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永遠の片恋04











 結局、アレスとスタンの私闘について下された罰は、数日の奉仕活動と僅かな減俸。

 派手にやり合った割には軽い罰ですんで、ホッと胸を撫で下ろしたスタンは、しかし、アレス関連だから超法規的な力が働いたのではないかという疑いを持った。


 アレスの出生に纏わる事実。

 ディアーナが悲痛な覚悟で言ったのだ、嘘ではないのだろう。


 では、すべて<真実>なのだ。


 アレスが辺境伯の庶子であることも……。

 ディアーナの異母弟であることも……。


 彼らがあの夜、身体を重ねていたことも……。


 思い出す度、奥歯を噛み締めてのたうち回ることを繰り返しながら、奉仕活動を終えた日。

 スタンは逸る足でアレスを探した。

 そしてやっと、夕闇迫るあの四阿で柱にもたれて座り込んでいた彼を見つける。

 足音に気付いてこちらを見たアレスは、近寄ってくるスタンを見つけ嫌そうに顔を歪めた。


「悪いけどもう絶対相手しないから」


 だからあっちへいけというアレスを無視して話しかける。


「アレス、お前はディアーナのことをどう思ってるんだ」


 顔を背けていたアレスはピクッと肩を揺らせて、こちらを振り向く。その顔は有り得ないくらい驚いていた。

 ぽかんと口を開けていたアレスはやがて、さも当然の事のように言った。


「そんなの、好きに決まってるだろ」

「ディアーナがか?」

「なんで……別の女が好きでディアーナ抱かなきゃいけない訳?」


 判りきったことを聞くなといわんばかりの返答で馬鹿にされても、スタンにそんなことを構っている余裕はなかった。

 焦ったまま考えるより早く言葉が声になる。


「それが、罪だとしてもか?」

「……罪?」


 何が言いたい? 見上げてくる表情が変わった。しかし、何かを予感して纏う雰囲気を変化させたアレスにスタンは気付かない。


 スタンはアレスの真実が知りたかった。


 ディアーナがあれ程想うに値するものをアレスがディアーナに持っているかどうか……もし中途半端な気持ちなら、ディアーナがどう思っていようと認めるわけにはいかない。


 たとえ想いが届かないのだとしても、黙ってこの男にディアーナを渡せない。

 不幸のただ中に、愛しい人を取り残していくなんて出来ない。


 焦る気持ちが予期しない言葉を吐かせた。



「お前は、彼女と愛し合うことが罪だと思わないのか?」



 言った後も、自分がどんな失態を犯したのか、スタンは気付かなかった。

 ただアレスにだけ、明確な変化がある。

 酷く俊敏な動作で立ち上がったアレスは、その勢いのまま渾身の力でスタンを引き倒し、馬乗りになって石床に押さえ付けた。


「…っ」


 痛みを訴えて顔を歪めても、押さえ付けてくるアレスの腕から力が抜けることはない。

 顔をしかめながら開いた視界。

 飛び込んできたのは、見たこともない程焦ったアレスの姿だった。


「……それ、誰に聞いた?」


 聞くアレスの背後にゆらりと立ち登った、陽炎。

 露になっている肌を突き刺すような殺気がアレスから放たれていた。


「誰に聞いた!?」


 怒鳴り声がビリビリとスタンの身体を震わせる。音と殺気、形なきものの衝撃が身体を傷つけるのではないかと思う程激しいものが放たれ、スタンは本当に言葉を失った。


 こんなに必死になっているアレスを、スタンは初めて見た。


 普段飄々としている男は、生命のやり取りの最中ですら何処か冷めたように刃を振り回し、感情が垣間見えるのは自分に満足して唇に冷笑を刻む時だけ……そんな男が、感情を露に焦っている。


 それはディアーナのため……か?


