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それにしても腑に落ちない。
精神の高位精霊というのなら、なぜゲイリーやキャリーが生きて戻れたのか?
破滅が目的ならさっさと殺してしまえば良い。衰弱死を待つのは悠長に過ぎる。
イケメン魔神が精神の精霊だと言うなら、契約者、この場合はリーザが望む通りの行動を
取ったに過ぎないのだろう。
それなら、男の破滅は望んでも、殺すのは望んで無かった?
捕らえて衰弱死させようとはしても、助け出されるのを本気で妨害した様に思えなかった。
これらの矛盾こそがリーザの心の在り様だったのかも知れない。
本人が亡くなってしまった今、彼女の考えを正しく紐解ける方法はもう残されて居ない。
彼女が、書いた本へ散らばめたキーワードを拾い集めるくらいしかないだろう。
とにかく、事件は一応の解決を見た。。
わたしはメイロー子爵からいくばくかの謝礼を貰い、キャリーへも見舞金という名目で
慰謝料を出させた。
ゲイリーがキャリーに振られて落ち込んでいたので、ジャマイカ野郎の教えを説いた所、
方向性はアレだが前向きに考え出し、改めて自分の"売り"は金の力であると再認識すると
同時に、金力を背景にした積極的な性格へと変わり、お蔭で、ストーカー行為も収まった。
後はなるようになるだろう。
わたしはもう一つだけ、試したいことが有ったので、準備万端で図書館を訪れた。
長閑な午後の図書館で、これだけの緊張感をはらんで本を開くのはわたし位だろう。
『ラージャと魔法の宝玉』の本を手に取り、深呼吸一つ。
そして、わたしは本を開いた。
物語の中に入り話を進める。
主人公ラージャとなり、貧しくとも正直に精一杯その日を暮らし、
やがて伯父に連れられて真っ暗な洞窟を冒険、伯父の裏切りで洞窟に閉じ込められる。
腕輪の魔神を呼び出すと、はたしてそこには。。。。。
禿頭で髭オヤジが現われた。「何でも御用をお言い付け下さい」と。
イケメン魔神は現われなかったが、わたしは彼がどこかで見ている事を確信していた。
「なによ、精神の高位精霊とか言ってた割に、心がちっちゃいヤツね。」
そう聞こえよがしに呟くと、髭オヤジに魔法使いの城へと一直線で辿り着くよう命じた。
女性魔術師リーザ・マローは魔術師であると同時に童話・児童書の作家であった。
幻影魔術にも長けたリーザは自身の書いた書物で、特定のページで飛び出す絵本よろしく
そのページの情景が思い浮かぶ魔術を組み込んだことで有名になった。
しかし、初期の作品には『ラージャと魔法の宝玉』ほど全編にわたった書物はなかった。
そして在る時から名前をリーゼン・マローと称し、一切の童話・児童書を書かなくなった。
その後だった。彼女の書いた書物に『魔神』と呼ばれる人物が描写される様になったのは。
そして『魔神』の書物では常に不思議と不吉が付いて廻った。
どのような不思議が在り、どのように不吉なのか、その内容は記録に残っては居ない。
名を変えてから4年後、彼女は自殺している。
直前に書き上げたのが児童書『ラージャと魔法の宝玉』だった。
どうして書くのを止めた児童書を、人生最後に書いたのかは判っていない。
本の用意されたストーリー通りに進めば、エンディングはハッピーエンドである。
けれど、王女と魔法使いに疑いを持ち出すとシナリオは分岐し出す。
リーザが男も女も嫌いになったとしたら、やはりここがポイントなのだろう。
他のエンディングでの王女は下手な言い訳はしない、が、このシーンだけは王女は言い訳
を言うのだ。自身を弁護したのはこのシーンだけだ。
城へ辿り着き、王女が魔法使いと男女の仲になっているのを確認した後で、王女が独りに
なった所を見計らい、王女へと話しかける。
「王女よ、わたしを裏切ったのですか?」
そう尋ねると王女は涙を流しながら首を振り、
「いいえ、違います。
たとえ浅ましくても貴方とどうしてももう一度お逢いしたかったから、
