11ページ目 約束を守れる?
11ページ目 約束を守れる?
契約を、されば命を救わん。トゲエルフは鬼か悪魔か?
駐屯する騎士団のおそらくお偉いさんが言う、
「実は、ピネの村から十分な距離を取り、村の病人も隔離し決して接触しないよう厳命し
ていたにも関わらず、騎士団の者から発症者が出ました。」
「このような事態になりましては、皇女殿下の御安全を第一に考える必要があるかと。
旅の疲れも癒えぬ内の御帰郷の勧めに、不肖この辺境第4騎士団長アルゴス、まことに
遺憾ではありますが、万が一、皇女殿下が病になど倒れましては一大事にございます。
一刻も早く、ここからお離れになられるよう、進言いたしますぞ。」
「わたくしの心配などは無用です。こうしている間にも民や騎士団員が苦しんでいるので
あれば、わたくしが病などを恐れてどうしますか。」
「皇女殿下のお優しいお言葉、病に伏せし団員たちも喜びましょう。
されど、殿下、お言葉ではありますが、・・・・・・・」
ニア「・・・・・・・」 団長「・・・・・・・・」
ニアと団長さんのやり取りを横で聞き流し、団長と一緒に来た騎士にさっそく気になる所
を話しかける、たぶんこの人も騎士団の偉い人なんだろうなと思いながら。
「ねぇ?病に倒れた団員さんが発症したのは何時のこと?その人は今どこに?」
話しかけられた騎士は、なんだこいつ?という顔をしたが、皇女殿下と一緒に来たことを
思い出したのだろう、質問に答えてくれた、
「今朝のことだ、もっとも発症した者は元々ピネ村を含むこの辺りを巡回衛視だった者だ。
もっと前から感染していたのかも知れぬがな。
今は村人達の感染者と同じ施設に隔離している。」
「ふーん、ここからピネの村までの距離と、毒を撒いてるっていう怪物の居る沼までの
距離を教えて?」
「村まではここから馬で半日は掛かる、元々駐屯していたのは村を出てすぐの所だったの
だが、感染者が出てしまったからな。皇女殿下を危険な場所でお迎えする訳には行かない。
急ぎもっと村より街道を南へ遠ざかり、安全と思われる場所で皇女殿下をお待ちしたのだ。
怪物が居る沼は、ここからだと半日よりもう少し掛かる。」
「あら?わたしがニアから聞いた所では、ピネの村から怪物の沼まで半日って聞いたけど
それなら、元々の駐屯地と比べて、ここは怪物からさほど遠ざかってないわけ?」
「ああ、だがここまでは怪物も来ない。ここは安全だ。」
「そうなんだ。ねぇ?わたしお昼でお腹が空いたわ、騎士団の人達の食料を少し分けて
もらって良いかしら?」
「ああ、それは構わないが、皇女殿下にはすぐにでもここを離れて貰いたいんだよ。」
「ニアは離れる気が無いみたいよ? まぁその件は任せるわ。
じゃぁ行って来るね、あ、案内は良いから皇女様に付いててあげて?
ニアー?ちょっとお腹空いたから食べ物取ってくるねー。」
わたしは団長とまだ口論しているニアにそう声を掛けた。
団長「なんと申されようと、なりません。」
ニア「わたくしは決定を変えるつもりはありません。・・・・あ、気をつけてファリナ。」
ニアから離れると、適当にぶらぶらしながら辺りを眺める。
チュンチュン、小鳥が地面をつつき歩いている。
ブルルン、騎馬が時折いななく。
慌てているのは人間たちだけで、自然はそんな事お構いなく平和なのかも知れない。
一通り駐屯地を見て周り、わたしは一つの結論に達した。
「ここに居る動物達は病のキャリアーではない。」
毒物なら小動物の方が人間より先に症状が出るだろうし、動物体内の精霊にも大きな乱れ
がない。村近くに行けば違うのかも知れないが、少なくてもここの動物達は病に侵されて
はいない。
次にわたしは騎士団の賄い所へ行き、団長さんの許可は取ってあるからと食料を分けて
もらった。ほんとは団長さんの隣にいた騎士の許可だけど細かいことよね?
