第11話 ギルドへ
俺の「ぼうけんしゃになる」宣言は――
家族の中で、だいたいこんな扱いになっていた。
「かわいいこと言うわねえ」
「そのうち騎士になるとかも言い出しそうだな」
「まずは字と体力だよね」
つまり、子どもの夢。
本気で止めるほどでもないし、
本気で叶うとも思われていない。
辺境とはいえ、領主家の次男だ。
普通に考えれば、五歳前に一人でギルドに行こうとするなんて、誰も思わない。
だから、誰も「本気で止める準備」をしていなかった。
◇
その日も、昼下がりまではいつもどおりだった。
午前中は、オットーの授業。
午後は、ルークとの軽い体力づくり。
廊下の端から端まで、何往復も走らされる。
「はー、はー……」
「まだいけるよね。
冒険者になりたいんだろ?」
「……うん」
足はがくがくだけど、嫌じゃない。
ルークは、最後にちゃんと褒めてくれる。
「よし。
今日はここまでにしといてあげる」
頭をぽん、と叩かれて解散になる。
「アレン、あまり一人で遠くに行かないようにね」
「わかってる〜」
口ではそう答えた。
けれど、胸の奥が、少しだけむずむずしていた。
一人で遠くに行かないように。
つまり、行けるところまでなら、自分で行ってもいいということだ。
誰も「ギルドに一人で行くな」とは言っていない。
言う必要があるとも、思っていない。
まさか本当に行くとは、誰も思っていないからだ。
◇
屋敷の裏口。
荷物搬入口から、こっそり外に出る。
見張りの兵に、軽く手を振った。
「ちょっと、にわ、みてくる」
「坊ちゃま。あまり遠くに行かれませんように」
兵士は、疑いもせずに頷いた。
今日は、少しだけ遠くまで行く。
心の中で、そっと謝る。
街までは、馬車ならすぐ。
子どもの足だと、それなりに距離がある。
でも、屋敷と街をつなぐ道はよく整備されていて、
日中は人の往来も多い。
道から外れなければ、大丈夫なはずだ。
《ウインド》で汗を飛ばしながら、
俺は、とことこ歩き始めた。
◇
途中で、荷車とすれ違った。
「おや、アレン坊ちゃまじゃないですか」
屋敷に品を運んでくる、見覚えのある御者だ。
「こんなところで、どうされました?」
「……まちまで、あるく。
たいりょくづくり」
堂々と言ってみる。
「いやまあ、間違ってはおりませんが……」
男は苦笑して、少し考えたあと、
「途中まで乗っていかれますか?
旦那様には“道で会ったのでお送りしました”と言えば、怒られませんし」
そう言ってくれた。
ありがたい。
「のる。
でも、なかまでも、あるいてたって、いって」
「さっきまでしっかり歩いてましたと?」
「うん、それ」
「承知しました」
そんな風に、妙に大人びたやり取りをしつつ、
俺は荷車の端にちょこんと乗せてもらった。
◇
街の門の前で降ろしてもらい、
そこからは再び徒歩だ。
門番の兵士に挨拶して、街の中へ入る。
人通り。
店の呼び声。
屋台から漂う匂い。
馬車の中から眺めたことは何度もある。
けれど、自分の足で歩くと、全部が少し違って見えた。
この前は、父と一緒だった。
今日は、一人だ。
一人で、
自分の足で、
ギルドの前まで行く。
それだけで、胸の奥が少し高鳴る。
これだけで、もう小さな冒険みたいなものだった。
◇
ギルドの建物は、前に見たときと変わらず、街の中心近くにあった。
重そうな扉。
中から漏れてくる、がやがやした音。
一度、息を整える。
そして、小さな手で扉を押した。
ぎい、と音がして扉が開く。
中に足を踏み入れた瞬間、
前と同じ匂いが鼻を突いた。
酒と汗と鉄と紙。
混ざり合った、働く場所の匂い。
剣を腰に下げた男。
杖を持った女。
大きな盾を背負った中年の冒険者。
