第14話 初遠征
翌日。
まだ外がうっすら暗い時間に、ギルドに集まった。
「おはようございます」
入り口のところで待っていたリナに、ぺこりと頭を下げる。
「おはよう、アレンくん。
今日は《風切りの牙》と一緒なんだってね」
「……うん」
きんちょうしているせいか、声が少しだけ固くなる。
それを見て、リナはふっと笑った。
「大丈夫。
あの人たち、口は悪いけど、根はちゃんとしてるから」
「しってる。
きのう、ちょっとだけ、わかった」
◇
裏手の荷置き場には、すでに《風切りの牙》が集まっていた。
大きめの荷袋。
折りたたみのテント。
縄。
保存食の袋。
ガイルが荷物の全体を確認し、
セラは薬草袋の中身をチェックしている。
「お、来たな、ちっこい荷物持ちちゃん」
ディランが、片手を上げた。
「ほんさいようになるように、がんばります」
「お、やる気だな」
フィオナはちらっと俺を見ただけで、
すぐに森の方角へと視線を戻す。
イリスは、両手を合わせて小さく会釈した。
「おはようございます、アレンくん」
「おはようございます」
◇
荷物の山を、ざっと見回す。
きのうの土ソリは、そのままだと森ではひっくり返ると言われていた。
あのあと、ギルドの裏庭で少し時間をもらい、
一枚板だったものを改良することにした。
下に、レールをつける。
丸太を縦に半分に割ったような形。
上は平らで、板を乗せる面。
下は半円で、前と後ろを少しだけ反らせる。
《アース》
土を、丸太半割りの形にこねる。
それを二本、板の幅に合わせて並べる。
《スコーチ》
外側と、板とくっつく上側だけを、しっかり焼き固める。
下側は、なめらかな半円になるように、
何度か焼いては削ってを繰り返した。
最後に、その上に荷台になる土板をのせ、
接地面をもう一度軽く焼いて、しっかりとくっつける。
スキー板が二本ついた、浅い皿のような形。
底は前よりもなめらかに丸く、
前後の端は、ほんの少しだけ反り上がっている。
側面には、荷物が横にずれ落ちにくい程度の浅い縁。
板二枚を引きずるよりは、きっとましなはずだ。
俺は、荷置き場の隅に置いてあったその改良版の土ソリを、
そっと引き出した。
◇
「それは……きのうの板の、進化版か」
ガイルが、こちらを見る。
「はい。
森でつかうなら、こうしたほうがいいかなって」
「へえ、ちょっとかっこいいな」
ディランが近づいてきて、底を指でなでた。
「おお、下が丸い。
前も後ろも、ちょっとそってんな」
「いしとかねっこに、ひっかかりにくくなるように。
そくめんのふちも、にもつがおちにくくして……」
説明しながら、自分でも少しだけそれっぽいな、と思う。
フィオナが、足元をじっと見ていた。
「森道。泥。小石。根っこ。落ち葉。
完全には防げない」
「はい。
だから、きょうは、どこまでいけるかためすひです」
そう言うと、フィオナは少し黙ってから、こくんとうなずいた。
「……傾いたら、すぐ手はなす。
それができるなら、試していい」
「わかった」
命より荷物を優先しない、という条件だ。
大事なことだった。
◇
荷物の仕分けが始まる。
テントや大きな袋は、いつもどおり背負子と肩に。
かさばるけど軽いものを、土ソリに回すことになった。
「この袋と、この箱。
それから、予備のロープ類はソリでいいだろう」
ガイルが手早く指示を出す。
「ダメそうなら、途中で背負子に切り替える。
その前提で行くぞ」
「了解」
セラとディランが、慣れた手つきで荷物を振り分ける。
イリスは、ヒール用の水袋と薬草袋を背中に固定していた。
俺は、ソリの位置とバランスを見ながら、
荷物をのせる向きを細かく調整する。
重いものは、できるだけ真ん中。
高さのある箱は、縁の内側。
ロープで全体を軽く一巻きし、
ずれにくいけれど、いざというときにはすぐ切れる結び方でまとめていく。
それを見て、セラが小さくつぶやいた。
「器用ね、アレンくん」
「めいどのミーナに、にもつのまとめかた、おそわったので」
屋敷での仕事は、こういうところでも役に立つ。
◇
準備が整った。
ガイルが森の方角に目を向ける。
「よし、出るぞ」
ギルドの門を抜け、石だたみから土の道へ。
朝の空気は少し冷たく、
吐く息がうっすら白い。
背負子の荷物が、ぎしっと音を立てて揺れる。
その横で、
俺は土ソリの後ろにロープを結び、
両手でしっかりと握っていた。
いよいよ本番だ。
胸のあたりが、少しだけ強く燃えた。