食料を口に寄せると、
『ダメ』
わたしの顔の横に透き通った水玉というべきモノが浮かび、そこから声が聞こえてくる。
水霊だ。この水玉も声も精霊使いにしか見えないし聞こえない。
わたしは食料を食べずに手を下ろし、賄いをやっている騎士見習いに言う、
「この食料はちょっと悪くなっているみたいよ?材料を見せて貰える?」
「ええっ?そんな古い物じゃないんですよ。・・・・・なんだ、どこも悪くなって無い
じゃないですか。」
「あーまいっ、あなたには見えないでしょうけど、水霊がこの食べ物は体に悪いって教え
てくれてるの。あなたの見立てがどうであれ、水霊はウソをつきません。」
「水霊が?ホントですかぁ?はぁわかりましたよ。どうぞ、調べて下さい。」
どうせ反対しても無駄だと雰囲気で察したようだ。
「ありがとう。」
わたしはしぶしぶながら、わたしの言うとおりに材料を見せてくれる見習いさんに
エルフスマイルを送っておいた。
材料を一つ一つ調べていくが、材料に悪いところは見当たらなかった。
「うーん、調理場を見せてもらうわね。」
そういって返事が返って来る前にさっさと場所を移動する。
調理場にある鍋やカマド、まな板など一つずつ調べて良くと
『ダメ』
また水霊がダメ出しした。
料理に使う水を溜めた水がめだった。
「この水はどこから汲んで来たの?」
「近くの小川からです。」
「この騎士団の料理は全部その小川の水を使ってるの?」
「そうですよ。」
「その小川はどこから流れて来てるの?」
「え?山からだけど。」
「それって東の?」
「見ての通り、この辺の山はそこしか無いよ。」
「どうやら病の原因はこの水みたいよ。」
「ええっっ!! この水が?」
わたしは水霊に、水がめを『浄水』してくれると同時に、不純物は捨てずに集めてくれる
ようにお願いした。
普通に『浄水』しちゃうと不純物は捨てられちゃうから。
今はその不純物にこそ用がある。
そうして不純物を拡散しないよう水玉(水霊)で包んでもらい、
「とりあえずこの水がめは『浄水』したけど、これからは別の水源から汲んでくるのね。」
そう騎士見習いに注意を言うと、賄い所を出て、水霊に案内されて小川に行く。
そこでも『浄水』しながら不純物を集める。
そうして十分目に見える量まで集めると、
「これは。。。。そう、そうだったの。」
不純物が何か判れば、集めた不純物の塊にもう用は無い。
かといって、わたしにはこの物質を安全に処理出来る知識は無かった。
小川から取れたのなら、水霊の『浄水』では除かれるだけで分解消去は出来ないだろう。
神官が使う『解毒』なら毒・不純物を分解するそうだが、精霊術は毒・不純物を取り除く
だけで分解はしてくれない。
『闇、これ分解出来るかしら?』
闇は物質を素粒子レベルで分解する事が出来る一面を持つので、闇霊にお願いした。
病の原因が判ったので、馬車へ戻るとそこでは何やら騒ぎが起きていた。
「どうしたの?」わたしはオーリスに聞いて見る。
「ピネの村から赤ちゃんを抱いた女の人が来てね、どうやら皇女一行がここに来るという
話をどこかから聞きつけて来たみたい。それで赤ちゃんが例の奇病に侵されていて、
ニアに直訴しようとしたのよ、神官に治して欲しかったらしいの。
可哀相だけどニアに病を移させるわけには行かないわ騎士団が止めたんだけど。
でも、ニアはあの通りでしょ?結局シャイアが治癒を試みてるってわけ。」
なるほど、シャイアは地面に跪き何かを唱えている。神への祈りの言葉だろう。
シャイアの前には赤ちゃんを抱いた女性。子供は息絶え絶えの状態に見える。
女性もシャイアの祈りに合わせ一心に祈っている、
「お願いします、お願いしますっ神様、この子をお助け下さい。」
やがてシャイアの声が高らかに響くと、子供を光が優しく包む。
すると子供の顔色は少し良くなったように見えるが、息絶え絶えなのは変わらなかった。
シャイアは明らかに肩を落とすと、
「申し訳ありません。わたしにあと出来る事は、この子が安らかに神の御許に行けるよう
お祈りを捧げることだけです。」
それを聞いた女性は、
「そんな、そんなっ お願いします、もう一度、もう一度この子に癒しをっ!
