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初級魔法しか取り柄がない!!  作者: なるっち
1章 ハルトシュタイン辺境領編 ― 初級魔法の少年
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第12話 土ソリ開発 

ギルドの中を抜け、裏手へ回る。


そこには倉庫があり、

荷車がいくつか並び、

木箱が山のように積まれていた。


バルドとリナ、

それに様子見の冒険者が数人、ぞろぞろとついてきている。


「ここだ」


バルドが、どん、と足元を叩いた。


俺の前に置かれていたのは、

子どもの身長を優に超える、大きな木箱だった。



「この箱を、そこの壁際まで運んでみな」


バルドが指さす先は、倉庫の奥。

十数メートルほど離れた、床に引かれた一本の線だった。


「……おもそう」


見ただけで分かる。


中身は鉱石。

ぎっしり詰まっているらしく、箱の側面の板がわずかにたわんでいる。


これを無理に持ち上げたら、確実に腰をやる。

子どもでなくても危ない重さだ。


「アレン坊ちゃま」


横から、リナが心配そうに声をかけてきた。


「本当に無理そうだったら、ちゃんと無理だって言ってくださいね。

 頑張りすぎて怪我をしたら、大変ですから」


「……うん」


止めようとしているのが、声の調子で分かる。

優しいけど、真面目な声だった。


普通なら、ここで諦める。

これはきっと、子どもに現実を教えるための試験だ。


でも。


バルドは、「運べ」とは言った。

「持ち上げろ」とは、言っていない。



まずは、普通にやってみる。


箱の端に手をかけ、力いっぱい押す。


「……っ」


びくともしない。


角度を変え、肩を押しつけ、足で踏ん張る。


「んんん……」


きし、と小さな音がした。

動いたのは、ほんの数センチだけだ。


「無茶しちゃだめですよ?」


リナの声が、さらに近くなる。


後ろのほうで、冒険者の一人がぼそっと言った。


「そいつは大の男でも二人がかりだ。

 坊ちゃんが相手するもんじゃねえ」


その通りだと思う。

筋力で張り合うのは、最初から無理がある。


持てないなら、引きずればいい。

引きずるのが重いなら、滑りやすくすればいい。


前の世界の記憶が、自然とつながる。


家具の下に敷くスライダー。

引っ越しの台車。

雪の上を滑るソリ。


そうだ、ソリだ。


今は雪がない。

でも、足元には土がある。


箱の側面を見て、もう一つ気づく。


鉱石の粉や泥で、箱の底を汚したら、あとで確実に怒られる。

荷物に直接、泥をつけるわけにはいかない。


子どもの力でも動かせて、

荷物も汚さない方法。


答えは一つだった。


土の板を作る。



「バルドさん」


「なんだ」


「動かせば、いいんだよね」


「そりゃそうだ」


「やりかたは、なんでも?」


「荷物に傷をつけなきゃな」


「ん」


条件はそろった。


俺は箱から一歩離れ、

近くの、何も置いていない地面を選ぶ。


足元の土に手をかざす。


《アース》


胸の奥に溜まる感覚を、足元へ流す。

土を、水気を含んだように柔らかくする。


ぐず、と地面が沈む。


そこから、泥状の土を両手で集める。

押して、伸ばして、形を整える。


長方形。

分厚い板の形。

片側の端だけ、わずかに反らせる。


陶芸の粘土をこねるみたいに、

表面をできるだけ平らに仕上げる。


《スコーチ》


今度は火。


表面だけを薄く焼き固めるイメージ。


じゅっ、じじじっ。


土の色が、焦げ茶色に変わる。

叩くと、硬い音が返ってきた。


下は土のまま、

上はしっかりした板。


焼いた土の板。

それで十分だ。


まずは動かせることが大事だ。


同じものを、もう一枚作る。


今度は、少しだけ長めに。

左右から支えたほうが、箱は安定する。


二枚の土の板。

上は焼き固め、下は地面になじむ。


「なに作ってんだ、あれ」


「土の板……焼いてるのか?」


後ろで、冒険者たちがざわつき始める。



まずは一枚目。


箱の右側へ、土の板を引きずって運ぶ。

板自体は、子どもの力でもなんとか動かせる。


箱の横、中央あたりで止める。


腰を落とし、体重をかけて、箱の右側をほんの少し浮かせる。

完全に持ち上げる必要はない。


できた隙間に、反らせた端を滑り込ませる。


何度か角度を調整しながら押し込み、

箱の底の半分ほどが、板の上に乗った。


次は左側。


もう一枚の板を引きずって持ってくる。

片側がすでに持ち上がっているぶん、さっきより楽だ。


同じように隙間を作り、

左右から挟むように、板を押し込んでいく。


最終的に、箱の底のほとんどが、

二枚の土の板の上に収まった。


泥は直接触れていない。

焼き固めた面が、きちんと受け止めている。


「……おい、乗せやがったぞ」


「箱が、板の上に浮いてるみてえだ」


ひそひそとした声が、倉庫のあちこちから漏れ始める。


俺は、ここまでで少し息が上がっていた。

腕も脚も、正直に言えば楽ではない。


でも、まだだ。


これは、持ち上げたわけじゃない。

ただ「動かせる形」にしただけにすぎない。


ここから先、

本当に前へ進めるかどうかが問題だ。



進行方向の地面に、視線を落とす。


乾いた土。

このままじゃ、土ソリの底が引っかかる。


《アース》


声に出して、魔力を流す。


さっきほど柔らかくはしない。

表面だけ、うっすらと湿る程度。


