吾輩は弟である。姉には逆らえない生き物である。
魔道具師は、孤独だ。
才能の差、環境の差、時代の差、知名度の差……孤独と共にいろんな格差の中で戦っている。
さらに、魔道具師とそれ以外の人間ではもっと決定的な違いがある。
『爆破されても文句を言うな、巻き込んだところで知ったことか。開けるなと書かれた扉を無視すれば、オマエは全魔道具師の敵だ』
魔道具師の部屋へ勝手に踏み入れば、何されても文句は言えないという格言である。
魔道具師には、自分の工房を守る防衛力が必要だ。
爆弾を投げるのはちょっと頭おかしいと思うけど、ルール違反した自分には何も言えない。
「姉さん、ちょっと威力強過ぎない?」
僕の前には、我が家のクソ女神様がいらっしゃる。
リバーシ家の銀髪を長く伸ばし、何物にも染まらない真っ黒な瞳で僕を見据えていた。
「爆薬入れ過ぎたわ」
勝手に扉を開けたのは僕だ。
だから気にしない。
「良いわね、このアフロメーカー。髪型で目立つし、痴漢対策で女の子達に売れるわ。次は犯罪者予備軍に投げようかしら。アンタ頑丈過ぎるから、実験動物にならないのよ」
アフロメーカーは、小型爆弾の名前だ。
姉に頼まれ、名前は僕が付けた。
僕の思い付きを、クロエが悪ふざけで作り上げてしまった。なんか商品として発売するみたいな話になっているらしい。
使い方はとても簡単だ。
スイッチを押し、殴りたい相手の頭部に投げると、髪を脱水してアフロにさせる。
チリチリにできるので、目立ちたい方はぜひ店頭でお買い求め下さい。増毛効果もあるとかないとか。
「さすが姉さん、僕の事よくわかってるね。でも惜しい」
大体の事は、流せば何とかなると思っている。
自慢の肉体が褒められていると考えれば、腹も立たない。
けれど、僕には言わなければならないことがある。
「なに?」
姉の鋭い眼光が、僕を射抜く。
当然の事を言うだけだ。
気後れする必要は全くない。
姉さんは、話せば分かってくれる人だ。
「イエスロリータ、ノータッチ。紳士は、ただ見守るだけなんだよ」
姉さんは驚いていた。
「そうね、間違っていたわ。犯罪率も下がっているみたいだ死ね」
いつもの傍若無人さで忘れてしまうが、クロエは十五才の女の子でもある。
狙われる事だってあるかもしれないのに、それでも理解して訂正できるのは凄い。
語尾が変だったけど、たぶん気のせいだ。
「触ってきたら、蹴り潰してもいいのかしら?」
どこを? と聞くのは野暮なので聞かない。
「もちろんオッケー。ストーカーにも爆弾投げて大丈夫。その程度の覚悟はあるはずだからね。片方くらい無くなっても、そんなに変わらないよ」
僕も、どことは言わなかった。
同情の余地はない。
「アンタ同じ男なのに……」
クロエ姉さんの顔が若干青ざめていた。
どうしたんだろう?
僕、何か変な事を言ったか?
「片腕の複雑骨折で手を打ちましょうか」
「どうせなら利き腕にしたら?」
「いいわね、それ採用」
この程度で満足して大丈夫か?
まぁ、クロエ姉さんがいいなら別に良いけど。
「そんな事より前に話した件、考えてくれた? どっちの腎臓貰える?」
そんな事で済まないけど、僕の身が危ないので一旦放置だ。
「どっちもイヤかな。食べ物我慢したくないし」
「じゃあ、肝臓ちょっとだけ頂戴」
「ダメ。ご飯たくさん食べられない」
「……心臓は? 片方だけでいいから」
「片方だけなら……いや、二つもないじゃん。姉さん、僕に死ねと?」
気付いたか、と姉は舌打ちしながら目を逸らした。
僕のこと、どれだけバカだと思ってるんだ?
他は少し無くなっても大きな問題にならない。
再生したり、残った片方が本気を出せば、問題なく生きられる。
しかし、心臓は一つしかない。
無くなれば、もちろん天国か地獄行きだ。
本当に危なかった。
知っていなければ、言質は取ったと言って本当に解剖されてしまう。
拝啓、前世の僕へ。
君のお陰で、僕は今日も無事に生きています。
(相変わらずヤベェ姉だなぁ。アンタ解剖させて、なんて冗談でも言わないよね)
以上、『実録、家族内臓器売買に迫る!』でした。
姉さんは僕に背を向け、自身の机に戻っている。
「姉が変人だと、僕困ります」
この魔道具バカには、本当に手を焼かされる。
あ〜あ、包容力豊かな優しいお姉様によしよしされたかった。
転生の女神様、姉だけチェンジしてくれません?
