コーイチの確信
◆ 一日目
施設は、
住宅街の中にあった。
高い塀はない。
門も、閉じられていない。
それでも、
ここが
「守る場所」だということは、
すぐに分かった。
面会室は、
簡素だった。
長机と、
パイプ椅子。
窓は高く、
外はよく見えない。
消毒の匂いが、
少しだけ残っている。
職員が一人、
簡単な説明をしてから、
ドアの方を見た。
「では、
お連れしますね」
暫くして、
ノック。
ドアが開いて、
職員の後ろから
少年が入ってきた。
思ったより、
小さい。
細い肩。
少し伸びた髪。
でも――
顔を上げた瞬間、
すべてが止まった。
似ている、
では足りなかった。
輪郭。
目の動き。
立ち姿。
同じだ。
「……こんにちは」
少年が言った。
少しだけ、
硬い声。
「サキです」
まだ、
声変わりの前の声。
コーイチは、
一拍遅れて、
頭を下げた。
「……深町恒一です」
職員が、
サキとコーイチを、
交互に見て言った。
「今日は、
短い時間ですが」
「お二人で
お話ししてください」
「何かあったら、
すぐ呼んでくださいね」
慣れた声だった。
場を区切る声。
職員が退席し、
ドアの向こうに気配が残る。
改めて向き合う。
その瞬間、
確信が落ちた。
双子だ。
理由はいらなかった。
考える前に、
分かってしまった。
サキは、
じっと見てくる。
遠慮がない。
でも、
警戒もしていない。
「……なんかさ」
急に、
言った。
「めっちゃかっこいいけど
芸能人っぽいって、
言われません?」
言い方が、
少し砕けている。
コーイチは、
答えに詰まった。
「……たまに言われるな」
そう言うと、
サキは、ぱっと笑った。
太陽みたいな、
笑い方だった。
話したのは、
どうでもいいことばかりだ。
学校の話。
給食の話。
最近ハマっているゲーム。
サキは、
よく喋る。
敬語と、
そうじゃない言葉が、
少しずつ混ざる。
直そうとして、
間に合わない。
その様子を見て、
コーイチはふっと笑う。
――慣れていない。
丁寧にしようとして、
でも身についていない。
一生懸命な、
言葉遣い。
一見粗野のように見えて、
一度も踏み込んでこない。
時間が来て、
職員が合図をした。
「今日は、
ここまでにしましょう」
サキは、
立ち上がる。
「……また、
会える?」
敬語が、
消えていた。
「ああ」
そう答えた。
サキは、
小さく手を振って、
部屋を出ていった。
サキの姿が見えなくなってから、
コーイチは、
職員に声をかけた。
「……確認したいことがあります」
職員は、
すぐに察した顔をした。
「鑑定の件、ですね」
コーイチは、
はっきりと頷いた。
「サキ本人が望むなら、
私たちは止めません」
そう前置いてから、
職員は続けた。
「ただし」
声は低く、
落ち着いている。
「それをして、
この子が傷つくようなことがあっては、
いけません」
言葉は柔らかい。
でも、
逃げ道はなかった。
「結果がどうであれ、
無遠慮に
この子を傷つけないと誓えますか?」
問いではなく、
確認だった。
コーイチは、
間を置かずに答えた。
「はい」
それだけだった。
職員は、
小さく息を吐いて、
頷いた。
「では、
サキの意思を、
私たちも尊重します」
その夜、
眠れなかった。
キキの顔が、
浮かぶ。
同じ年。
同じ時間。
知らなかった、
もう一人。
◆ 二日目
鑑定キットは、
驚くほど軽かった。
軽すぎて、
腹が立った。
これで、
何かが決まる。
そんなものを、
自分が持っている。
再び、
施設の面会室。
サキは、
キットを見ると、
一瞬目を丸くした。
「……あ、
それ」
「嫌なら、
やらなくていい」
言い切る前に、
サキが言った。
「やる」
即答だった。
「だってさ」
少し笑う。
「知りたいじゃん」
敬語を使おうとして、
途中でやめる。
「……怖くないか」
サキは、
少し考える顔をした。
「ちょっとは、
怖い」
でも、
すぐに笑う。
「でも、
コーイチさん良い人なのわかるし。」
少しの間。
「……それに、
母さんは、
嘘つかない」
初めて、
サキの口から出た、
母親のことだった。
それがひどく
胸に刺さった。
職員が、
静かに言う。
「嫌だったら、
途中でやめていいからね」
サキは、
うなずいた。
採取は、
あっけなかった。
「これで、
いいんですよね?」
「ああ」
「じゃあさ」
サキが言う。
「結果出るまで、
会わない方が良いよね?」
子どもの直感。
でも、
正しかった。
「……そうだな」
その返事で、
決まった。
◆ 結果
それは、
紙一枚だった。
二卵性双生児
文字は、
淡々としている。
喜びも、
驚きも、
なかった。
ただ、
重さだけが来た。
その夜、
キキの寝顔を見に行った。
確かめるように。
◆ 再会
サキは、
走ってきた。
「来た?」
結果の紙を見ると、
一瞬だけ黙る。
それから、
ぱっと顔を上げた。
「……やっぱり!」
太陽みたいに、
笑った。
「ねえ」
少しだけ、
声を落とす。
「キキに、
会っていい?」
敬語は、
もうない。
コーイチは、
しゃがんで、
目線を合わせた。
「簡単な話じゃない」
「分かってる」
即答だった。
「でもさ」
真っ直ぐな目。
「俺は、
会いたい」
迷いは、
一切なかった。
コーイチは、
受け止めた。
逃げなかった。
◆ 打ち明ける夜
夜。
キキは、
ソファに座っていた。
「……話がある」
声が、
少し硬い。
「なに?」
「お前に、
双子がいる」
一拍。
「男の子だ」
キキは、
すぐに言葉が出なかった。
「……いつから知ってたの?」
「ちゃんと
分かったのは昨日だ。」
「……会うの?」
コーイチは、
はっきり言った。
「キキが、
決める」
「会わなくてもいい」
「会いたいなら、
会わせる」
キキは、
下を向いた。
指を、
ぎゅっと握る。
「……考えても、
いい?」
「ああ」
キキが寝静まったあと、
コーイチは眠れずにいた。
バーカウンターの端で、
グラスに酒を注ぐ。
音を立てないように、
ゆっくり。
DNA鑑定。
無事に結果は
出たはずなのに、
自分の中に、
小さな苛立ちが残っている。
血のつながりがなくても、
娘だと、
迷ったことはない。
なのに、
迷いのない少年に、
証明を求めた。
その矛盾が、
自分自身に向く。
キキのためだ。
何度も、
そう言い聞かせた。
それでも、
完全には、
静まらなかった。
会うかどうか
決めるのは、
キキだ。
ただ、
心の奥で、
小さく思う。
会ってやってほしい、と。
コーイチは、
その気持ちを、
否定できなかった。
明日は23時に更新予定です。




