第一話 第7士官学校の洗礼
「ガウコの弾丸は必ず当たる。レッドドラゴンの血が塗られているのだ」
先の大戦を生き抜いてきたアルトロス軍の老兵、退役兵たちはことあるごとにそう話すんだ。時には恐怖の記憶で顔を引きつらせ、またある者は冗談交じりの負け惜しみのように酒を片手に笑いながら。
この話は半分本当のようで実際には全くの嘘なんだ。必ず当たる弾などあるわけもなければ、今となっては神聖な生き物として崇められるドラゴン、それもレッドドラゴンの血を当時ですら兵器として重宝されていたのに、トンでも科学のために採血などするはずもないしね。大体血なんか塗ってしまっては弾丸の劣化が進み……おっと、また話し過ぎるところだった。危ない危ない。
ともかく、ここまで来たってことは大戦中の技術が使われたものをお探しのようだけど、悪いね。うちではもうそういうのを一般の傭兵さんに渡すことはやめたんだ。もし本当に必要になったらまたおいで。まぁ、その時、君が本当に戦える状態かどうかはわからないけどね。
ん?いやいや。脅しなんかじゃないよ。これは現実を見てきた商人だからこそわかるんだ。それに、そんなギリギリの兵隊さんに絡まれるのはもう懲り懲りだからね。
……せめて帝国の銃を、ねぇ……。わかった、こうしよう。君がレイモンドのとこで一人前と認められたら何かしら見繕ってやろう。そうだな、ガウコのドラゴンキラー。こいつを一つ貸してやろう。なに、利子はないようなもんだから安心しな。
レイモンドさんの会い方?そんなのは自分で考えられるようになってもらわないと武器は渡せないなぁ。さぁ、わかったらもう帰るんだ。いいから、早く。もう日が暮れる。
ここはあんたの地元ほど常識が通用するところじゃないんだ。
お、そうだこれくらいなら渡してやろう。レイモンドが置いて行ったこの店の優待券みたいなもんだ。ここではもう買わないって言ったっきりだったが、そろそろ俺の顔が恋しいだろう。ハハハ!あとこのタバコもつけとくか。
じゃあ気を付けてな、お嬢ちゃん。そしてレイモンドによろしく!
早朝の士官学校の校舎裏は良い。特に冬になると日差しも程よく風通しもいいからタバコを吸うにはもってこいなのだ。それに、この時間なら学生も少な家ら特にお咎めもなし、ってわけだ。そのはずだったが……
「先生、またタバコですか?朝からの喫煙は血圧的に良くないって聞きましたよ。」
「はぁ~……。あのねぇ、血圧上げてでも君たちみたいなポンコツを育てるにはこれくらいのドーピングは必要なの、わかる?」
先生と呼ばれた金髪のワイシャツと生まれてきたとすら思えるほど魅力的な女はゆっくりと口から煙草を外し、携帯灰皿に擦り付ける。その指の一挙動すら、一定そうにはエロティシズムすら感じさせてしまうのではないだろうか。
「ポンコツ、というのはわかりますが、それが喫煙の理由になるとは思えませんが。」
「そういうとこだぞ、アッシュ。大体私は君の上官でしょうが。」
すれ違いざまに少年の肩に手をポンと置くと、たまらず残り香にむせてしまう。ニヤニヤしながら立ち去る上官の背中に強烈で、しかしとろけた目線を送ってしまうことにアッシュはまだ自覚がない。そんなk所とに気が付くほど自分をまだ客観的に見れていなかった。そして目線の先、手の中の古びた、しかし威厳のあるタバコの箱を見つめる。
(先生、今日は誰か、と会うのかな……ぼ、俺なんかよりも、もっと……)
自分たちの行くべき教室へのルートを思い出して振り返ると脳まで日が差し込み一瞬ふらついてしまう。思っていたよりも時間が経っていたらしい。構内には士官学校独特の朝の足音がコツコツ、カサカサと落ち葉を踏み分けてあふれていた。
この時期の早めの登校は本当に良い。何も悪いことはしていないのにこんなにも高揚感があって、ちょっと後ろめたさもあって、でも自分だけが何かを知っているような気になれる。
教室の前の廊下を歩いているときにはすでに、古びた煙草ケースのことなどは忘れて、大講堂へと向かっていた。
ここはオスタルト皇国が誇る軍事技術を身に着ける士官学校、の中でも最下位、ありていに言えば”落ちこぼれ”、特に関係者からは「負け豚」と呼ばれる士官候補たちが集まる第7士官学校である。
大講堂には春の淡い日差しが差し込む中、新入生たちがかなりゆとりを持って並び、軍関係者からのありがたくも棘のある言葉を聞かされていた。
「……えー、したがって皆さんにも少なからずこの国の税金、つまり君たちが想像もできないようなひっじょーーうに、尊い時間を使って払われた血税がここ、第7士官にも使われているわけであります。したがって、皆さんにはせめて”税金泥棒”などと呼ばれない活躍をしていただきたいわけであります。」
ここですかさず軍や政府関係者の並ぶ来賓席から静かな笑いが起き、登壇者はまんざらでもなさそうに少し間を置く。
「なぁにが、第7の洗礼よ、ただの悪口じゃねぇか……!!」
「まぁまぁ、偉い人にもこういうストレスのはけ口は必要なんだよ。」
隣に座っている、飼いならされていない子犬をそのまま人間にしたような女子学生は、「レオナ」と書かれた名札を指ではじきながら静かに吠えていた。それをやんわりとなだめるアッシュ少年とのひそひそ声は近くの第7の教官に聞こえないはずもなかった。が、幸い彼らもいい加減10分もあんな調子で講釈を垂れられることにいら立っていたのだろう、やや鋭い目線を送られるだけでお咎めなしだった。
ここ第7士官学校の生徒は13ある士官学校の中で序列最下位とされている。厳密にいえば半期ごとに更新される士官学校のランキングにおいて、常に最下位に位置付けられている、いうなれば逆殿堂入りということになるのだろう。そしてこの順位を上げることは彼ら士官候補生や教官の行動如何ではどうすることもできない「呪い」があった。
「最後になりますがぁ、皆さんはまだ若いのですから『ガウコの呪い』などという迷信にとらわれずにのびのびと己の実力を高め、ぜひともこの偉大なる皇国のため、そして己の道のためにその類まれなる実力を発揮されることを切に願っております。皆様の活躍がこんな辺鄙な盆地で終わることが無いようお祈りし、あいさつと代えさせていただきます。オスタルト皇国国防軍第3普通隊一等少尉、ヴィーラント」
決して高いとは言えない階級の男は最後まで侮蔑の瞳を変えずに壇上に用意された席へ戻った。
「むなしいね、もうガウコの国旗だって失われたのに」
「この血だけで十分よ」
長かった始業式から解放されればいつもの穏やかな時間が流れる、はずだった。
「てめぇ、なんで科学省に研究のことバラしたんだ!!!おかげで親父は死んだ!!死んだんだよ!!!」
上級生だろうか。やや背の高い男子士官候補生が二人の候補生に罵声、というよりも嘆きを浴びせていた。