3 第二側妃予定の令嬢2
「キルディッドさまっ。マルティディアさんたちが睨んできて怖いですっ」
「おい、マルティディア、シャリア! なぜ挨拶をしないのだ!」
フローラ嬢の言葉でキルディッド様が私たちに怒りはじめた。
あらあら、恋に溺れるとマナーなどどうでもよくなるのかしら?
陛下の怒りを余所に私もマルティディア様も白い目で彼を見ている。
「キルディッド陛下、お待ちください。マルティディア様もシャリア様もフローラ嬢からの挨拶をこうして待っておいでなのです。
むしろまだホーダー男爵令嬢でしかないフローラ嬢が先に挨拶をすべきなのですよ。それにマルティディアさんではない。様を付けろ。
側妃様に上がったとしても王妃様、第一側妃様の序列がある。淑女教育がまだ完了していないと聞いていたがこれほどとは……」
キルディッド様とマルティディア様の間に良くない空気が流れたところで宰相が助け船を出してくれた。
他の大臣たちも宰相の言葉に頷いている。
宰相の苦言に後ろにいたホーダー男爵が許可をもらい、前に出て話し始めた。
「王妃様、第一側妃様。フローラが大変申し訳ありませんでした。我が娘は頭が弱く、未だ淑女教育を終えることもできておりません。もし、側妃に上がっても周りにご迷惑をおかけするようであればいつでも処分してもらって構いません」
ホーダー男爵が青い顔をして腰が折れてしまいそうなほどの勢いで頭を下げ、私たちにそう話をする。
ホーダー男爵はまともな価値観を持っているのだろう。マルティディア様も理解したように口角を上げている。
「そ、そうか。すまなかった。フローラ、挨拶をしなさい」
キルディッド様は宰相やホーダー男爵の言葉に旗色が悪くなったと感じ、それ以上口に出すことは避けたようだ。
「ふぇっ」
フローラ嬢に向けられた冷たい視線に、彼女は今にも泣きだしそうな顔をしてキルディッド様を見ていたが、父親にそっと小突かれてようやく挨拶をする気になったようだ。
「私はフローラ・ホーダーです。キルディッド様との出会いは王宮で開催されるお茶会だったの。
彼が私を見つけてくれたんです。そこで仲良くなって、二人で会うようになったんです! それでね、キルディッドは私を王妃にしてくれるってくれたんですよっ!
私、嬉しくなってその場ですぐに返事を返したんですっ。私が王妃になったら今いる二人は私を支えてくれるって聞いてます。よろしくお願いしますね☆」
先ほどまでの怯えた表情はどこへやら……。
彼女の言葉に眉がぴくりと動いてしまったのは仕方がないと思う。マルティディア様は扇で口を隠し、キルディッド様を睨んでいる。
宰相や大臣たちも彼女に呆れているようだ。
私は一歩前に出て彼女から視線を外し、陛下に視線を向けながら挨拶をする。
「挨拶ですわね。私、第一側妃のシャリアと言います」
これが限界。私は仲良くしましょうとは、どう口が裂けても言える気がしなかった。
「ふふっ、シャリア様ったら。私、この国の王妃マルティディアと言います。フローラ嬢、陛下が『フローラ嬢を王妃にさせる』と仰っておられるのなら王妃になってもらって構いませんわ。……どうぞよしなに」
マルティディア様は笑顔を浮かべ、そう口にした。目は笑っていないが。
これまで王妃として頑張ってきたマルティディア様にとって憤懣やるかたないだろう。
ここで大人の対応をみせたのはさすがよね。
陛下の目は泳ぎっぱなしでいつ戻ってくるのやら。大臣たちも白い目で陛下を見ている。
そんな中、空気の読めない令嬢がまた口を開いた。
「本当ですか!? 嬉しいっ! 変わってくれるの? キルディッド様っ! 私、王妃になって頑張りますね☆」
……。
コイツハヤバイ!
私の頭の中には警告音がずっと鳴り響いている。
やはり彼女が来た時から違和感が拭えなかったのは間違いではなかったのね。
マルティディア様は不機嫌を通り越して呆れた様子を隠そうともせず、腕を組んでしまっている。
ホーダー男爵の顔色は既になく、今にも倒れそうだ。フローラ嬢は一人笑顔で頭に花畑が広がっているし、陛下の目は泳ぎっぱなしの状況だ。
この混沌とした状況が反対に笑えてくる。
「まあ、その、王妃の件はのちほど。本日の第二側妃候補者との顔合わせはこのくらいで」
宰相はその場をなんとか取り繕うように話をし、顔合わせの終了となった。
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