永遠の片恋01
『永遠の片恋』
スタンがそれを見たのは、まったくの偶然だった。
雲間の月が美しく照らす深夜の庭園を、王宮騎士のスタンは特に目的もないまま歩いていた。
任務中ではない、単に趣味の散歩しているだけ。一応騎士として帯剣はしているが、のんびりと迷路のようにあちこちに伸びる小道を気の向くままぶらぶらしていた。
今夜は満月。
訪れる人々の目を楽しませるために金も人手も掛けて整えられた王宮の庭園は、日中陽光に照らされる様も確かに美しいが、今夜のように月光に淡く浮かび上がる様も、負けず劣らず美しい。闇と影の境界を朧に、すべてが曖昧な景色は現実のものではないようだった。
スタンははっきりと明と暗を分けた日中の庭園よりも、こんな夜の雰囲気の方が好きだ。だから、それを独り占めできる非番の夜の散歩は、王宮騎士になって良かったとしみじみ感じられる憩いの時間。
彼は今夜も一人、深夜の徘徊を目一杯楽しんでいた。
しかし……癖で気配と足音を殺しながら勝手知ったる小道を辿っていたスタンは、闇の中、微かな人の気配を感じて足を止める。
……誰かいる。こんな時間に?
自分の徘徊癖は棚に上げ顔をしかめた彼は、無意識に剣の柄に手を掛けた。
神経を研ぎ澄まして周囲を窺うと、近くにある庭園を観賞するために作られた石造りの四阿に人がいるのが判った。
気配を殺してそっと近寄れば、はっきり聞こえる潜めた吐息と衣擦れの音。月光に浮かび上がる重なったシルエットを見れば何をしているか一目瞭然だった。
逢引中の男女だ。
確かに深夜だが、貴人の住まう宮殿の庭園でことに及ぶとはなんと破廉恥な。どうせ下級兵士やメイドの類いだろうが、嘆かわしい……と、眉をつり上げたスタンは、邪魔をするつもりで絡み合う影のもとへ無遠慮に歩み寄った。
しかし、いざ近寄ってみて、シルエットしか判らなかった二人のうち、片方が自分の同僚だと気付く。
石造りの長椅子に横たわる相手に覆い被さって揺れる、見事な金髪に見覚えがあった。
……アレス!!
判った瞬間、つい漏れた殺気に気付いたのだろう。男は慌てて顔を上げ周囲を見回した。
闇の中、向こうも生け垣越しに立つスタンを見つけて驚いたのが判る。普段は余り感情を表さない瞳が、珍しく見開かれていた。
しかし、それさえもスタンには癇に触る。
名誉ある王宮騎士ともあろうものが守護すべき場所で。
しかも屋外で、女と睦み合うとは……どういう神経をしている!!
怒りに眉をつり上げただけでなく、拳も震えた。
相手共々怒鳴りつけてやる、決めて息を吸い込んだ途端。
「ん……、アレス……?」
組み敷かれている相手が息も絶え絶えな声を出した。
その声に驚かされたのはスタンの方だ。
聞き覚えのある、声だった。
息を吸い込んだ形のまま固まったスタンの前で、アレスが視線を下方に落とし囁く。
「なに?」
「誰か……いる……」
まさか……?
「気のせい」
「うそ……、気付かれ……」
その声、確かに聞き覚えがある。
「大丈夫、誰もいない」
「だめ……、あっ……」
しかし、スタンが知っているものとまるで違う声音。
……舌足らずな甘え媚びるような色を含んだ、潜めた声。
「大丈夫、心配ないよ、……ディアーナ」
…………ディアーナ?
アレスは優しく己の下の人に語りかけて、チラリとスタンに視線を流した。
呆然としているスタンの視線とアレスの挑むような視線がぶつかる。途端正気に返ったスタンは咄嗟に己の唇を両手で覆って、叫びそうになるのを必死で堪えた。
ディアーナだと!?
今アレスが口にした名を心の中で問い返す。
そこにいるのがディアーナ?
アレスの下で喘いでいるのが?
信じられない!!
問うスタンに答えるように、アレスは自分の下で喘いでいる人の解けた長い髪を掬い上げ月明りに晒す。月光を捕えたような柔らかな銀色の髪が、指の隙間を零れ、月の光でサラサラ揺れ光る。
……確かに彼女の髪も、それは美しい銀の髪だ。
アレスはスタンに見せつけるように掴んだ髪に口付け、上目遣いにそちらを窺いながら、潜めた吐息で更に追い討ちを掛ける。
「ねぇディアーナ、声我慢しなくていいってば。いつもみたいに、聞かせてよ……」
「あぁ……はぁっ…」
普段の彼からは想像出来ない優しげな口調に誘われるように響く、抑え切れない喘ぎ。
理性をすべてはぎ取るような甘い囀りがアレスの唇を歪ませた。
応えてくれた愛らしい唇に何度も何度も口付けを落とす。
その度、また零れる淫らな声。
しんと静まり返った夜の闇を震わせる微かな声がスタンの身体までも震わせた。
驚愕に震えるしかないスタンの前で、白い手がアレスの肩に回される。抱き寄せる指に力が籠る様など見える訳がないのに、何故かリアルに想像出来て……蒼白になったスタンは耐えられずにその場を走り去った。
遠慮しない靴音が快楽でぼんやりしている人にも届く。
「待て、やはり……誰か……」
「誰もいないよ」
落ちてきた口付けが反論もすべて飲み込んで、闇はまた二人だけのものに戻った。
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