あたしにはこの子しか居ないんですっ。お願いします。お願いしますっっ。」
「神は人の寿命を延ばすことを為さりません。お気の毒ですが。」
シャイアはうなだれたまま女性に言う。
「いや。。いやっ、皇女様、お助け下さい。なんとか、なんとかっ。」
「・・・・・」ニアにも女性に掛ける言葉は無いのだろう。しばらくして、
「どうぞ、馬車にお乗り下さい、生まれ育った村でこの子が神の御許に旅立てるよう。」
ニアはそう女性に話しかける。
それを聞いた騎士団長さんは、
「いけませんっ皇女殿下、このような女を。。。。病の感染者を殿下と同じ馬車へ乗せる
など言語道断ですぞっ。」
「構いません。何度言えば判りますかっ。わたしくがそうしたいのです。」
そうしてニアはこちらを向いて、
「これはわたくしの我侭です。ファリナは病は嫌でしょう? ですから明日まで別行動に
しましょう。わたくし達は馬車でピネの村へと向かいます。
ファリナは明日の朝、村に来て下さい。」
わたしは、ウソを言うのは平気だが、間違った意見をそのままにしておくのは嫌いだ。
だからこう言った。
「別に構わないわよ、伝染病じゃないからうつらないし。」
「「「「 え? 」」」」
「それに、神が人の寿命を延ばさないんじゃない。神の力を引き出すのは人であり、神官
が神の力に限界を作っているだけよ。 シャイア、もっと精進なさい。」
トゲを発揮してるなぁ。と自分でも自覚してるが、これがわたしなのだ。
神のせいにして自分が至らない事の言い訳にしてはならない。
だがそれはわたしだから言えるのかも知れない、事実過去に神官が人の寿命に関与出来た
ことは無かったのだろうからシャイアを責めるのは酷なのだろう。
「伝染病じゃないのなら安心だろ?さぁ、村に行こうぜ。
おっと、その前になぜ伝染病じゃないのか判ったなら教えてくれ、ファリナ。」
カズヒサが場の雰囲気を読んで変えるためそう言った。
「原因は、水銀よ。」
「「「「「 スイギン? 」」」」」カズヒサを除いて水銀が理解出来なかったらしい。
「水銀か!、手足のしびれ、視野狭窄だっけ?なるほど症状は合うな。」
「ええ、だから伝染病じゃないわ。小川の水に含まれている水銀が体に蓄積されると発症
するのよ。これからは小川の水は使っちゃだめよ。
川の上流、おそらく、その怪物がいる沼付近に水銀を大量に含んだ地盤があるのでしょう。」
「判りました、これからは団員にも水を汲む場所を別にするよう伝えましょう。」
団長がそう約束する。
「原因が判れば対応も出来るでしょう。さあ村へ行きましょう。馬車へ乗って下さい。」
ニアも理解できないまでも原因が判り少し明るくったようだ。
赤ちゃん連れの女性に馬車へ乗車を勧める。
「皇女殿下、我々も準備でき次第村へ向かいます。くれぐれも無茶はなさりませんよう。」
団長さんはそう声を掛けると団員をまとめるために向こうへ行った。
馬車へ乗り込むと、女性が口を開いた、
「そのスイギンとやらが原因と判れば、この子は治るのでしょうか?」
シャイアは無言でうつむき首を振る。
「原因となる物質が判れば、これ以上の悪化は食い止められるだろう。だけど。。。」
カズヒサも向こうの知識で、完治出来ないことを知っているのだろう。
「まだ死ぬと決まった訳じゃない。今は早く村で静養させることだ。」
ルーがこれ以上雰囲気が暗くならないよう女性を励ます。
それを聞いたわたしは、ほんとわたしって色々ダメだなぁ、と自覚しつつ、
「気休めは言うものじゃないわ、その子はこのままでは夕暮れまでもたないでしょう。」
