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サキ編入初日

9月。

Year 6、最初の朝。


廊下は騒がしくない。

新学期でも、この学校はいつも整っている。


教室に入ると、

もうほとんどの生徒が席に着いている。


担任が立ち上がる。


"Before we begin, we have someone new joining us this term."


視線が一斉に動く。


サキは立つ。

心臓は少し速い。

でも顔には、笑みがある。


"Hi. I'm Saki."


一拍。


"I'm Kiki's twin brother."


教室の空気がわずかに揺れる。

何人かがキキを見る。


サキは続ける。


"My English is still not very good yet."


素直に言う。


"So if I say something strange, just tell me. I don't mind."


小さな笑い。

抑えた、品のある笑い。

緊張がほどける。


"I'll do my best. Nice to meet you."


それだけ。

長く話さない。


担任が頷く。


"Thank you, Saki. You may sit next to Kiki."


席に座ると、

サキが小声で。


「変じゃなかった?」


「ちゃんとしてた」


「英語、やばくなかった?」


「ちょっとだけ」


「おい」


キキがわずかに笑う。


そのやり取りを、

前の席の男子が振り返って見る。


"Are you really twins?"


"Yeah."


"You sound different."


"Because she's smarter."


教室の端で、また小さな笑い。


キキが肘で軽く突く。


「余計なこと言わないで」


「事実だろ」


英語で話しているはずなのに、

息の合い方は変わらない。


しばらくして、

別の子が聞く。


"Why didn't you come here last year with Kiki?"


教室が静かになる。

好奇心。

悪意はない。


サキは肩をすくめる。


"Timing."


それだけ。

少しだけ笑う。


"But I'm here now."


短い。

それ以上は説明しない。

誰も無理に踏み込まない。

この学校の子どもたちは、境界線を知っている。


"Fair enough."


話題は自然に移る。


"What subjects do you like?"


"Music. And PE."


"Music?"


"I play guitar."


その一言で、

何人かの目が変わる。

評価ではない。

興味。


サキは視線を受け止める。

逃げない。

大げさにもならない。

ただ、そこにいる。


キキは思う。


私は一年前、

あんなふうに立てただろうか。


その強さが、

少しだけ眩しい。


誇らしい。


でも、

ほんの少しだけ、

胸の奥がざわつく。


---


昼休み。


エマがキキに言う。


「サキってさ」


「なに?」


「なんか、空気変えるよね」


キキが少し考える。


「変える?」


「うん。悪い意味じゃなくて」


エマはそれ以上説明しない。


ただ、


サキが笑っている方を一瞬だけ見る。


本当に一瞬。


「……面白いね」


それだけ。


---


放課後。


"See you tomorrow, Saki."


肩を叩かれている。

もう友達の距離感だ。


"Yeah. See you."


