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※本エピソードには、

いじめに関する描写が含まれます。

東京の小学校に、

転校した。


教室は、

明るかった。


自己紹介は、

短く済ませた。


深町希々(ふかまちきき)です。

よろしくお願いします」


最初は、

何も起きなかった。


でも、

視線は集まる。


髪。

目。

肌。


「ハーフ?」


「外国人?」


「違うよ」


「生まれつき」


説明は、

何度もした。


分かった顔を

されるたびに、

分かっていないのが

分かった。


私は、

表情を動かさなかった。


分かっていたから。


見られることも、

距離を取られることも。


私にとって、

それは

いつものことだった。


必要以上に、

笑わない。


話しかけられたら、

答える。


それだけ。


教室の端で、

ひそひそと声。


「深町さん、

静かだよね」


「ちょっと、

話しかけにくいかも」


悪意は、

ない。


でも、

距離はあった。


私は、

机の上を見ていた。


最初の数日は、

何も起きなかった。


ただ、

溶け込めなかった。


輪は、

自然にできる。


その外に、

私はいた。


家では、

言えなかった。


「学校、

どうだった?」


お父さんが聞く。


「……普通」


嘘じゃない。


施設にいた頃も、

前の学校でも、

同じことがあった。


私にとっては、

これが普通だ。


転校して、

数週間たった

金曜日。


靴箱に、

靴がなかった。


一段下。

一段上。


隣にも、

ない。


かかとの

内側に貼ってある

名前シール。


すぐつけてしまって

ちょっとだけ

落ち込んだ

つま先の小さな傷。


お父さんが

買ってくれた

靴。


目で、探す。


次に、

手で探す。


靴箱の奥。


仕切りの影。


下に落ちていないか、

かがむ。


ない。


昇降口の

隅。


忘れ物の

箱。


中を

のぞく。


上履き。

傘。

水筒。


私のは、

ない。


一度、

教室に

戻る。


ゴミ箱。


紙くず。

プリント。

削りかす。


靴は、

入っていない。


後ろで、

笑い声。


顔を、

上げない。


もう一度、

靴箱に

戻る。


さっきと

同じ

空白。


やっぱり、

なかった。


外は、

雨が降っていた。


でも。


お父さんが

「置き傘に」

と言って

渡してくれた傘は、

傘置き場に

残っていた。


それを

握ると、

少しだけ

心強かった。


私は、

上履きのまま

傘をさして

校門を出た。


玄関で

立ち尽くしていると、

お父さんが気づいた。


「どうした?」


私は、

しばらく黙ってから

言った。


「……靴、

ごめんなさい」


それだけ。


お父さんは、

怒らなかった。


詰めなかった。


濡れた足元を

一目見て、

何も言わずに

ひょいと抱き上げ

お風呂場へ連れていく。


洗面所の縁に

座らされ、

上履きを脱がせられる。


靴下も、

冷たく

濡れていたので、それも。


少し考えたあと、

脇にあった椅子を出して、

私の正面に座る。


「じゃあ」


「選択肢、

出すね」


私の前に、

指を一本出す。


「一つ」


「ここに

いる」


「学校は

変えるかもしれない」


「俺が

全部段取りするから、

キキは

なにも気にしなくていい」


「もう一つ」


二本目の指が立つ。


少し、

間を置いてから。


「イギリスに

行く」


私は、

顔を上げた。


「……なんで

イギリス?」


お父さんは、

少しだけ

懐かしそうに笑った。


「俺の父親が

イギリス人と

日本人のハーフでさ」


「向こうに

住んでる」


初めて聞く話だった。


「いろんな

人種がいる」


「肌も、

髪も、

目も」



少し間を置いて。


「完璧な場所じゃない」


「向こうにも

嫌なやつはいるし、

差別だって

ある」


「でも」


「何度も何度も

聞かれることは

減ると思う」


「珍しい、って

最初から

距離を取られることも

少ない」


お父さんは、

少し目を細めた。


「説明しなくて

いい場所」


「……少なくとも、

今よりは」



その言葉を、

私は

噛みしめた。


「学校も

ある」


「住む場所も

ある」


「逃げじゃない」


「環境を

選ぶだけ」


その言い方が、

静かで。


当たり前みたいで。


胸の奥が、

少し

軽くなった。


「……すぐ

決めなくていい?」


「もちろん」


即答。


「今日は

美味いもん食べて

あったかい風呂に入って

ゆっくり休もう」


「……ここに来てから、

毎日のことだね。」


「おう、

それが一番だ。」


その夜。


布団の中で、

初めて考えた。


ここ以外の

場所。


説明しなくて

いいかもしれない

場所。


翌朝。


「おはよう」


「おはよ」


お父さんは、

コーヒーを淹れながら

言った。


「今日は土曜だし、

買い物行こう」


「お気に入りの靴、

見つかるといいな」



あぁ。


私は、

この人に

応えたい。


この人が

差し出してくれたものに。


ちゃんと、

応えたい。

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