◇
最初は、ただの土道だった。
わだちの跡が固まった道。
小石はあるが、大きな段差は少ない。
《アース》
進行方向の少し先に、薄く魔力を流す。
土をどろどろにするのではなく、
ほんの少し湿らせるくらい。
ソリの底を滑らせるための、なめらかなレーンを作るイメージだ。
軽く勢いをつけると、
ずるっ、とソリが前に出た。
「おお」
ディランが振り返る。
「きのうより、だいぶ滑りがいいな」
「うん。
したがまるいから、ひっかかりにくいです」
「森に入る前までは、これで十分だな」
ガイルが短く言った。
「森の中に入ってからが本番だ」
◇
しばらく歩くと、道の両側に木が増え始めた。
土はところどころ柔らかく、
木の根がうねっている。
落ち葉。
小枝。
くぼみ。
ここからが試験だ。
呼吸を整え、足元をよく見る。
《アース》
段差の少し手前を、ほんのわずかだけ柔らかくする。
石を埋めるというより、
角を丸くして、なめらかにする感覚。
同時に、ソリの進路を、
根や大石を避けるように選ぶ。
ぐいっ。
ロープを引くと、
ソリが段差を乗り越えた。
がたっと跳ねる感じはあるが、
ひっくり返ることはない。
「……悪くない」
フィオナが、小さく言った。
「森道で、ここまで動く。
完全にナシではない」
「ありがとうございます」
素直に頭を下げる。
ディランが、横を歩きながらニヤニヤしていた。
「そのうち、土ソリくんに昇格だな?」
「まだ、こうほですから」
「謙虚だねえ」
◇
一時間ほど歩いたところで、最初の小休憩になった。
木陰の、広場のような場所だ。
「ここで一回、水と軽食だ」
ガイルが荷を下ろす。
俺もソリを木の根元に寄せ、ロープを外した。
背負子の面々は、重い荷物をどさっと下ろし、
肩をぐるぐる回している。
胸の奥の、魔力のたまり場に意識を向ける。
「まずは、みず」
空のカップを並べ、
《ウオーター》で順番に満たしていく。
喉を潤すための、普通の水。
それとは別に、声をかけた。
「あまいみずがいいひと、いますか」
「はい!」
ディランが真っ先に手を上げる。
「きのうの、もういっかい!」
「じゃあ、いっぱいだけ。
きょうは、まださきがながいから、のみすぎきんしです」
「へいへい」
《ヒール水》
透明な水が、ちょろちょろとカップに落ちる。
一口飲んで、ディランがうなずいた。
「これこれ。
ちょっと変な甘さだけど、喉にひっかからねえ」
「わたしも、少しだけ」
イリスがカップを借りて、一口飲む。
「……不思議な味ですね。
甘いわけじゃないのに、甘い」
「魔力味ってやつかしら」
セラが、普通の水を飲みながら言う。
「でも、悪くないわ。
休憩ごとに一口なら、魔力の無駄でもない」
「そういう使い方なら、許容だな」
ガイルが短くうなずいた。
◇
俺も、普通の水を一口飲む。
それから、手を見下ろした。
ここで、少しだけ試してみる。
《温水》
手のひらに、ぬるま湯を少し出す。
今度は飲み水じゃない。
手足を洗うための温度だ。
「て、あらいたいひと、いますか」
「はい」
セラがすぐに来た。
「薬草を触ったあとは、洗っておきたいから」
木の幹のくぼみを使い、
小さな洗面器代わりにする。
そこに、ちょうどいい温度の湯をためる。
セラが手袋を外し、
指先まで丁寧に洗った。
「……これは反則ね」
小さく笑う。
「冷たい水と、この温度じゃ、
疲れ方が全然違うわ」
イリスも、おずおずと手を浸す。
「わあ……
森の中で、こんな温かい水、初めてです」
フィオナも一瞬迷ってから、
そっと指先だけ浸した。
「……悪くない」
◇
休憩を終え、再び歩き出す。
坂。
ぬかるみ。
木の根。
危ないところだけ、
ほんの少し角を削る。
全部を魔法で何とかしない。
必要なところだけ、手を入れる。
そう意識しながら、
土ソリの進路を選んでいく。
ぐいっ。
ずるっ。
根に当たって、ソリが少し跳ねる。
「おっと」
ディランが横から支えた。
「だいじょうぶです」
ロープを緩め、向きを直す。
「ヤバそうなら、すぐ放せ」
ガイルが言う。
「荷物より、お前の足だ」
「わかってます」
本当に危ないところでは、
先に自分だけ進み、
それから《アース》で少し均して、
みんなで一緒に引き上げた。
一人じゃなくて、みんなで。
それでいい。
◇
昼前。
少し開けた場所で、長めの休憩になった。
ガイルたちは手早く火を起こし、
スープを温め始める。
俺は、その横で地面を見下ろした。