だから魔法使いの言いなりとなって汚れてしまっても我慢して生き延びたのです。
わたくしは今でも貴方だけを愛しています。それだけは信じて下さい。」
そうわたしに告白する王女。
要約すれば『間男が悪い、断るに断れなかった、私は悪くない』。
浮気女の典型的言い訳である。
積極的に男に迫っていたあの姿を見た後では、わたしもそう感じたのは事実だ。
だが、これは現実のしがらみに関係無いただの物語のワンシーンだ。
わたしは王女に告げる、
「浅ましいなどと思いません。王女よ、貴方が生き続けてくれて嬉しい。
貴方は今でもとても綺麗で、少しも汚れてなど居ません。
これからもわたしと共に生きて下さい。」
すると世界は輝きに包まれ、王女様も輝きに包まれて消えて行く。
王女様は、消える直前まで幸せそうに、本当に幸せそうに満面の笑みを浮かべて居た。
「リーザも本当は誰かに許されたかったのかしら?」
わたしがそう呟くと、
「人じゃないものが、人の精神を語るなよ。」
輝きに包まれた世界の中で、仏頂面をした性悪精霊ことイケメン魔神が答える。
夢幻界で大量の怪物に囲まれて大丈夫だった?とか無駄なことは聞かない。
「何が?この輝きがリーザの語りたかった結末でしょうに。」
「この結末をリーザは求めて居たけれど、同時に決してそんな結末は訪れないだろうと
絶望もしていたのさ。望むけど決して来ない未来。そうして彼女は少しずつ壊れて行った。
希望と絶望と悲しみと、そして夢の中でだけ得られた幸せと喜び。あの時の目まぐるしく
日毎夜毎に大きく変化し、震える彼女の精神はたまらなく魅力的だったよ。
このオレが強烈に惹き付けられて、そして彼女が喪われた今も忘れられないで居る。
彼女を襲った不幸は悲しい事だったが、オレが彼女に惹かれたのはそれがキッカケだった
のも事実さ。
そして、そんな彼女が望んだ結末を、オレ自身いつしか待ちわびるようになったのさ。
誰かが彼女が欲しかった結末に辿り着けたなら。。。。。
だが、それは相手が人だったらの話だ。お前のような人外じゃない。
お前は彼女の唯一の希望(思い)を土足で踏みにじったも同然。決して許さない!!」
「リーザが定めた条件を満足してわたしはここに居る。アンタの筋違いな逆恨みなんて、
知ったことか。」
「詭弁だな。リーザが本を読む相手を一から百まで想定できるはずもない。
人外がこの結末に辿り着けるのを想定出来なかった事を、だから許されているとは暴論も
甚だしい。」
「どうかな? わたしはそれよりアンタの怠慢を責めたいわ。
リーザが許されたがって居たのなら、アンタこそが率先してそうなるよう人を誘導すべき
だったんじゃないの?アンタしか知らない事実なんだから。」
「ハハハハハ、どこまでも図々しい理屈を並べやがって。
リーザは自分が救われたくて、心を開放して欲しくて、心を繋ぐ魔術を編み出したけど、
その一方で心を覗こうとする他人を嫌悪していた。
救われたい、けれど、自分の捻じ曲がって醜くなった心の中は知られたく無い。
そういう矛盾こそ人であることの証拠さ。
人の心を永く見守ってきたオレだからこそ言えるのさ。
そういう奥底の思いこそ大事にすべきだってね。
なのに!お前はその力で!ここまで干渉してのけた。
世界の異分子であるお前は第三者で居るべきだったんだ。
リーザの開放はいつか、どこかで、ただの人間に任せるべきだった。
これで少しは反省しやがれっ」
わたしの周りを、もの凄い勢いで壁が構築されていく。上下前後左右全てに。
「これは。。。。。ラビリンス?」
『古から伝わる『心の迷宮』だよ。ハハハハハ、そこを突破する頃にはお前でもちっとは
心が成長しているだろうよ!!そこではお前の心の中の恐れ、過去に埋めた忘れたい事柄
の数々が迷宮の所々で赤裸々に暴かれるのさ。
ハハハハハ。これはお前の黒歴史か。お前が忘れたがった過去が見えるゾ。」
イケメン魔神は見えなくなっているが、そんな声が届いて来る。
