はじまりの音
サキがイギリスにやってきて、
少し慣れた日の夕方。
セオの家、
リビング。
サキはセオから出された課題をしていた。
ソファでノートを広げ、鉛筆を動かす。
コーイチがリビングに入ってくる。
手にはギター。
「お、サキ。勉強か」
「うん」
コーイチはソファに座り、ギターを構えた。
チューニングを始める。
ポロン、ポロン。
サキは課題を続けながら、
その音を聞いている。
キキがリビングに入ってくる。
「お父さん、弾くの?」
「ああ」
「じゃあ、歌おうかな」
キキはコーイチの隣に座った。
コーイチがイントロを弾き始め、
キキが歌い始める。
サキは課題の手を止め、
自然と二人の方を見る。
――固まった。
キキの声。
透き通った、きれいな声。
英語の歌詞が、
メロディに乗って流れていく。
コーイチのギターとキキの声が重なり、
部屋全体が音楽に包まれる。
サキは息をするのも忘れた。
心臓が、静かに高鳴る。
キキの声は、
まるで透明な水が流れるような美しさだった。
コーイチのギターは、
その水を優しく支えている。
二つの音が溶け合い、
一つの世界を作っている。
サキの腕に鳥肌が立ち、
背筋を何かが駆け上がった。
こんな音楽、聴いたことがない。
こんなにきれいなもの、見たことがない。
曲が終わり、
最後のコードが静かに消えていく。
しばらく沈黙。
サキは立ち上がった。
「すげー!! マジですげー!!」
キキが驚いてサキを見る。
コーイチは笑っていた。
「父さん、いつからギター弾いてるの!?」
「昔からだよ」
「キキも! 歌、めっちゃ上手いじゃん!」
キキは照れくさそうに笑う。
「……ありがとう」
サキは目を輝かせた。
「なあ、オレもなんか一緒にやりたい!」
コーイチがギターを置き、
サキを見る。
「やりたいのか?」
「やりたい! めっちゃやりたい!」
「何がいい? ギター? それとも歌?」
サキは少し考える。
「キキが歌ってるから、
オレは楽器がいいかな」
「ギターもいいけど、他に何かある?」
少し考えてから、
コーイチが言った。
「ギターがいいんじゃないか。
ギターができれば、
ベースも弾けるようになりやすいし、
応用が効きやすい」
サキの目が輝く。
「マジで!? じゃあギターやりたい!」
キキが笑う。
心の中で、嬉しさが広がる。
サキが一緒に音楽をやってくれる。
「ギター、いいんじゃない?」
「そうだよな! 父さんと同じ楽器!」
コーイチが頷いた。
「じゃあ、オレが教えられるな」
「マジで!? いいの!?」
「ああ。オレのギター、貸してやる」
サキは飛び跳ねた。
「やった!!」
そこへセオがリビングに入ってくる。
「What’s going on? You sound happy.」
「セオ! 聞いてよ!
オレ、ギターやることになった!」
「A guitar?」
「そう! 父さんがギター弾いて、
キキが歌って、
オレもギター弾くの!」
セオはコーイチを見る。
コーイチは肩をすくめた。
「息子がやりたいって言うから」
「Two guitars?」
「オレはベースに回る」
セオは、ふっと笑う。
「I see. A band, then.」
「バンド!?」
サキはさらに興奮する。
「それ、いいな! 家族バンド!」
キキはサキの嬉しそうな顔を見ていた。
サキは本当に、何でも楽しめる。
そして、その楽しさを周りにも広げる。
「キキも嬉しい?」
「……うん」
「良かった! じゃあ、練習頑張ろうな!」
「うん」
キキの胸が温かくなる。
お父さんと、サキと、
三人で音楽を奏でられる。
家族で、
ずっと一緒にいられる。
離れ離れにならない。
誰も、いなくならない。
この時間が、
ずっと続けばいい。




