渡英
それから、
あっという間に
慌ただしい日々になった。
パスポートを作って、
ビザの手続きをして。
お父さんが
全部
やってくれた。
私は、
言われた通りに
ついていくだけ。
気づいたら、
もう
空港にいた。
空港は、
広かった。
床が光っていて、
音が跳ね返る。
人が、
たくさんいる。
でも、
誰も
私を見ていない。
それだけで、
少し楽だった。
「パスポート、
俺が持とうか?」
お父さんが言う。
私は、
肩から斜めがけにした
ケースを
握る。
「大丈夫」
「なくさない?」
「なくさない」
即答すると、
お父さんは
少しだけ笑った。
「わかった」
保安検査。
「帽子、
取ってください」
一瞬、
胸が
詰まる。
言われた通りに、
外す。
靴も脱いで、
カバンも
トレーに置く。
ゲートをくぐる。
視線が、
少しだけ
集まる。
私は、
前を見たまま
歩く。
何も、
言われない。
靴を履いて、
カバンを受け取って、
帽子を
かぶり直す。
出国検査。
パスポートを
出す。
係の人が、
顔を見る。
スタンプの音。
「行ってらっしゃい」
それだけ。
歩き出す。
何も、
起きなかった。
それが、
ありがたかった。
搭乗口。
大きな窓の向こうに、
飛行機が見える。
「……大きい」
「まあね」
「落ちない?」
「落ちない」
間がない。
「絶対?」
「今まで
落ちたことない」
それで、
納得した。
席に座る。
シートベルト。
「ゆるくない?」
「……ちょっと」
お父さんが、
少し締める。
「これで
いい」
離陸。
身体が、
後ろに引っ張られる。
思わず、
目を閉じた。
「大丈夫」
お父さんの声。
手を、
強めに
握ってくれる。
雲の上。
真っ白。
こんな景色、
初めて見た。
「きれい?」
お父さんが聞く。
「……うん」
機内食。
「ビーフとチキンと
フィッシュ、
どれがいい?」
「……チキン」
食べて、
お腹がいっぱいになって。
気づいたら
眠っていた。
起きたとき、
窓の外は
違う色だった。
青が、
深い。
「もうすぐ?」
「もうすぐ」
着陸。
地面が、
近づく。
でも、
怖くなかった。
ロンドンの空港は、
もっと広かった。
天井が、
高い。
人の流れに
ついていく。
入国審査。
また、
パスポートを
出す。
係の人が、
私を見る。
でも、
視線は
短い。
スタンプの音。
「Welcome to the UK」
それだけ。
預けた荷物を
受け取って、
外に出る。
空気が違う。
少し、
湿っていて。
音が、
柔らかい。
「……匂い、
違う」
「うん」
「懐かしい?」
「……そうだね。
久々だからね」
お父さんは、
そう言った。
看板の文字が、
読めない。
でも、
それが
嫌じゃない。
「分からなかったら、
聞けばいい」
タクシーに乗り込む。
「疲れた?」
「……うん」
「今日は
家に着いたら
寝るだけでいい」
窓の外が、
流れていく。
初めての場所。
でも、
一人じゃない。
お父さんと一緒。
初めて会う
お父さんのお父さんもいる。
緊張はする。
でも、
なんだか
ワクワクもする