校門を出ると、

コーイチの車が待っている。


後部座席に乗り込む。


「おかえり。どうだった?」


サキが先に答える。


「最高。みんないいやつだった」


「そうか」


コーイチがミラー越しに笑う。


「キキは?」


「うん。サキ、すごかった」


キキは笑っている。

ちゃんと笑っている。


「自己紹介、完璧だったよ」


「完璧は言いすぎだろ」


「ほんとに。みんな笑ってた」


サキが照れる。


「英語やばかったけどな」


「ちょっとだけね」


「おい、二回目」


いつものやり取り。

いつもの双子。


コーイチは笑って聞いている。


サキはずっと話している。


「あの算数の先生、説明うまくね?」


「うん、公式は万国共通だし、分かりやすいよね」


「体育、来週からラグビーだって」


「そうなんだ。」


「あと、隣のクラスにギター弾くやついるらしい」


「へえ」


キキの返事が短くなっていることに、

サキは気づかない。


楽しそうに話している。

目が光っている。


キキはそれを見ている。


よかった、と思う。

本当に思う。


でも、

その「よかった」の奥に、

何かがある。


名前のつかない何か。


コーイチの目が、

一瞬だけミラーでキキを見る。


何も言わない。


---


家に着く。


サキが真っ先に車を降りて、

玄関に駆けていく。


キキはゆっくり降りる。


コーイチが鍵を閉めながら、

少しだけ歩調をキキに合わせる。


何も言わない。

ただ、隣にいる。


---


リビング。


サキが着替えに行く。

廊下を走る足音。


キッチンに、

キキとコーイチが残る。


少しの沈黙。


キキはグラスに水を注いでいる。


コーイチが言う。


「キキ」


「なに」


「今日は、キキはどうだった」


キキは少し考える。


「……楽しかったよ」


間。


「サキ、楽しそうだったし」


コーイチは頷くだけ。


急がない。


「……私のときと全然違った」


コーイチが水を飲む。


「キキのときは、どうだった?」


「……静かだった」


少し間がある。


「英語、間違えないようにって、そればっかり考えてた」


「うん」


「サキは間違えるって最初に言った。私にはできなかった」


コーイチは黙って聞いている。


キキは続ける。

自分でも気づかないまま、言葉がこぼれていく。


「放課後、もうみんな気軽に話しかけてた」


「サキに?」


「うん。プレミアリーグの話とか、普通に」


「早いな」


「早い」


キキがグラスを両手で持つ。


「私、いまだにエマ以外とあんなふうに話せない」


声は小さくない。

責めてもいない。

ただ、事実として言っている。


でもコーイチには聞こえる。

その言葉の下にあるもの。


「キキ」


「なに」


「それ、悔しい?」


キキが顔を上げる。


「……悔しいとは違う」


「じゃあ何だろう」


急かさない。

ただ、問いかける。


キキはしばらく黙る。


「……わからない」


「うん」


「嬉しいのに。サキが楽しそうで、本当に嬉しいのに」


「うん」


「なのに、ちょっとだけ」


キキが言葉を探す。


「……家族になれたばかりなのに、また置いていかれる気がした」


静かなキッチンに、その言葉が落ちる。


コーイチはすぐには答えない。


その"また"の意味を、ちゃんと受け取る。


キキは続ける。


「双子なのに」


一呼吸。


「同じ家で暮らせるようになったのに」


視線はグラスの水面に落ちている。


「同じ学校で、同じクラスで、やっと並べたと思ったのに」


声は震えていない。


でも、奥が少しだけ痛い。


コーイチは何も言わない。

待っている。


キキは水を一口飲む。


「……あと」


「うん」


「サキには誰とでも仲良くなれる力がある。私にはない」


「そう思う?」


「思う。それは別にいいの。だってそれがサキだから」


少しの間。


「でも、だったら私、いなくても」


言いかけて、止まる。


コーイチが静かに言う。


「いなくても?」


キキは首を振る。


「……ううん。変なこと言った」


「変じゃないよ」


コーイチの声は穏やかだ。


「サキが誰とでも仲良くなれるなら、自分は要らないんじゃないかって。そう思った?」


キキは答えない。

でも、否定もしない。


コーイチが静かに言う。


「キキ」


「なに」


「サキが今日、自己紹介の時、お前のこと何回も見てただろ」


キキが顔を上げる。


思い出す。


一度じゃない。


何度も。


視線が合った。


「……なんでわかるの」


コーイチがふっと笑う。


「一人で行けるやつほど、支えを確認する」


コーイチの声は穏やかだ。


「家族になれたばかりだから、不安になるのは当たり前だ」


「……」


「でもな」


少しだけ強い声になる。


「家族ってのは、同じ速さで進むことじゃない」


キキは黙って聞く。


「先に行くときもある。待つときもある。でも、戻ってくる場所が同じなら、置いていかれたことにはならない」


静かな言葉。


押しつけない。


でも、まっすぐ。


キキは小さく息を吐く。


「……わかってる」


「うん。わかってる。でも、寂しいよな」


その一言で、


胸の奥のかたまりが、少しだけほどける。


キキは、少しだけ笑う。


弱いけど、嘘じゃない笑顔。


「うん」


---


サキがリビングに戻ってくる。


「夕飯なに?」


コーイチが言う。


「何がいい?」


「カレー」


即答。


キキが小さく笑う。


「絶対言うと思った」


「だってカレーだろ」


「意味わかんない」


コーイチが笑って、

玉ねぎを取り出す。


大丈夫。

この子たちは大丈夫。


違う光でいい。

違う速さでいい。


同じ場所に帰ってくるなら。


---


夜。


サキがリビングでギターを弾いている。

軽い、明るいフレーズ。


キキは自分の部屋にいる。

アップライトの前に座って、

楽譜を開いている。

でも、鍵盤には触れていない。


リビングから聞こえる音に、

耳を傾けている。


楽しそうだな、と思う。


少しだけ迷って、

楽譜を持って部屋を出る。


リビングに行く。


サキが顔を上げる。


「なに?」


「……別に。グランドで練習しようかなって」


「お、いいじゃん」


サキがまたギターを弾き始める。


キキはピアノの前に座る。

鍵盤に指を置く。


同じ部屋。

違う音。


でも、

不思議と重なる瞬間がある。


キキは思う。


お父さんが言うように

置いていかれるなんて、

たぶん違う。


戻る場所が隣にあればいい。

同じ速さじゃなくていい。


弾き始める。


静かな和音。

サキのギターが、

その上を走る。


合わせようとしていない。

でも合っている。


やっぱり、双子だ


キキは、ほんの少し笑う。


---


コーイチが廊下を通りかかる。


二つの音が聞こえる。


足を止める。


少しだけ聴いて、

笑って、

そのまま歩いていく。

※言語表現について

本作の舞台はイギリスのため、学校での会話は基本的に英語です。

ただし読みやすさを優先し、本文では日本語で表記しています。


また、本作では「言語の表記」を心の距離感の表現としても用いています。


・キキ × エマ …… 実際は英語で会話(本文では日本語表記)

・サキ × キキ …… 学校では英語で会話(本文では日本語表記)

・サキ(またはキキ)× その他の生徒 …… 英語で会話(本文も英語表記)


物語上、距離がある場面や緊張感を伴う場面では英語原文を使用しています。

言語の違いが、そのまま心の近さや揺れを表す構造になっていますこと、ご了承いただけますと幸いです。

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