 押さえ付けられ様々に想像を巡らすスタンは、肝心な事実を見過ごしたまま呆然とアレスを見ていた。


「誰に聞いたか知らないけど、それをディアーナの耳に入れたら殺す」


 答えないスタンを睨み、トーンと落としても殺気だけはたっぷりと籠った声で呟く。


「あいつは律義で真面目だから、本当のことを知ったら絶対に悩む。あんなにオレを好きなのに、馬鹿みたいな理由で諦めようとする。そんなこと、オレは絶対に許さない」


 やがてスタンはやっと、アレスが綴る一番重要な事実に気付いた。


「……アレス、お前……も、知って」


 それはアレスの必死な姿を見た以上の衝撃だった。


 互いが互いに隠し通そうとする絶対の秘密を、しかしもうディアーナもアレスも知っているのだ。


 ただ、相手が知らないと思っているだけで……。


 だから、自分が隠してさえいればいいと?

 真実を胸の内に納めて、自分だけが罪を背負っていくというのか?

 ……相手のために?


 心の声にアレスは的確に答えてきた。


「オレはね、でもディアーナは知らない。……姉弟きょうだいらしいところなんて一つもないんだからこのまま黙ってれば絶対にばれない」


 隠し通すと胸を張って、すべてを自分が背負うとアレスは宣言する。




 ………だけど、隠したとて、事実はそこにあるのだ、絶対に!!




「そんなのっ、間違ってる。姉弟で……汚らわしい!!」




 言い放った瞬間、ガツンとスタンが押しつけられている床が抉れた。目にもとまらぬ早さで抜かれたアレスの剣がスタンの頬すれすれの位置に突き立てられている。

 白刃が太陽の光を反射してスタンの頬を明るく照らす。


「……何も知らないくせにっ」


 今度声に宿っていたのは憤怒。

 スタンの言葉にアレスは本気で憤っていた。


 突き立てられた剣を握る手は怒りによってブルブルと震えて、睨んでくる琥珀の瞳は、怒りと焦りを揺らめかせながら、それ以上に愛おしい人をただ想って……切実な願いを乗せた声が綴った。


「いいかっ、ディアーナにそんなことは絶対言うなっ。オレはどんなに罵られたって平気だっ、他人の目なんかどうでもいい。でもディアーナは違うだろ!! オレには何を言ってもいい!! けど……ディアーナにだけはそんなこと言うなっ、ディアーナだけは絶対に傷つけるな!!」


 深く重く響かせたアレスは紅蓮の炎のような殺気を放って剣を引き抜く。

 そしてスタンを解放し、呆然と横たわる彼に背を向けた。




「………オレは、ディアーナのためなら、全部を壊したっていいんだ」




 捨て科白に被る靴音。

 去っていく気配を感じながら呆然としていたスタンはやがて唇を噛み、握った拳で石の床を殴り付けた。

 何度も何度もそれを繰り返す、皮膚が破れて血が滲むまで………。


 酷い敗北感だった。



 彼は彼なりに精一杯ディアーナを愛しているのだ。



 ディアーナの告白を聞いたとき以上に、苦しかった。

 二人が守りたい絶対の秘密は、その重大性故に絶対の絆。


 しかし、真実の存在をすべてから隠せば、残った事実が真実となり得るのか?


 ディアーナとアレスが異母姉弟である事実を知るものがすべてこの世から消え、知っている本人達が隠し通せば、彼らは他人となれるのか?


 ……否、そんなことはない。

 真実はたとえ知る人がいなくなろうと、真実としてそこにある。


 二人の間にある血の絆は何をもってしても消せない。

 彼らが他人になることは出来ない。

 だから、それはやはり罪なのだ。



 それでも……想いが無くせない。



 無くせないからせめて、罪を背負うのは自分だけに。

 決して愛しい人が苦しまないように……。



 祈り願い、互いを想う気持ちの大きさに負けた。

 それ程強固につながれている人達の間にどうやって割って入る?


 叶わない、絶対に叶わない。

 この想いは届かない。



 だが、これだけ負けを突き付けられながらも諦められないのが……また、悔しかった。














読んで頂きありがとうございました。


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