本やゲームの中で見てきた光景が、
今は目の前で、当たり前のように動いている。
◇
カウンターの前まで行く。
昼どきだからか、列はそれほど長くない。
背伸びをして、台の上を覗き込む。
「すみませーん。
あら、アレン坊ちゃま?」
受付にいたのは、見覚えのある女性だった。
父に連れられて来たとき、何度か顔を合わせている。
「りなおねーさん」
「覚えててくれたのですか? 嬉しいわ」
リナ・ハーヴィス。
この街の冒険者ギルドの受付嬢だ。
「今日は、お父様とは別行動ですか?」
「うん。
ひとりで、きた」
その瞬間、リナの眉がわずかに動いた。
「……そう、ですか。
護衛の方はいらっしゃいます?」
「ない」
言い切った。
リナの目が、少しだけ見開かれる。
「ええと、アレン坊ちゃま。
ここ、ギルドですよ?」
「しってる。
ぼうけんしゃの、とこ」
「そうなんですけど……」
リナは、軽く額を押さえた。
◇
それでも、きちんと話を聞いてくれる。
「それで、今日はどうされたのですか?」
「ボク、ぼうけんしゃに、なりたい」
正面から告げた。
「将来、という意味ですよね?」
「いまも。
しょうらいも」
「……なるほど」
リナの表情が、困ったようにやわらぐ。
「さすがに、今すぐ正式な冒険者登録はできません」
「なんで?」
「年齢と、体格と、ほかにもいろいろです」
いろいろ、という言葉が便利に使われた。
「ギルドとしても、子どもを前線に出すわけにはいきませんから」
それは、もっともだ。
「でも」
リナは、少しだけ声を落とした。
「荷物持ちなら、条件付きで登録できます」
「にもつもち」
「ええ。
前衛の冒険者の後ろで荷物を運んだり、
素材を預かったりする仕事です」
戦いそのものには、あまり出ない役目。
「もちろん、それでも危険はあります。
ですが、訓練用や見習いとして、若い子が登録する例もあります」
リナは、俺の顔をじっと見つめた。
「アレン坊ちゃまは……荷物、運べそうですか?」
その問いに、口が先に動いた。
「にもつなら、どんだけでも、はこべます!」
言った直後、少しだけ後悔した。
でも、もう遅い。
リナの口元が、かすかに引きつる。
「どんだけでも、ですか」
その声の後ろから、低い声が重なった。
◇
カウンターの奥から、
大きな影がぬっと現れる。
がっしりした体格。
短く刈った髪。
顔に走る、一本の古い傷。
「ギルド長……」
リナが、小さく肩をすくめた。
バルド・グレン。
この街の冒険者ギルドをまとめる男だ。
「いや、威勢のいい声が聞こえてな」
バルドは、ずかずかと近づいてくる。
「アレン・ハルトシュタイン坊ちゃまだったか」
「……おぼえてる?」
「領主様と一緒に来てたからな。
忘れてたら、俺のほうが怒られる」
そう言って、カウンター横の椅子にどかりと腰を下ろす。
「で。
どんだけでも運べる、だと?」
「おもたいのも、がんばる」
「ふむ」
バルドの目が、面白そうに細くなった。
「なあ、リナ」
「はい?」
「倉庫に、余ってる荷物があったよな」
「ええ……鉱石の袋がいくつか」
「ちょうどいい」
バルドは、にやりと笑った。
「坊ちゃんに、その“どんだけでも”を見せてもらおうじゃねえか」
「ギルド長、それは――」
「倉庫の中だけだ。
外には出さねえ」
「荷物持ちを名乗るなら、
まずは荷物を運んでもらわねえとな」
胸の奥が、ぽうっと熱くなる。
これは、試されている。
「やる」
即答だった。
「よし」
バルドが立ち上がる。
「試験だ。
アレン・ハルトシュタイン」
名前を、はっきり呼ばれた。
「どんだけでも運べるってのが、どれほどのもんか――
ギルド長として、きっちり見せてもらおうじゃねえか」




