわけじゃないのに、甘い」


「魔力味ってやつかしら」


セラが、普通の水を飲みながら言う。


「でも、悪くないわ。

 休憩ごとに一口なら、魔力の無駄でもない」


「そういう使い方なら、許容だな」


ガイルが短くうなずいた。



俺も、普通の水を一口飲む。


それから、手を見下ろした。


ここで、少しだけ試してみる。


《温水》


手のひらに、ぬるま湯を少し出す。


今度は飲み水じゃない。

手足を洗うための温度だ。


「て、あらいたいひと、いますか」


「はい」


セラがすぐに来た。


「薬草を触ったあとは、洗っておきたいから」


木の幹のくぼみを使い、

小さな洗面器代わりにする。


そこに、ちょうどいい温度の湯をためる。


セラが手袋を外し、

指先まで丁寧に洗った。


「……これは反則ね」


小さく笑う。


「冷たい水と、この温度じゃ、

 疲れ方が全然違うわ」


イリスも、おずおずと手を浸す。


「わあ……

 森の中で、こんな温かい水、初めてです」


フィオナも一瞬迷ってから、

そっと指先だけ浸した。


「……悪くない」



休憩を終え、再び歩き出す。


坂。

ぬかるみ。

木の根。


危ないところだけ、

ほんの少し角を削る。


全部を魔法で何とかしない。

必要なところだけ、手を入れる。


そう意識しながら、

土ソリの進路を選んでいく。


ぐいっ。

ずるっ。


根に当たって、ソリが少し跳ねる。


「おっと」


ディランが横から支えた。


「だいじょうぶです」


ロープを緩め、向きを直す。


「ヤバそうなら、すぐ放せ」


ガイルが言う。


「荷物より、お前の足だ」


「わかってます」


本当に危ないところでは、

先に自分だけ進み、

それから《アース》で少し均して、

みんなで一緒に引き上げた。


一人じゃなくて、みんなで。


それでいい。



昼前。


少し開けた場所で、長めの休憩になった。


ガイルたちは手早く火を起こし、

スープを温め始める。


俺は、その横で地面を見下ろした。


もう一つ、試したい。


《アース》


地面の一角を、浅く柔らかくする。


指で縁をなぞり、

人一人が寝られる長方形を作る。


一度、魔力を切る。


今度は、手で土をならし、

真ん中を少しだけくぼませた。


《スコーチ》


表面だけを、薄く焼き固める。


じゅっ、という音。


指で押すと、

表面はさらっとしていて、

中はほどよく弾力がある。


泥クッション、一号。


「なにやってんだ」


「おひるねようの、べっどです」


自分でごろんと寝てみる。


「……おお」


体の重さが、うまく分散される。


「ただのじめんより、だいぶらくです」


「貸しなさい」


セラが半分だけ寝転がる。


「……これは反則、第二弾ね」


フィオナも少し興味を示した。


「それ、冷えない?」


「つちのぬくもりは、のこるはずです」


「泥ベッドか」


ディランが楽しそうに言った。


スープと、乾いたパンの、

質素だけれど温かい昼食をとる。


腹が満たされると、

自然と動きもゆるくなっていく。


誰からともなく、

泥ベッドを取り合うようにして、

ごろごろと体を休め始めた。


「……今日は、体の疲れ方が全然違うな」


ディランが、腕を頭の下に敷いて、

天を仰ぎながら言った。


「同じ距離、同じ荷物のはずなのに、

 腰に来る感じが、ぜんぜん軽え」


「足の裏も、まだ重くない」


フィオナも、短く言う。

でも、その声は、朝よりも少しだけ柔らかかった。


「……たしかに」


イリスが、自分の手をきゅっと握ってから、

そっと開く。


「いつもなら、もう指がこわばってくる頃なのに。

 まだ、ちゃんと動きます」


「あまい水も、一口あると違いますね」


そう言って、ほんの少しだけ笑った。


「飲む前と後で、

 息の通り方が変わる感じがします」


「それに、手を洗えるのがね」


セラが、指先をくるりと回しながら続ける。


「冷たい水で我慢するのと、

 あの温度で洗えるのとじゃ、

 細かい疲れの残り方が全然違うわ」


「……」


ガイルは、何も言わずにそれを聞いていたが、

ふっと小さく息を吐いた。


「贅沢病だな」


口調はいつも通り、ぶっきらぼう。

でも、否定の響きはなかった。


「一度こういう楽を覚えると、

 前と同じ遠征に戻れなくなる」


「それは……」


ディランが、にやっと口角を上げる。


「戻りたくなかったら、

 こいつを雇えばいいんですよ」


そう言って、

寝転がったまま、親指で俺を指した。


「なあ、土ソリくん」


「さいよう、ですか」


思わず、聞き返す。


ディランは、体を起こして、

俺のほうをちゃんと見た。


「きょうの働きなら、合格点だろ」


一つ、指を立てる。


「まず、荷物。

 森道でも、ちゃんと動いてる。

 ひっくり返ってねえ」


もう一つ、指を立てる。


「それから、甘い水。

 気休めじゃねえ。

 休憩の質が、確実に上がってる」


さらに、もう一つ。


「最後に、泥ベッド。

 これは……正直、反則だ」


肩をすくめて、笑う。


「昼休みで、ここまで体が戻るなら、

 午後の動きも変わってくる」


「……」


俺は、なにも言えずに、

その言葉を聞いていた。


「だからよ」


ディランが、軽く親指を立てる。


「ちっこい荷物持ちちゃんは卒業だ。

 今日から、お前は――」


一瞬、間を取ってから、


「土ソリくんな」


「……」


少しだけ考えてから、答える。


「……まあ。

 にもつもちちゃん、よりは、いいかな」


「お、言ったな?」


「気に入ってきてるじゃねえか」


「そういうわけじゃ、ないですけど」


そんなやり取りに、

小さな笑い声が混じる。


ガイルは、最後に一言だけ言った。


「調子に乗るなよ」


でも、その目は、

最初よりも、ずっと穏やかだった。



泥ベッドの端に腰を下ろして、

みんなの様子を眺める。


誰かが笑って、

誰かが大きく伸びをして、

誰かが、目を閉じて休んでいる。


本やゲームの中では、

魔法は、敵を倒すためのものだった。


でも、今は違う。


荷物が、少し軽くなって。

手足が、少しきれいになって。

体の疲れが、少し抜けて。

寝る場所が、少し柔らかくなる。


それだけで、

空気が、こんなにも変わる。


俺の、ほんのちょっとの魔法で、

みんなが少しだけ楽になって、

少しだけ笑っている。


それだけで、

魔法を覚えた価値は、十分だった。


胸の奥のたまり場が、

静かに、でも確かに熱を帯びる。


よし。


明日も、その次も。

まずは、この人たちの遠征を、

少しずつ楽にしていこう。


そう思いながら、

俺は泥ベッドに、ごろんと仰向けに転がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