44ページ目 守護者ユミカの観察記その百万飛んで②
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エルファリナがカズヒサの横に並び、
「あの娘からの攻撃は全てわたしが受ける、じゃないと止められないから。 カズヒサは
ぶっ叩くなりどうにかして、あの娘を目覚めさせなさいっ」
「よし、ファリナっ ちっと我慢してく「あぶないっ」うぉっ!!」
カズヒサが攻撃しようと身構えたとたん、攻撃の意思を感じたのだろうリアファリナから
先制攻撃が来る。
リアファリナは表情を変えないまま、カズヒサに向かって右手を払い除けるように動かす。
五つの指先が『七色に輝く闇』を纏い、まるで舞のように、フワリと指先までのびやかに、
一見優雅にも思えるゆったりとしたその動きは、驚きの結果をもたらした。
ゆっくりと伸ばされた指先から、さらに伸びたとは思えないほど一瞬にして、空間に五つ
の亀裂がはしる。
カズヒサは、直前にプニが首を掴んで引き寄せ、それによって足元を横切る亀裂を避ける
ことが出来た。
プニはそのまま三つの亀裂を受け止めて消し去る。
残りの一つはエルファリナが受けとめて、顔をしかめつつも何とか消し去った。
カズヒサの足元をえぐり取った亀裂、いや、そもそもそれは亀裂なのだろうか?
割れ目からは、壁にも底にも、おおよそ地面と呼べる物が見当たらなかった。
その亀裂からは、えたいの知れない不気味な空間がのぞいている。
次の瞬間、空間は元々あった景色で塗りつぶされたかのように、亀裂が閉じた。
『今のリアファリナは考えず本能で動いているから、手加減なしの攻撃は世界を摂理ごと
破壊する。そのまま放置すれば世界は滅びるが、それについてはこちらで引き受けよう』
「あの娘は、そもそもこちらの攻撃が当たらないよう、時空の因果律を書き換えている。
カズヒサの攻撃はほぼ回避されるし、もし当たっても、あの光る闇『ヌルフィールド』が
ある限りダメージは全て消される。わたしが攻撃を受け続ける間に隙を見つけなさい」
エルファリナから指示を受け、カズヒサが頷く。
「次元監察官にしてこの世界最強たるわたしの相手に、まさか自分自身を持ってくるとは。
あの意地悪キングめっっ!」
そうぶつぶつ言いながら、リアファリナと対峙するエルファリナ。
『エルファリナの方が不利だな』
「なぜ?」
プニのつぶやきに、問うカズヒサ。
『エルファリナは出来ないことは何も無いとは言え、全てを計算した上で、己のスキルで
物事を成り立たせている。リアファリナは必要な過程を全てすっ飛ばして結果を得ている。
その差は大きい』
「……よくわからん」
うん、あたしも解らなかった。
『ゲーム製作に例えるなら、エルファリナは技術・知識共に誰も追い付けない高い次元で
何でも出来る天才だ。プログラミング作成の早さ正確さは無論のこと、シナリオライター、
グラフィックデザイナー、そしてゲーム音楽の作詞作曲までも完璧だ。
創るだけじゃない。プロデューサーの資金集め、企画とディレクター、マネージメント、
営業、購買、生産に至るまで必要な業務をこれ以上無い才能を発揮し、ヒット作を創る』
ファリナへは辛辣な口調だったプニは、カズヒサへは優しく答えている。
ずいぶんなヒイキじゃないの?これって。
『一方で、今のリアファリナは、ハードディスクに磁石を当てて適当に動かしていたら、
アラ不思議、ミリオンセラーのゲームファイルが出来ちゃった。ってところだ。
そこには何の技術も、知識も、過程も必然性も要らない。
いかに可能性はゼロでは無いとは言え、単純に磁石をあてようとも磁性体の向きで一定則
の磁化パターンを生むだけで、永遠にまともなファイル一つ出来はしない。人間ならばな。
しかし、神技とはそういう不可能を可能にするモノだろう?』
「んなアホな……」
『さらに、エルファリナはリアファリナを殺すわけにはいかないゆえ手加減の必要もある。
一対一の戦いで、どちらが有利かは判るな?』
リアファリナが間断なく次々と放つ攻撃を、エルファリナは受け止め、そして摂理を破壊
するというヌルフィールドとやらの効果をも打ち消し続けている。
だが、リアファリナの足払いから続く流れるような上段回し蹴りへの連続技で吹き飛ばさ
れてしまった。
蹴り飛ばされたエルファリナは、空中を後方へとノースアイゼン砦の中庭を突っ切って、
砦厨房に備え付けられた勝手口辺りの壁に派手にぶち当たり、石壁を破壊する。
あれって、普通に死ぬでしょ!?
