逃げ道なきプロポーズは、ただの脅迫です。
ダンジョン最下層、ラスボス部屋前に到着した。
大きな扉の先で強者の存在を感じるが、魔力はほとんど感じない。
これは、いよいよ会えるかもしれない。
一階層に居たゴブリン以降、ほとんどの魔獣がミミックだった。
もしかしたらラスボスも……。
扉を開けると、何も無い大きな部屋に小さな宝箱がぽつんと置かれていた。
その中から洗練された魔力を感じる。
(見つけた!)
ミミックスレイヤーとしての第六感が、最強のミミックさんと判断した。
この機を逃せば、二度と出会えない。
(僕も準備しないといけないな)
開けた扉を閉めた。
今回の相手は格が違う。
嫌われてしまえば、取り返しがつかない。
一度外に出て、準備をしてから攻略を再開する。
下着姿はまだ早い、TPOは大事だ。
着替えの為に超特急で来た道を引き返す。
魔獣も衛兵も吹っ飛ばし、服を回収して家に戻った。
毎回用意しては捨ててきた花束も、やっと役に立つ時が来た。
全ての準備を終え、ラスボス部屋前に戻ってきた。
(お待たせしてすみません)
時間は夜明け前だ。
姉でなくても、寝起きドッキリで爆弾くらい投げられてもおかしくない。
しかし、許してほしい。
汗だくで、彼女と会いたくは無かった。
これで身綺麗なまま、彼女に挨拶できる。
そう言えば衛兵が騒いでいたが、今は無視だ。
相手は待ってくれない。
彼女がどんな相手を好むのか分からない以上、僕以外の誰かを選ぶことだってあるかもしれない
「一番は僕だ!」
先手必勝、僕達の邪魔は誰にもさせない。
発見されて一日足らず、ダンジョン階層は十以上だ。
簡単に踏破できないけど、例外はどこにでもある。
僕にできるから、他の誰かもできるかもしれない。
さっきも五階層で冒険者パーティーを見つけた。
邪魔されないよう、念の為に気絶させている。
背後から襲い、全員を静かに眠らせた。
奴らは、僕達の仲を引き裂きかねない。
姉からパチってきた魔獣除けも設置済み。
全滅させたけど、何があるか分からないのがダンジョンだ。
彼等が怪我しても、僕は何もしたくない。
終わるまで、大人しくしていてほしい。
(覚悟は良いか、オセロ・リバーシ)
胸に手を当て、深呼吸で息を整える。
(伝える事は短めに、そして誠実に向き合おう。下手に捻って格好付けても、ただ無様になるだけ)
最後に大きく息を吐いて気を引き締め、ドアをノックした。
どうぞと言う声は聞こえなかったが、基本シャイな方が多いので、扉を開けて構わず入室する。
もちろん、お辞儀も忘れない。
超高層ビル十棟分以上は建つ広い場所だった。
最初の出会いで放心して気づけなかったが、周りには何もない。
「失礼します! オセロ・リバーシです!」
大きな声で挨拶した。
扉を静かに閉め、落ち着けと自分に言い着かせる。
「本日はよろしくお願いします。こちらは心ばかりの物です。お納めください」
ゴブリンの肉塊を目の前に置く。
どんな高級品も、嫌いなものだったら意味がない。
であれば、地元の食材を用意した方が無難だ。
地産地消で環境にも優しい。
運ぶ手間も少ない。
僕にとっても良い事尽くめだ。
片膝を付き、花束を彼女に差し出した。
「必ず幸せにします! 一生一緒に居てください!」
目を閉じて待っていても、返事がない。
不思議に思って、目を開ける。
ミミックさんは沈黙を保ったまま、動かない。
しかし、僕の目には見えている。
どれだけ隠そうとしても、この目は全てを見通す。
箱の中で魔力が膨張と収縮を繰り返している。
箱を開けた瞬間、喰らいつかれそうだった。
(普通の告白じゃ足りないんですね)
緊張感で身体が震えつつも、花束を床にそっと置いて一歩前に出た。
「では、中身もぜひご覧ください」
ゴブリンを天井へ蹴り飛ばした。
出来立て粗挽き肉が、ミミックさんに落ちていく。
大きな口が、ゴブリンを一呑みした。
バッキバッキ、とミミックさんの牙がゴブリンの骨を破壊していく。
「お気に召しましたか?」
僕は食事の邪魔をしないよう、横に移動した。
食べられそうだったけど、彼女の胸に飛び込むのはまだ早い。
(想像以上)
彼女は、とんでもない魔道具になるかもしれない。
(偽装や収納はもちろんだけど、時空間まで操れるのか)
空中に突然現れた大きな口。
自身を別空間に実体として投影させ、仮想の口を動かしながら自身へと違和感なく繋げている。
間違いなく時空間操作的なやつだ。
世界的に見ても有数、魔道具でも魔獣でも素質が無ければ発現しない。
しかし過程はどうでもいい。
時間を固定すれば、食べ物は腐る事なく保管できる上、出来たて熱々冷え冷えでいつでもどこでも食べられる。
空間同士を繋げれば、武器も質量無視して無限に収納できるし、自動の整理整頓機能、遠くへ転送する事だってできるかもしれない。
「ぜひ僕と……!?」
次の瞬間、僕は彼女に喰われていた。
彼女は、通常のミミックとは比較にならない。
舌は長くて速く、牙は大きく太く、怪しく美しい口はまとわりいて離す気がないさそうだ。
ラブコールが過ぎないか?