もう一つ、試したい。
《アース》
地面の一角を、浅く柔らかくする。
指で縁をなぞり、
人一人が寝られる長方形を作る。
一度、魔力を切る。
今度は、手で土をならし、
真ん中を少しだけくぼませた。
《スコーチ》
表面だけを、薄く焼き固める。
じゅっ、という音。
指で押すと、
表面はさらっとしていて、
中はほどよく弾力がある。
泥クッション、一号。
「なにやってんだ」
「おひるねようの、べっどです」
自分でごろんと寝てみる。
「……おお」
体の重さが、うまく分散される。
「ただのじめんより、だいぶらくです」
「貸しなさい」
セラが半分だけ寝転がる。
「……これは反則、第二弾ね」
フィオナも少し興味を示した。
「それ、冷えない?」
「つちのぬくもりは、のこるはずです」
「泥ベッドか」
ディランが楽しそうに言った。
◇
スープと、乾いたパンの、
質素だけれど温かい昼食をとる。
腹が満たされると、
自然と動きもゆるくなっていく。
誰からともなく、
泥ベッドを取り合うようにして、
ごろごろと体を休め始めた。
「……今日は、体の疲れ方が全然違うな」
ディランが、腕を頭の下に敷いて、
天を仰ぎながら言った。
「同じ距離、同じ荷物のはずなのに、
腰に来る感じが、ぜんぜん軽え」
「足の裏も、まだ重くない」
フィオナも、短く言う。
でも、その声は、朝よりも少しだけ柔らかかった。
「……たしかに」
イリスが、自分の手をきゅっと握ってから、
そっと開く。
「いつもなら、もう指がこわばってくる頃なのに。
まだ、ちゃんと動きます」
「あまい水も、一口あると違いますね」
そう言って、ほんの少しだけ笑った。
「飲む前と後で、
息の通り方が変わる感じがします」
「それに、手を洗えるのがね」
セラが、指先をくるりと回しながら続ける。
「冷たい水で我慢するのと、
あの温度で洗えるのとじゃ、
細かい疲れの残り方が全然違うわ」
「……」
ガイルは、何も言わずにそれを聞いていたが、
ふっと小さく息を吐いた。
「贅沢病だな」
口調はいつも通り、ぶっきらぼう。
でも、否定の響きはなかった。
「一度こういう楽を覚えると、
前と同じ遠征に戻れなくなる」
「それは……」
ディランが、にやっと口角を上げる。
「戻りたくなかったら、
こいつを雇えばいいんですよ」
そう言って、
寝転がったまま、親指で俺を指した。
「なあ、土ソリくん」
「さいよう、ですか」
思わず、聞き返す。
ディランは、体を起こして、
俺のほうをちゃんと見た。
「きょうの働きなら、合格点だろ」
一つ、指を立てる。
「まず、荷物。
森道でも、ちゃんと動いてる。
ひっくり返ってねえ」
もう一つ、指を立てる。
「それから、甘い水。
気休めじゃねえ。
休憩の質が、確実に上がってる」
さらに、もう一つ。
「最後に、泥ベッド。
これは……正直、反則だ」
肩をすくめて、笑う。
「昼休みで、ここまで体が戻るなら、
午後の動きも変わってくる」
「……」
俺は、なにも言えずに、
その言葉を聞いていた。
「だからよ」
ディランが、軽く親指を立てる。
「ちっこい荷物持ちちゃんは卒業だ。
今日から、お前は――」
一瞬、間を取ってから、
「土ソリくんな」
「……」
少しだけ考えてから、答える。
「……まあ。
にもつもちちゃん、よりは、いいかな」
「お、言ったな?」
「気に入ってきてるじゃねえか」
「そういうわけじゃ、ないですけど」
そんなやり取りに、
小さな笑い声が混じる。
ガイルは、最後に一言だけ言った。
「調子に乗るなよ」
でも、その目は、
最初よりも、ずっと穏やかだった。
◇
泥ベッドの端に腰を下ろして、
みんなの様子を眺める。
誰かが笑って、
誰かが大きく伸びをして、
誰かが、目を閉じて休んでいる。
本やゲームの中では、
魔法は、敵を倒すためのものだった。
でも、今は違う。
荷物が、少し軽くなって。
手足が、少しきれいになって。
体の疲れが、少し抜けて。
寝る場所が、少し柔らかくなる。
それだけで、
空気が、こんなにも変わる。
俺の、ほんのちょっとの魔法で、
みんなが少しだけ楽になって、
少しだけ笑っている。
それだけで、
魔法を覚えた価値は、十分だった。
胸の奥のたまり場が、
静かに、でも確かに熱を帯びる。
よし。
明日も、その次も。
まずは、この人たちの遠征を、
少しずつ楽にしていこう。
そう思いながら、
俺は泥ベッドに、ごろんと仰向けに転がった。