厨房には生ゴミの樽でも置いてあったようだ。
壁が爆発するかの勢いでぶっ飛んだので、生ゴミも散乱して、その一部はあたしの方まで
飛ばされて来る。
「キレイに蹴られたけど、アレでも神様の一人なんでしょ? 避けられないわけ?」
『エルファリナは神では無いその上の役職にあたる。そして神々の戦いでは動きの素早さ、
力強さは全く関係無い。因果への強制力をより高めた方が時空を制して勝つ」
でも、あれじゃぁ、ただの人間でしかない勇者のカズヒサでは近寄れまい。
攻撃意図を感じたとたん、先の先を取ってくるリアファリナの攻撃は、触れただけで摂理
が破壊される、そこに待つのは絶対の死だ。
『そろそろ方針は決まったか?ピンク
お前がこの世界から放り出されるまで残り2分40秒だ。まぁ、元の世界にはサービスで
送ってやるさ』
つまり、皇女の命の残り時間はあと40秒か。
あたしも伊達に数百年、守護者としてプニと付き合って来たわけじゃない。
時分秒という概念の理解と、おおよその時間感覚は備わっているのよ。
「俺の剣は何でも切れるって言ってたよな、ファリナ。
……それなら、斬る物と斬りたくない物を、切り分けることだって出来るだろ!!」
カズヒサは、剣を収めた鞘をそのまま構える、すると、鞘が眩く輝いていく……
「ファリナ、お前が操る因果律とヌルフィールドだけを斬る!!
目を覚ませ!! リアファリナ!!!!」
剣を上段に持ち上げながら走り始めようと一歩を踏み込むカズヒサ。
「でや~ぁぁ、あっ!?」
カズヒサはリアファリナに飛び込み鞘を振り下ろ……そうとしたのだろうけれど、生ゴミ
に足を取られて『ズリッ』見事にコケた。
鞘はスッポ抜け、リアファリナが居る方向とは全然見当違いの方角へ、クルクルと空高く
舞い上がっていった。
あぁっちゃー。
因果律を支配してる者と戦うのってこういう『偶然』すら必然になるからねぇ。
勇者サマこんな大事なところコケちゃ、せっかくのイイ男振りが全て台無しね。
カッコワル~
『で?』
うわ、プニの勇者を見る目がすっごい冷ややか。
カズヒサは慌てて起き上がりつつ「だ、大丈夫、アレは絶対当たる」
ホントかな~!?
「あぁ、他でもないファリナが保証してくれたからな」
何の根拠にもなってない他人任せのそのセリフを自信満々に言い切ったよ、勇者サマ。
でも、直ぐに顔をしかめた。
「まにあってくれ……」
えぇ、ホントにそう思うわ。
あたしも、そしてプニだってそう思ってるハズ。
そうじゃなきゃ何であそこでトゲエルフを起こすもんですか。
だから、絶対あきらめちゃダメよ!!
ファリナの何も映して無い瞳が勇者を向き、周囲にまたあの『ヌルフィールド』が浮かぶ。
コケたものの、攻撃を繰り出そうとしたカズヒサに反応しているのだろう。
その動作から危険を察知したカズヒサが避けようと動くも、突然何の前触れも無く足元の
地面が爆発した。
「ぐあぁっ」
数ヤンテほど宙を飛び、2度ばかり回転して地面に叩き伏せられるカズヒサ。
あれ?リアファリナの攻撃をモロに喰らってあの程度?
横目でプニを見ると、口元に人差し指を当て、黙って見てろ、と瞳が語ってる。
あぁ、なんだやっぱりプニってばコッソリ助けてんじゃん、と腑に落ちた。
でも完全に助けないのは、これが因果律を制するための前振り?
エルファリナが蹴り飛ばされたのも、勇者がコケたのも、そして今の攻撃を受けたのも?
