第12話 土ソリ開発
ギルドの中を抜け、裏手へ回る。
そこには倉庫があり、
荷車がいくつか並び、
木箱が山のように積まれていた。
バルドとリナ、
それに様子見の冒険者が数人、ぞろぞろとついてきている。
「ここだ」
バルドが、どん、と足元を叩いた。
俺の前に置かれていたのは、
子どもの身長を優に超える、大きな木箱だった。
◇
「この箱を、そこの壁際まで運んでみな」
バルドが指さす先は、倉庫の奥。
十数メートルほど離れた、床に引かれた一本の線だった。
「……おもそう」
見ただけで分かる。
中身は鉱石。
ぎっしり詰まっているらしく、箱の側面の板がわずかにたわんでいる。
これを無理に持ち上げたら、確実に腰をやる。
子どもでなくても危ない重さだ。
「アレン坊ちゃま」
横から、リナが心配そうに声をかけてきた。
「本当に無理そうだったら、ちゃんと無理だって言ってくださいね。
頑張りすぎて怪我をしたら、大変ですから」
「……うん」
止めようとしているのが、声の調子で分かる。
優しいけど、真面目な声だった。
普通なら、ここで諦める。
これはきっと、子どもに現実を教えるための試験だ。
でも。
バルドは、「運べ」とは言った。
「持ち上げろ」とは、言っていない。
◇
まずは、普通にやってみる。
箱の端に手をかけ、力いっぱい押す。
「……っ」
びくともしない。
角度を変え、肩を押しつけ、足で踏ん張る。
「んんん……」
きし、と小さな音がした。
動いたのは、ほんの数センチだけだ。
「無茶しちゃだめですよ?」
リナの声が、さらに近くなる。
後ろのほうで、冒険者の一人がぼそっと言った。
「そいつは大の男でも二人がかりだ。
坊ちゃんが相手するもんじゃねえ」
その通りだと思う。
筋力で張り合うのは、最初から無理がある。
持てないなら、引きずればいい。
引きずるのが重いなら、滑りやすくすればいい。
前の世界の記憶が、自然とつながる。
家具の下に敷くスライダー。
引っ越しの台車。
雪の上を滑るソリ。
そうだ、ソリだ。
今は雪がない。
でも、足元には土がある。
箱の側面を見て、もう一つ気づく。
鉱石の粉や泥で、箱の底を汚したら、あとで確実に怒られる。
荷物に直接、泥をつけるわけにはいかない。
子どもの力でも動かせて、
荷物も汚さない方法。
答えは一つだった。
土の板を作る。
◇
「バルドさん」
「なんだ」
「動かせば、いいんだよね」
「そりゃそうだ」
「やりかたは、なんでも?」
「荷物に傷をつけなきゃな」
「ん」
条件はそろった。
俺は箱から一歩離れ、
近くの、何も置いていない地面を選ぶ。
足元の土に手をかざす。
《アース》
胸の奥に溜まる感覚を、足元へ流す。
土を、水気を含んだように柔らかくする。
ぐず、と地面が沈む。
そこから、泥状の土を両手で集める。
押して、伸ばして、形を整える。
長方形。
分厚い板の形。
片側の端だけ、わずかに反らせる。
陶芸の粘土をこねるみたいに、
表面をできるだけ平らに仕上げる。
《スコーチ》
今度は火。
表面だけを薄く焼き固めるイメージ。
じゅっ、じじじっ。
土の色が、焦げ茶色に変わる。
叩くと、硬い音が返ってきた。
下は土のまま、
上はしっかりした板。
焼いた土の板。
それで十分だ。
まずは動かせることが大事だ。
同じものを、もう一枚作る。
今度は、少しだけ長めに。
左右から支えたほうが、箱は安定する。
二枚の土の板。
上は焼き固め、下は地面になじむ。
「なに作ってんだ、あれ」
「土の板……焼いてるのか?」
後ろで、冒険者たちがざわつき始める。
◇
まずは一枚目。
箱の右側へ、土の板を引きずって運ぶ。
板自体は、子どもの力でもなんとか動かせる。
箱の横、中央あたりで止める。
腰を落とし、体重をかけて、箱の右側をほんの少し浮かせる。
完全に持ち上げる必要はない。
できた隙間に、反らせた端を滑り込ませる。
何度か角度を調整しながら押し込み、
箱の底の半分ほどが、板の上に乗った。
次は左側。
もう一枚の板を引きずって持ってくる。
片側がすでに持ち上がっているぶん、さっきより楽だ。
同じように隙間を作り、
左右から挟むように、板を押し込んでいく。
最終的に、箱の底のほとんどが、
二枚の土の板の上に収まった。
泥は直接触れていない。
焼き固めた面が、きちんと受け止めている。
「……おい、乗せやがったぞ」
「箱が、板の上に浮いてるみてえだ」
ひそひそとした声が、倉庫のあちこちから漏れ始める。
俺は、ここまでで少し息が上がっていた。
腕も脚も、正直に言えば楽ではない。
でも、まだだ。
これは、持ち上げたわけじゃない。
ただ「動かせる形」にしただけにすぎない。
ここから先、
本当に前へ進めるかどうかが問題だ。
◇
進行方向の地面に、視線を落とす。
乾いた土。
このままじゃ、土ソリの底が引っかかる。
《アース》
声に出して、魔力を流す。
さっきほど柔らかくはしない。
表面だけ、うっすらと湿る程度。
踏めば、少し沈むくらいの状態。
これでいい。
焼き固めた土の板が、
その上を滑る感触を、頭の中でなぞる。