踏めば、少し沈むくらいの状態。


これでいい。


焼き固めた土の板が、

その上を滑る感触を、頭の中でなぞる。


「……道、作ってるぞ」


誰かが、低い声で言った。



箱の後ろに回る。


二枚の土ソリの間に立ち、

両手を木箱の背に当てる。


足を踏ん張り、

一度、大きく息を吸う。


「……っ」


押す。

最初は、びくともしない。


だが――


じり。

指先に、わずかな変化が伝わった。


もう一度、力を込める。


じり、じりじり。


土ソリの底が、

湿った地面の上を、ゆっくりと滑っていく。


「……動いてる」


「箱、前に出てるぞ」


声が、少し大きくなる。



呼吸を整えて、もう一押し。


「んっ!」


ずりっ。


今度は、はっきりと分かる前進。

半歩ほど、箱が動いた。


「おい……」


「マジかよ」


最初は半信半疑だった視線が、

完全に「見る目」に変わっていくのが分かる。



ここからは、同じ作業の繰り返しだ。


進行方向の地面を、《アース》で軽く整える。

箱ごと、土ソリを押す。


少し進んだら、また地面を整える。


途中で、板の滑りが悪くなったら、

《スコーチ》で底面をなぞる。


焼きすぎない。

表面がつるりとすれば、それで十分。


「……火と土、同時に使ってやがる」


「切り替え、早くねえか?」


後ろの冒険者たちの声が、

驚きから、感心に変わっていく。


数メートル進んだあたりで、

額から汗が落ちた。


正直、きつい。


でも、不思議と嫌じゃなかった。


押せば、進む。

工夫すれば、結果が返ってくる。


それが、はっきり分かる。


「これ、荷車いらねえな」


「鉱山の中でも使えそうだ」


「雪の上でも、応用できるぞ」


勝手に応用の話まで始まっている。


俺は聞こえないふりをして、

ただ、目の前の箱だけを見る。


あと、少しだ。


指定されたラインが、すぐそこに見える。

最後に、もう一度だけ息を吸う。


「……っっ」


全身に力を込めて、押す。


ずりっ。


土ソリごと、箱がラインを越えた。


どさり。


完全に止まった。


「……はい、とうちゃくです」


そう言ってから、

大きく息を吐いた。



一瞬の沈黙。


それから――

どっと、歓声があふれた。


「やりやがった」

「マジかよ」

「おい、あのソリの構造、ちゃんと見とけ」


誰かがぱちぱちと拍手を始める。

それにつられて、何人かが手を叩いた。


俺は、膝に手をついて、

しばらく呼吸を整える。


胸の奥が、じんわりと熱い。


――ちゃんと、できた。


バルドが、ゆっくりと歩いてきた。

俺の前に立ち、上から見下ろす。


「お前さん」


「……はい」


「筋力で張り合うんじゃなくて、

 やり方そのものを変えるか」


バルドの口角が、わずかに上がる。


「いい目をしてる」


そう言って、頭を軽くこづいた。


痛くはない。

だが、妙に重みのある一発だった。


「リナ」


「は、はい!」


少し呆然としていたリナが、慌てて返事をする。


「条件付きで、ポーター登録だ。

 正式に承認してやれ」


「ギルド長! 本当に、いいんですか?」


リナの声が、思わず上ずる。


「アレン様、まだ小さいですよ?

 危ない目にあわせるのは――」


「だから、条件付きだ」


バルドは、肩をすくめた。


「倉庫仕事と、街の近場の依頼の荷物持ちまで。

 前線には出さねえ。

 必ず大人のパーティに付ける」


「でも……」


リナは、まだ納得しきれない様子だ。


バルドは、ちらっと俺を見てから、

少しだけ声の調子を落とした。


「どんだけでも運べますって豪語したんだ。

 それなりにやるところは、ちゃんと見せただろ」


それから、続ける。


「それに――」


一瞬、倉庫を見回す。


「こういう、ちょっとした工夫ができる奴はな。

 ギルドとしても、そう簡単に手放したくない」


リナは、俺とバルドを交互に見て、

しばらく考え込んだあと、

小さくため息をついた。


「……分かりました。

 でしたら、私もちゃんと見ていますからね」


俺のほうを向き、

いつもの柔らかい笑顔になる。


「アレン様。

 危ないと思ったら、絶対に無理はしないこと。

 約束できますか?」


「……うん。

 やくそくする」


ちゃんと、目を見て答える。


リナは、ほんの少しだけ安心したように微笑んだ。



この世界は、

ちょっとした工夫にも、きちんと反応が返ってくる。


前の世界では、

何かを工夫しても、

「まあ、そうだよね」で流されることが多かった。


ここでは違う。


焼いた土の板一枚でも、

ちゃんと見て、評価して、拾い上げてくれる大人がいる。


胸のあたりが、ふわりと熱を帯びた。


よし。

まずは、ポーターからだ。



「その……」


自分でも、少し緊張しているのが分かる。


「ボクのこと、ギルドでは

 ただのアレンって呼んでください」


できるだけ、はっきりと言った。


リナが、ぱちぱちと瞬きをする。


「ただのアレンを名乗りたいならよ」


バルドが、にやりと笑う。


「ボクって言い方も、変えねえとな」


「……オ、オレ、です」


少し口がつっかえたけど、

なんとか言い切った。


思わず、ぷいっとそっぽを向く。


リナが、くすっと笑う。


「じゃあ、とりあえずアレンくんね」


「……うん」


俺の「冒険者ごっこ」は、

こうして、少しずつ始まっていった。

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