「やめてっ ファリナがカズヒサを傷つけるところなんて見たくないっ!!」
皇女が衝動に駆られて叫んでいる。
「ファリナ!! お願いです!! 正気に返って!!!!」
『キリ……ッ』
いつの間にか隣にいたダークエルフのレティアラが、矢を弓につがえて引き絞ってた。
「絶対当たるって言うならさ、こんくらいしなきゃダメでしょ?『ウインド・ショット』」
宙を舞っている鞘を狙って放たれた矢は、キレイなUの字の曲線を描いて鞘を弾いた。
鞘は見当違いの方向からトゲエルフの方向に向かって、矢による軌道の補正が掛かる。
それでもまだトゲエルフに直撃するコースからは外れているみたい、かな?
その間に、リアファリナはだらんと下げてた右手を上げはじめている。
皇女は両目に涙を浮かべながら、トゲエルフの前へと走り込んで両手を広げた。
「ファリナ、わたくしは貴方が好きです」
リアファリナの右手人差し指に『ヌルフィールド』が徐々に集まりだす。
あれが集約した時、勇者とそして皇女に向かって摂理を壊す技が行使されるのだろう。
「そして、カズヒサが好きです。愛しています」
皇女はそれが判っていても、そこから避けようとしない。
目の前に立つ皇女を邪魔だと思ったのか、リアファリナが皇女に向かって一歩を踏み出す。
「ルーも、シャイアも、オーリスも、貴方が連れて来られた新しいお仲間だって」
「ニア、よせ!!避けるんだ」
勇者がようやく立ち上がり、皇女へ駆け寄ろうとする。
けれど、おそらく間に合うまい。
「ぐすっ ずっと、皆でこうして旅を、続けたいです」
リアファリナがもう一歩、皇女へ近寄る。
もうすぐヌルフィールドの集約が終る。
もう残された時間は、あと1~2回呼吸をする程度の時間だけだ。
そして皇女の命の炎が消えるだろう、残された時間も同じくらい。
リアファリナは皇女までの最後の一歩をゆっくりと踏み込み、指の先に集約し小さな黒い
ヌルフィールドを皇女の胸に当てた。
皇女はきつく目を閉じ、最後の願いを心の中で唱えたのだろう。
聞こえるはずの無いその声を、なぜか聞こえたように感じた。
『これを最後に、きっと、正気にっ 戻って、下さいねっ!!』
「ニアっ!!」
カズヒサが必死に伸ばした手の先で……
「あ……」
「あっ!?」
「ああっっ!!」
『 ッガンッ 』
「!☆&$#!……痛っっっっつつつっっった~~~~~~い~~~っ!!!!!」
鞘に脳天を直撃され、頭を押さえて痛がっているリアファリナと、
ゆっくりと地面に倒れようとする皇女を抱きとめたカズヒサ。
そして、なるほど、と解った。
勇者が攻撃で飛ばされ、皇女が助けに入らなければリアファリナはあの場から動くことも
なく、レティアラの矢で軌道が変わった鞘は当たらないままだっただろう。
「ぅうぅ……、もう、なんなのよぉ?」
両手のヒラで頭を抑え、涙目で痛がるリアファリナ。
え~と、ちょっとだけイイ気味って思っちゃった。
「ニアっ!!」
「ニア、ウソですよね? 目を開けてくださいっ!!」
「まさか……こんな」
「悪い冗談やめてよ、ニアっ」
一方、カズヒサはそんなトゲエルフを無視して皇女の身体をゆする。
皇女の仲間達も、地面に、勇者にもたれるように倒れている皇女の周りに集まり声を掛け
ているけれど……
『皇女の命の炎は消えたが、別れの挨拶をするくらいの時間は未だ残っている』
「え? ニア?」
痛がって地面にうずくまってたトゲエルフはようやく顔を上げ、自分の脇に倒れている
皇女を見ると……
「うっそーーーーーーーっ!? わたし、ヤっちまったの~~~?」
大声で叫んでいる。
どうやら自分が殺してしまったと勘違いしたらしい。
別な意味で頭を抱えている。
「ちょ、ちょっとどいて! カズヒサっ」
「清なる水よ、暖かい光よ、大地の慈愛をもって傷付きし者に癒しの手を与えよ、
猛き炎よ、安らぎの風よ、優しき闇を伴い心疲れし者に回復を『フル・リカバリー』」
続けざまに回復術を唱える。
「輝き流浪するもの、深遠なる禍の国よりいでし永遠を眺めしもの、再生の炎をその息吹
もて幾度でも燃え上がらせたまへ、我が生命を糧に来たれ『フェニックス』!!」
トゲエルフの両手から炎のような真白い陽炎が立ち昇り、それを皇女の胸に押し付けた。
みるみるうちに、両手は焼け爛れたように肉が少しずつ溶けていく!
