表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/23

夏の光の中で

Autumn Termの半ば。

校舎の石は、まだ夏の熱を少しだけ抱いている。


Year 6の教室には、去年とは違う空気があった。

掲示板にはSecondary Schoolの案内。

締切の日付が、何度も強調される。


来年の話が、もう始まっている。


---


昼休み。

芝生の端で、エマが言った。


「私、ロンドンのボーディングスクール受けるわ」


さらりと。

でも、迷いはない。


「寮?」


「ええ。家からは通えないし」


少しだけ笑う。


「音楽が強いのよ。オーケストラも」


その言葉は、遠い街の匂いがした。


キキはうなずく。


「そっか」


胸の奥に、まだ形のない何かが落ちる。


---


その夜。


キッチンの灯りの下。

コーイチが夕飯の支度をしている。

包丁の音。換気扇の低い唸り。

リビングからは、サキがギターを弾く音が聞こえる。

セオはダイニングで新聞を広げていた。


コーイチが言う。


「エマはロンドンか」


キキはうなずく。


少しの沈黙。


「私は、受けない」


はっきり言う。


口にした瞬間、理由が分かった。

この音が聞こえない夜を、想像できない。


コーイチは問い返さない。


「どこに行く?」


「家から通える学校」


それだけ。


サキは迷わず言う。


「オレも」


当然のように。


家はここにある。

それ以上の理由はいらなかった。


---


Winter。


封筒が届く。

エマは深呼吸してから開けた。


「受かった」


静かな声。

嬉しさと、覚悟が混ざっている。


「おめでとう」


キキは笑う。

本当に、そう思う。


でも、同時に分かる。

並んでいた道が、ここから分かれていく。


エマはロンドンへ。

私は、この街から。


---


Springを越えて、Summer Term。


進路はもう、誰の中でも確定している。


だからだろうか、

時間はどこか静かだった。


放課後の芝生。

長く伸びる影。


エマはパンフレットを何度も開く。

寮の部屋。ホール。制服。


「ちょっと怖いけど、楽しみ」


小さな本音。


キキはうなずく。


そのページの端に映る窓の向こう、

知らない街の空を想像する。


そこに、私はいない。


放課後の芝生も、

帰り道も、

並んで歩く影も。


少しだけ、胸が締まる。


---


Leavers' Day。


最後のアセンブリ。


"You are ready."


言葉が、ゆっくりと体の奥に落ちる。


---


校庭で、白いシャツにサインを書く。


サキがキキの袖に、大きく名前を書く。


「大きい」


「性格出るな」


エマが笑う。


その隣に、エマは小さく書く。


*Don't forget me.*


キキは袖を見る。


大きな文字と、小さな文字。

それぞれのままで、並んでいる。


ふいに、鼻の奥がツンとする。


キキは、乾いたインクの上を、

そっと指でなぞった。


---


校門の前。

エマの家の車が来る。


「いつでも遊びに来てね」


「行く」


抱きしめる。

強くはない。

でも、離れない温度。


エマが一歩下がる。


「夏休み、連絡するわ」


「うん」


エマは車に乗り込む。

窓がゆっくり閉まる。

手を振る。


ただの下校のはずなのに、

もう同じ毎日には戻らないと、分かっている。


車が角を曲がる。

姿が見えなくなる。


サキが言う。


「遠くなるな」


キキはうなずく。


「うん」


ロンドンへ行くのは、まだ先。

でも、並んで帰ることは、もうない。


---


帰りの車。

セオが運転席。コーイチが助手席。後ろに、双子。


校舎が小さくなる。

誰も何も言わない。


セオがミラー越しに一瞬だけ後部座席を見る。

それから、静かに窓を少し開けた。


夏の風が入ってくる。


窓の外の長い夏の光だけが、流れていく。


あの秋に聞いた言葉が、

静かに現実になろうとしている。


エマはロンドンへ。

私たちは、ここから。


並んでいた道は、ゆっくり分かれた。


夏の光の中で、

そのことだけが、やけに鮮やかだった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


第2章はこれで終わりになります。


夏の光の中で、それぞれが自分の道を選びました。


次の第3章では、少し成長したキキとサキが登場します。

時間が流れ、世界も少しだけ広がります。


どうぞ引き続き見守っていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