と言った。わたしには赤ちゃんに宿る精霊力が見えるのだ。つまり残りの生命力も。
「そんなっ。」女性は絶句して、静かに涙を流す。
ニア、ルー、それにシャイアはどうして今言うんだという厳しい目でわたしを見る。
わたしはその目に、ため息で返すしかなかった。
女性は何かを決心したようだ。泣いたまま赤ちゃんに話しかけている、
「大丈夫、大丈夫よ、お母さんはどこまでも一緒だから。一人にしないから。」
それを見て、わたしはもう一度ため息をついてから、心を決めた。
「ファリナ、そこまで言ってフォロー無いんなら俺の我慢も限界なんだが?」
とカズヒサがわたしの背中を押そうとしてるのかそう言う。
「そうね。
ここからはナイショの話になるんだけど、あなた、秘密は守れるかしら?」
わたしは女性にそう聞いた。
「ここで起きることを生涯誰にも話さないと約束するなら、その子を助けてあげる。」
「守りますっ。」
間髪入れず、女性は約束の言葉を返してくる。
「他の皆は?」
「いいぞ、勇者として誰にも秘密を話さないと約束しよう。いいな?」
カズヒサは決定事項として皆に約束を守るように言う。
約束破ったら酷いからね!日記のサブタイにも入れて覚えとくんだからっっ。
わたし自身のコンセントレーションを高めるために皆に言う、
「さっき言ってたように、神の力がこれまで寿命に関与したことは無い。
本当は神官の限界ではあるんだけど、わたしが神の力を超えたかのように思われると
何かと問題になるわ。狂信者にも、これまで癒されなかった重症患者にも。
押し掛けられるのは迷惑なの。
だから誰にも話さないでね。」
そう言ってから女性の前に両膝を着くと、左手を胸鎧の中央にはまっている宝珠に置き、
『簡易儀式』
魔術式を起動する。
わたしの右肩から『風の宝玉』が、
わたしの左肩から『水の宝玉』が、
わたしの右腕から『闇の宝玉』が、
わたしの左腕から『光の宝玉』が、
わたしの右足から『火の宝玉』が、
わたしの左足から『土の宝玉』が、
最後に、胸から『創造の宝玉』が、飛び出し宙に浮かび、わたしを中心として馬車の中で
宙を飛び円となって回転する。
故郷のティルトの村に置いてきた本格的な儀式魔法用増幅装置には及ばないが、わたしの
魔力を増幅して効果を高めてくれる魔術式だ。
おそらく、これが無くても可能ではあるだろうけれど、肉体の損傷を『再生』させるのを
赤ちゃんに施すのは初めてだから安全マージンは広く取りたい。
赤ちゃんの額に右手を触れて、水と地と闇の精霊に呼びかける。
『再生』させるのは水銀でダメージを負った神経細胞、中枢神経、脳細胞などの人の基幹
となる部分だ。死滅した脳細胞をそっくりそのまま『再生』させることは向こうの世界で
はまだ夢の技術だったが、こちらの世界では肉体を構成する根源となる精霊の力を借りる
ことで可能とならしめている。
神の力でも同様なことが出来るはずだが、神官に人体に関する知識が無いので、癒せない
のだろう。
わたしが思うに、神は人にだいぶ甘いと思う。必要があれば至れり尽くせりだ。
それなのに、中枢神経にダメージを負った人間を神官が癒せないのは、神が意図的にそう
しているのだろう。神官の知識の足りない部分をあえて補わず、人間の成長を待っている
んだと思う。
わたしの詠唱を7つの宝玉が増幅し共鳴する。
光が収まった時、赤ちゃんの指がわたしの親指を握っているのに気付いた。
わたしの親指第一間接の幅よりちょっとだけ大きい赤ちゃんの手のひら。
その感触が、思った以上に嬉しかったのを覚えている。