「アンタの酔狂に付き合うほど暇じゃないのよ。」
本の世界では魔術式は発動しなかった。けれど、もうここは本の世界じゃない。
リーザの構築した世界はさっきの輝く世界まで。
とは居え、ここはある種の精神の精霊界なのだろう。
ならば、魔術式は発動出来ても精神の精霊に関係した物しか使えない制限はある。
でも、闇霊だけでも十分よっ
わたしはイケメン魔神への怒りを鎮め、一泡吹かせるために魔術式を創り出す。
ベースとなる魔術式の構造は『プヨ探知』
これを闇霊による探査の網に置き換える。
『パーティーセット』の、音に魔術式を乗せる式を利用し360度全方位に探査網を育て、
さらに魔術式『腹話術』が、発生させた音の伝わる先で次の魔術式を構築し、発動させる。
エンドレスで繰り返すことで探査網が空間内に次々と生成されていくのだ。
そして、フランソワーズ・チイのフラクタル魔術式を併せることで、魔力コストを激減し、
課題だったフラクタル探査網の生成時間を劇的に改善させて、迷宮探査可能とする。
既存の魔術式を寄せ集めてアレンジした『プヨ探知Ⅲ』を詠唱起動する。
『キン』わたしを中心に探査音が鳴る。直後あちらこちらで『キン』『キン』『キン』と
鳴り響きさらにその先でもN倍した探査音が鳴り拡がって行く。
魔力コストを激減したとは言え、時間と共に消費される魔力は尻上りで膨大となり。。。
わたしの魔力が尽きる前になんとか迷宮の全てに魔力探査網が行き渡った。
「ふ~」一仕事終えたわたしは、探査音は『キン』じゃなくて『ピコ~ン』にしようなど
と考えてから心を切り替えた。
わたしの頭の中には魔力探査網により迷宮の形状のほか、ラスボス、イケメン魔神の魔力
をも捉えヤツの居場所も判っている。
なるほど、自慢するだけあって大した魔力だ。
『ゲート』
精神の精霊界に存在し、場所まで判っているなら辿り着くのは一瞬。
「それだけの力を持ちながら、人のフリをするか。混沌の化け物め。」
イケメン魔神はあまり驚いていないようだった。少なくても表面では。
「失礼ね、知恵と努力の成果よ。そんなことすら解らないのか。
アンタがどんなにリーザを愛しても、人の努力を推し量ろうとしないヤツが、心の機微に
まで気配りが足りるハズが無い。アンタの無責任なリーザ論こそがリーザを冒涜している
と知りなさいっ!!」
「お前が言ってる事は、力ある者が好き勝手やったうえでの思い上がりに過ぎない!
オレにとっては絶対に許せる事じゃないな。
本当ならここでぶち殺してやりたい所だが、今はこのオレでも力の限界がある。
次に遭った時こそ、この決着を付けてやろう。」
そう告げてイケメン魔神は消え、わたし独りが残された。
「それがあなたに取っての真実でも、この世界はリーザの望むままに構築されている。
魔術は嘘を付かない。わたしにはあの王女様はリーザの分身に思えたわ。」
わたしの脳裏に、綺麗で透明な笑みを浮かべたまま消えて行った王女様が思い出される。
「だからわたしは、わたしがどんな存在であろうとリーザが欲しかったエンディングへと
辿り着けて、あのラストを確認できたことは、リーザにとっての本意だと思うわ。」
返事はどこからも無かった。
「まぁ、これでイケメン魔神とは敵対かぁ。とは言え、これで一区切りよね。」
まったく! 精神の精霊とのやり取りは心に重く圧し掛かってくるわよね。
明日の日記は、サブタイも付けて気分転換してやろっと。
※追記。
何年か経って、その後のゲイリーとキャリーのことを知ったので記載する。
ゲイリーは親の金力ではあるが、街の若手実力者として知られる様になった。
元々魔術師出身であり理系で数字に強かったが、成功したのはその後の彼の努力だろう。
キャリーはあの後、イーディスに騙され多額の借金を抱えて夜の女になったそうだ。
だが、そこで成功したゲイリーと再会し、経緯は不明だがゲイリーの愛人へと収まり、
それなりに幸せに暮らしているそうだ。
『あのゲイリー』の成長ぶりに驚いたのは秘密。