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緑に囲まれた家

車は、町を抜けて、どんどん細い道に入っていった。


最初は、町の景色だった。

店が並び、信号があって、人が歩いている。


でも、少しずつ様子が変わる。


建物が減る。

信号が途切れる。


その代わりに、道路の脇に木が増えていく。

手入れされた街路樹じゃない。

もっと自由に伸びた、濃い緑。


「……どこ行くの」


「家」


お父さんはそれだけ言って、前を見る。


さらに進むと、視界が一気に開けた。


広い田んぼ。

牧場みたいな、何も遮るもののない道。


空が広い。

風景が、のっぺりするくらいに。


「……まだ?」


「まだ」


しばらく走って、また木が現れる。


今度はさっきより密で、道を囲むように立っている。

トンネルみたいに、緑が続く。


その先で、タクシーが減速した。


小さな守衛ルームと、大きな通用門。

門から伸びる壁はそこまで長くなく、

途中で終わっている。


代わりに、その先は木だ。

柵の代わりに、森が境界になっている。


車を止めて、運転手が窓を下げる。


守衛さんが顔を出した瞬間、表情が崩れた。


"Hi, Oliver! How've you been?

Long time no see!"


お父さんは軽く手を上げる。


"Good to see you."


守衛さんの視線が、一瞬だけ私に向く。


それに気づいて、お父さんが言った。


"I'll introduce her properly another time."


"Got it."


守衛さんは短く頷いて、通用門を開けた。


敷地に入っても、まだ少し走る。


「着いた」


目の前に家があった。


二階建て。

でも、縦だけじゃなくて横にも広い。

一階だけで、軽く百平米は超えているのが分かる。


「……大きい」


思わず声が漏れる。


「うん、大きいね」


お父さんはあっさり言って、ドアを開けた。


玄関も広い。

空気が静かで、木の匂いがする。


中に入ると、窓が多い。

外は全部、緑。


「森の中?」


「そうね。

森までじゃないけど、

林を切り拓いて建てたらしい」


さらっと言われて、意味が追いつかない。


リビングに入った瞬間、壁一面の写真が目に入る。


白黒。

人物。街。砂漠。海。花。

どれも、ただ"綺麗"じゃなくて、目が離せない。


「……これ」


「全部、親父の」


お父さんは言った。


「俺の父親。写真家」


言い方が軽すぎて、逆に本当っぽい。


「有名なの?」


「世界的にね」


さらっと、息をするみたいに。


私は写真を見上げたまま聞いた。


「……お金持ち?」


お父さんは少し笑った。


「うん。たぶん、想像してるより」


家の広さが、答えだった。


「……おじいちゃんは?」


「今、外」


「仕事もあるし、撮影もあるし。

ふらっといないことも多い」


その言い方は、寂しさじゃなくて、日常だった。


お父さんは私の反応を見て、付け足す。


「今日はいない。だから、落ち着いていいよ」


「こっち、キキの部屋」


案内された部屋は一階だった。

窓が大きい。外は木だらけ。


ベッドには、

天蓋が付いていた。


薄い布が、

やわらかく垂れている。


「……かわいい」


思わず口に出た。


お姫様、ってほど甘くない。

でも、特別感がある。


「気に入った?」


「うん」


「二階は?」


「使ってない」


「生活はだいたい一階で足りる」


"足りる"の基準が違う。


荷物を置いて、ひとりがけのソファに座る。

静かすぎて、耳が勝手に外を探す。


「……静か」


「慣れる」


お父さんは短く言った。


そのあと外に出て、家の周りを少し歩く。


木。木。木。

遠くで鳥の声。葉の擦れる音。


「迷わない?」


「迷う」


即答だった。


「だから、一人では行かない。これはルール」


私を守るためのルールだと、理解した。


家に戻ると、少しだけ空が暗くなっていた。


「ご飯、食べようか」


お父さんが言った。


キッチンはアイランド型で、

正面の大きな窓の向こうに森が見える。

調理台が広くて、外の緑を眺めながら手を動かせるつくりだった。


ダイニングテーブルも別にあるけれど、

キッチンのカウンターが十分広くて、椅子もある。


今日は、そこに並んで座ることになった。


お父さんは冷蔵庫を開けて、

中を一度見ただけで閉める。


「……インスタントラーメンでいい?」


「いい」


冷蔵庫にあるものを、慣れた手つきで出していく。

野菜。肉。卵。


包丁の音が一定に続く。

鍋に水を張る。火をつける。


外では、葉が揺れている。


湯気が立ち上ったころ、器が二つ並んだ。


「はい」


「いただきます」


森を見ながら、ラーメンを食べる。


初日から、

イギリス感はゼロだけど、

ちゃんとおいしい。


お父さんは黙って、自分の分を食べている。


その横で、私も食べる。


夜。

窓の外は真っ暗。街灯がない。


「……怖くない?」


「最初だけ」


お父さんはカーテンを引きながら言った。


「音、聴いてごらん。ほら」


耳を澄ます。


風。

葉。

遠くの鳴き声。


「……静かだけど、色んな音」


「そう。それがここでは普通」


風呂に入って、寝る支度をする。

浴室は日本の家のとよく似た造りだけど、

広さに少し驚いた。


「俺の風呂好きは遺伝なんだ」


そんなことを、お父さんはさらっと言った。


「俺、時差ボケでどうせ寝られないから」


まだ少し緊張している私を見抜いて、


「部屋まで送るよ」


お父さんは立ち上がり、私を部屋に案内する。


昼に見た部屋より、夜のほうがずっと落ち着いて見えた。


壁の色。

照明の位置。

カーテンの質感。


どれも派手じゃないのに、全部がきれいに揃っている。


天蓋の布が、

照明に照らされて、

やわらかく光っている。


お父さんは布団を整える。


「明かり、これくらいでいい?」


「……うん」


小さな灯りだけ残して、部屋が暗くなる。


お父さんは椅子に腰を下ろした。

すぐ隣じゃない。

でも、ちゃんとそこにいる距離。


外の音が、

静かに続いている。


「眠れそう?」


「……たぶん」


お父さんはそれを聞いて、満足そうに頷いた。


「寝れなかったら、呼べばいい」


それだけ言って、黙る。


私は天蓋越しに、天井を見る。


布が、少しだけ揺れている。


目を閉じる。


音が、だんだん遠くなる。


最後に感じたのは、

頭を撫でてくれる、

お父さんの手だった。


ここは、逃げ場所じゃない。

ちゃんと暮らす場所だ。


そう思えた。

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