自分の生命力のいくばくかを相手に分け与える術のようだ。
ただ単に皇女の傷を癒しても、死に逝く人間をこちら側に引き戻すのは難しいのだが、
あれなら命の炎が消える直前でも間に合うに違いない、普通なら。
そこまでしても……皇女が、目を開けることは無かった。
『神との契約に従い、皇女は還る。いかなお前でも寿命を覆すことは出来まい?』
トゲエルフは2度の回復術でも皇女に回復の兆しが見えなかったことで、諦めたのか?
じっと何かを考えている。
『今のお前ではどうにもならない、超えられない壁は5つある』
5つも?
少し待つが、それ以上プニはそれについて話す気配が無い。
そういやリアファリナには助言しないって言ってたものね。
どれ、ここはひとつ、このユミカ様が助け舟を出してあげるとしますか。
「5つと言われても、神ならぬ身では想像も付かないわ。解説してよプニ」
『リアファリナが振るう『無から有を生み出す』技で創り出せないモノは本来無い。
けれど、意識を保ったままでは自分の知識の限界に縛られて超えられないだろう壁がある。
一つは、皇女の魂。死して身体から離れた魂をどうやって呼び戻す?
二つは、魂を身体に留まらせるための魄、これが無くば魂は直ぐに還るだろう。
三つは、命。命とは何たるかを知っているのか?
四つは、シータの契約。今だ皇女を無に帰すために働いている創生神の強制力を消せるか?
最後に、リアファリナ自身の問題。魂魄も命も、形・色・多きさ・重さ・匂い・手触りも、
見たことないモノ、知識がないモノ、設計図すらも無いモノをクリエイターたる者が意識
して創り出せるのか? 己が信じないモノを成し遂げられるほど、あの力は便利ではない』
挑戦するようなトゲエルフの瞳は、プニを捉えて逸らそうとしない。
「……意識があるうちは使えない、か。ふふふふふ」
リアファリナは、抱きしめていた皇女をそっとカズヒサに任せて立ち上がり、
「ずいぶん親切なのね? プニ神様って」
焼け爛れたその手で、勇者から剣を奪い取ると……
「やったろうじゃない! 意識を失う直前の一瞬で!!」
剣を逆手に持ち、腕を大きく振り上げる。
「ニアが死ぬ運命を!! 座して見てなきゃならないわたしの運命を斬り捨てる!!」
リアファリナは自分の胸に剣を突き立てた。
柄まで自分の胸に剣を引き込み……剣は背中から……貫いては居ない。
あれほどの長剣が身体の中に納まったかのように、胸から剣の柄だけが生えている。
胸から血のように、あの光る闇が溢れ出ている。
「皇女は、助かるの?プニ」
『神として答えるなら、これは皇女が自分で選んだ運命なんだよ。自ら選んだ運命ならば
その結果を遵守させる立場に俺は居る。 だが、人としてなら違う答えが在っても良いな』
いつの間にかプニの傍にエルファリナが立ち、厳しい顔でリアファリナを見守っている。
そうして、プニは優しい瞳で柔らかい微笑を浮かべた。
『さて、消滅まで残り10秒。 リアファリナが覚醒するのは遠い未来の事だとしても、
六柱目の…………だと言うその力、《未来なき未来におわす、形なき運命を護る女神》と
やらの力、見せてもらおうか』
その先に居たのは、漆黒の瞳と髪……いいえ
それはまるで、冬の冴え冴えとした透明な空気の中、何も無い野原で見上げた澄み切った
夜空に広がる満天の星空。それをまるまる凝縮したような、そんな星が煌くような清冽さ
なのにどこか安らぎを感じる優しい闇色、そんな瞳と髪の色を纏ったリアファリナだった。
事情あって、実家から離れてたときに書きためた小説もアップさせて
もらってます。
お時間があれば、そちらも読んで頂けると励みになります。
ほんわかエルフの設定あれこれを流用した、現代ファンタジーです。
またマニアックなものを書いてしまった……
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