「……道、作ってるぞ」
誰かが、低い声で言った。
◇
箱の後ろに回る。
二枚の土ソリの間に立ち、
両手を木箱の背に当てる。
足を踏ん張り、
一度、大きく息を吸う。
「……っ」
押す。
最初は、びくともしない。
だが――
じり。
指先に、わずかな変化が伝わった。
もう一度、力を込める。
じり、じりじり。
土ソリの底が、
湿った地面の上を、ゆっくりと滑っていく。
「……動いてる」
「箱、前に出てるぞ」
声が、少し大きくなる。
◇
呼吸を整えて、もう一押し。
「んっ!」
ずりっ。
今度は、はっきりと分かる前進。
半歩ほど、箱が動いた。
「おい……」
「マジかよ」
最初は半信半疑だった視線が、
完全に「見る目」に変わっていくのが分かる。
◇
ここからは、同じ作業の繰り返しだ。
進行方向の地面を、《アース》で軽く整える。
箱ごと、土ソリを押す。
少し進んだら、また地面を整える。
途中で、板の滑りが悪くなったら、
《スコーチ》で底面をなぞる。
焼きすぎない。
表面がつるりとすれば、それで十分。
「……火と土、同時に使ってやがる」
「切り替え、早くねえか?」
後ろの冒険者たちの声が、
驚きから、感心に変わっていく。
数メートル進んだあたりで、
額から汗が落ちた。
正直、きつい。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
押せば、進む。
工夫すれば、結果が返ってくる。
それが、はっきり分かる。
「これ、荷車いらねえな」
「鉱山の中でも使えそうだ」
「雪の上でも、応用できるぞ」
勝手に応用の話まで始まっている。
俺は聞こえないふりをして、
ただ、目の前の箱だけを見る。
あと、少しだ。
指定されたラインが、すぐそこに見える。
最後に、もう一度だけ息を吸う。
「……っっ」
全身に力を込めて、押す。
ずりっ。
土ソリごと、箱がラインを越えた。
どさり。
完全に止まった。
「……はい、とうちゃくです」
そう言ってから、
大きく息を吐いた。
◇
一瞬の沈黙。
それから――
どっと、歓声があふれた。
「やりやがった」
「マジかよ」
「おい、あのソリの構造、ちゃんと見とけ」
誰かがぱちぱちと拍手を始める。
それにつられて、何人かが手を叩いた。
俺は、膝に手をついて、
しばらく呼吸を整える。
胸の奥が、じんわりと熱い。
――ちゃんと、できた。
バルドが、ゆっくりと歩いてきた。
俺の前に立ち、上から見下ろす。
「お前さん」
「……はい」
「筋力で張り合うんじゃなくて、
やり方そのものを変えるか」
バルドの口角が、わずかに上がる。
「いい目をしてる」
そう言って、頭を軽くこづいた。
痛くはない。
だが、妙に重みのある一発だった。
「リナ」
「は、はい!」
少し呆然としていたリナが、慌てて返事をする。
「条件付きで、ポーター登録だ。
正式に承認してやれ」
「ギルド長! 本当に、いいんですか?」
リナの声が、思わず上ずる。
「アレン様、まだ小さいですよ?
危ない目にあわせるのは――」
「だから、条件付きだ」
バルドは、肩をすくめた。
「倉庫仕事と、街の近場の依頼の荷物持ちまで。
前線には出さねえ。
必ず大人のパーティに付ける」
「でも……」
リナは、まだ納得しきれない様子だ。
バルドは、ちらっと俺を見てから、
少しだけ声の調子を落とした。
「どんだけでも運べますって豪語したんだ。
それなりにやるところは、ちゃんと見せただろ」
それから、続ける。
「それに――」
一瞬、倉庫を見回す。
「こういう、ちょっとした工夫ができる奴はな。
ギルドとしても、そう簡単に手放したくない」
リナは、俺とバルドを交互に見て、
しばらく考え込んだあと、
小さくため息をついた。
「……分かりました。
でしたら、私もちゃんと見ていますからね」
俺のほうを向き、
いつもの柔らかい笑顔になる。
「アレン様。
危ないと思ったら、絶対に無理はしないこと。
約束できますか?」
「……うん。
やくそくする」
ちゃんと、目を見て答える。
リナは、ほんの少しだけ安心したように微笑んだ。
◇
この世界は、
ちょっとした工夫にも、きちんと反応が返ってくる。
前の世界では、
何かを工夫しても、
「まあ、そうだよね」で流されることが多かった。
ここでは違う。
焼いた土の板一枚でも、
ちゃんと見て、評価して、拾い上げてくれる大人がいる。
胸のあたりが、ふわりと熱を帯びた。
よし。
まずは、ポーターからだ。
◇
「その……」
自分でも、少し緊張しているのが分かる。
「ボクのこと、ギルドでは
ただのアレンって呼んでください」
できるだけ、はっきりと言った。
リナが、ぱちぱちと瞬きをする。
「ただのアレンを名乗りたいならよ」
バルドが、にやりと笑う。
「ボクって言い方も、変えねえとな」
「……オ、オレ、です」
少し口がつっかえたけど、
なんとか言い切った。
思わず、ぷいっとそっぽを向く。
リナが、くすっと笑う。
「じゃあ、とりあえずアレンくんね」
「……うん」
俺の「冒険者ごっこ」は、
こうして、少しずつ始まっていった。