「アンタにしては素敵な褒め言葉ね」
クロエは鼻歌を始めていた。
褒めたつもりは全く無いのに、姉は嬉しいらしい。
僕から訂正するのも面倒だ。
姉さんは、ぐちゃぐちゃの金属をこね回している。
魔力で腕力を上げているのか、金属の流動性を高めているのか分からないけど、やっぱり魔力って便利だなぁと目の前を見て思う。
僕は強引に捻じ曲げるか、金属を焼きながら変形させるくらいしかできない。
「それで何の用? 話せる内に言いなさい。それとも今度は、脳髄まで焼いてみる?」
クロエお嬢様は振り返り、爆弾を両手に握って素敵過ぎる笑顔で仰いました。
一々怖いのは、姉なりの茶目っ気だと思いたい。
僕は、紙にまとめた内容を姉に見せた。
「ミミックについて教えて」
リバーシ家書庫にある文献の内容が書いてある。
クロエ姉さんの目が文字を追っていた。
「仮にミミックの素材で魔道具を作ればどうなるか。どんな効果が期待できるか、どんなものが作れるか、とにかく姉さんが考えられる全部を教えて」
激レアミミックの素材を入手したこと、その素材でとんでもない魔道具を作ろうとしていること、既に異次元ポケットを作ったことは言わない。
裏ボスの存在は、隠してこそ真価を発揮する。
「ふ~ん、面白そうね。いいわ、息抜き兼ねて考えといてあげる」
ニヤリ、とクロエは笑った。
悪魔のような笑顔だ。
「その代わり、」
この顔は良くない。
ロクでもない事に巻き込まれてしまう。
「アフロメーカーの試験するから、アンタちょっと手伝いなさい」
よくわからないが、絶対イヤだ。
姉の笑顔は、だいたい悪いことへの前兆だったりする。
(さて、どうするか)
悩むまでもない。
断ろう。
口を開こうとすると、僕の耳にクロエが近付いた。
小さな声で話し出す。
「魔獣除けの調子が今朝からおかしいのよ。誰かが私の部屋に侵入して盗んだのかしら。失礼よね? 乙女の部屋に勝手に入るなんて」
ハッハー! 誰だよその命知らず。
ソイツ最高にイカれてるじゃねぇか、この性悪な姉御に喧嘩を挑むなんて。
…………バレちゃったかー。
(理屈が通用しないって、なんで忘れてたかなぁ)
背中に冷たい汗が流れた。
「ねぇオセロ、何か知らない?」
「大馬鹿野郎ですか? さ、さささぁ? どどどうでしょうねぇ? 今頃何処かで幸せに暮らしてるんじゃないですか〜? そっとしておきましょうぜ? クロエ姉さん。たぶんいやきっと、絶対に根は良い奴なんですって」
いつもより饒舌だった。
「そうねー、きっと平穏無事に過ごせるわよね。もちろん、見つからなければ」
姉の笑顔が怖過ぎる。
抜け出そうな魂を慌てて引き戻し、我に帰る。
「賢い弟君なら、お姉ちゃんの優しいお願い聞いてくれるわよね?」
僕は素直に頷くしかなかった。
ブンブン、首を縦に振り続ける。
「返事は?」
「はい! ヨッ、お姉様マジ最高! 女神も天使も、その美貌には敵わない!」
よしよし良い子、と頭を撫でられた。
我が姉ながらホントいい性格してるよ、この人。
魔道具の最終調整として、姉は公開試験を選んだ。
既に関係者へ手紙も送っている。
彼等が逃げ……間違えた。
関係者の皆様が参加できなかった時の保険として、アルバイト募集の広告も出している。
行動が早くて感心する。
僕は、公開試験の内容がまとめられた紙を見た。
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試験名:クロエのお宝探し&在庫処分一掃セール! 刺激的な失敗作満載! 気に入ったものは、格安でお譲りします! アフロもあるよ?(仮)
主催者名:クロエ・リバーシ(私)
協力者名:オセロ・リバーシ(弟)
商品名:優勝者限定。クロエ・リバーシのオーダーメイド魔道具依頼権(優先予約権を含む。魔道具の材料費、製作費は別途請求)
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僕の名札まで用意されている。
クロエ・リバーシ専属補佐官という肩書きだ。
イラッときたので、ゴミ箱に捨てておいた。
バレて、またアフロメーカーをぶつけられた。
自慢のキューティクルが台無しだ。
準備は、ほとんど姉さんが一人で進めたらしい。
僕は、空の宝箱に雑多な魔道具を入れる作業だったけど中々の重労働だった。
この宝箱をどこで手に入れたか聞くと、ゴミ処理場から格安で買い取ったらしい。
(僕は何も知りません)
アフロメーカーの不具合を確かめながら、ミミックの抜け殻に入れていく。
不良品が見つかると姉に持って行き、直させて空箱に入れる。
間違って起爆することもあったが、なんとか無事に全てのアフロメーカーを入れ終わった。
残った空箱には、姉が作った魔道具の失敗作を投入していく。
(なんだこれ?)
手に取った魔道具の説明文を目で追った。
オナカスイータ。
効果は、ぐぅ〜〜〜とお腹が鳴る。
有効範囲は半径百メートル。
使用者を中心にして展開する。
人が多いほど大音量で聞こえ、どれだけ満腹でも鳴り止まない。
『恥ずかしいのはいつか慣れる。金欠装って、友達に飯を奢らせよう』
「なんて迷惑なものを……」
『思い付いたら、とりあえず作る。使い道は後から考えればいいのよ。楽しいわよ? 頭のネジを付けたり外したりするの』
前に姉が笑顔で言っていたけど、これは作る前にもう少し考えろよ。
(まぁ、ちょっと分からんでもないが)
単純作業ばかりだと時間が簡単に溶けていく。
そんなこんなで全ての準備を完了させ、公開実験の日を迎えた。