「そんな、僕達まだ出会ったばかりですよ。いや僕としてはとても嬉しいんですけど、こんなに熱く求められるなんて思ってなかったから。心の準備がまだ……」
ミミックさんの牙が僕の皮膚を貫く。
「ちょっと!?」
わけもなく、牙は簡単に折れてしまった。
「SとMの関係は流石に早すぎますよ! 趣味は基本全肯定ですけど、お互いの事をもっとよく知ってから……」
オセロ・リバーシ一世一代の告白は、責めと受けへの理解から始まった。
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ラスボスミミックにとって、オセロ・リバーシは意味不明な存在だった。
全ての攻撃がまるで効かない。
オセロは責め受け言っているが、このミミックには喰う喰われるの関係の方が大事だ。
次が繁殖活動、順序は決して逆転しない。
ミミックの目には、世界が弱肉強食に映るだけだ。
彼女は方針を変えた。
自ら牙を折り、新しく生やした大牙で噛み殺す。
しかし、オセロには全く効かない。
「今のは再生したんですか? 牙を全部生まれ変わらせるなんて凄いですね。それにちょっと強度も増したような? まさかとは思いますが、自分自身を強化できるんですか!?」
目の前の人間は、口元をニヤリと歪めて自分の方を見ている。
「これはもう、永遠に一緒ですね」
感じた事のない異常な危機感だった。
ミミックの女王は、少年を吐き出して距離を取る。
彼女の強さは、才能だけで終わらなかった。
生まれて間もない頃は、冒険者に蓋を開けられても宝箱のフリをしていた。
宝を見つけられなかった腹いせに蹴られても、冒険者が見えなくなるまで我慢した。
強者の目に触れぬよう細心の注意を払い、慎重に慎重を重ねて頂点にまで昇り詰めたのだ。
ラスボスになった今、心配するものは何もないはずだった。
生まれた頃の忌まわしい記憶が蘇った。
過去、ミミックの女王は無謀にも強者へ挑んで倒され、気紛れで見逃されている。
『次に会う時は、素敵な淑女に成長してると嬉しいな』
もしかしたら、あの時以上の相手かもしれない。
トラウマの誰かは、確か小さな人の雄性体だった。
まさか、そんな偶然あるわけない。
このダンジョンができたのは最近だ。
出来たばかりのダンジョンに偶然呼ばれ、ラスボスとして雇われたのだ。
怖気で外殻の箱が震え始める。
舌から水分が失われていくのが分かった。
ミミックは、さらに距離を取った。
時空を歪め、内部に溜めていた武器を飛ばす。
無数の剣や槍、盾を至る所から出現させる。
魔剣や強力な魔道具も入っていた。
飛ばして避けられてもワームホールを作って一度消し、今度は別の場所から攻める。
上下左右全てを使い、人間が弱い斜めの軌道や見えない地中からの攻撃も織り交ぜる。
「お出迎えありがとうございます!」
しかし、一切当たらない。
少しの動きで避けられるか、無慈悲に落とされる。
魔力は一切感じない、何の力も持たないはずの少年は笑みすら浮かべている。
このままではジリ貧だ。
確実に負ける。
オセロは呼吸さえ乱れず、涼しい顔で待っていた。
それに比べ、女王の打てる手は残り一つだった。
自身を偽装して不意打ちする。
時空間操作で虚空から喰らい尽くす。
牙を折って再生し、強化した大牙で噛み砕く。
収納していた武器を飛ばして刺し貫く。
目の前の相手には全て通じなかった。
最後の一手が通じなければ、そんな予感がミミックさんを一層不安にさせた。
「さぁ、夜は長いです。もっと踊りましょう?」
少年は満面の笑顔で、只の魔獣でしかなかった自分に手を広げている。
恐怖なんて生易しいものではない、絶望なんて言葉でも足りない、早く終わらせて楽になりたい、さっさと諦めてくれ、そんな邪悪な笑顔で見ないでくれ。
今すぐ逃げ去りたい気持ちを叩き潰し、破壊された武器と自身の内に残されている武器を大きな一つの剣に錬成して表出させる。
銘は無い。
地を払い、海を凪ぎ、空を落とす為、ミミックの女王が考え生み出した極大剣だ。
この剣は、ダンジョン産の魔獣による人間達への侵攻、スタンピード計画に本来使用するものだった。
しかし、もう出し惜しみをしている場合ではない。
人間を滅ぼす前に、自分の方が滅ぼされてしまう。
大丈夫、これで奴は居なくなる。
その確信が、少年の笑顔で簡単に揺らいだ。
一瞬だって耐え切れなかった。
無銘の剣を大きく振りかぶる。
「必殺技、と言うやつですね」
消えろ!
剛剣が風を切って迫る中、それでも彼からは恐怖を少しも感じない。
どころか、笑みを浮かべる程の高揚感すら感じるのだ。
小さな挑戦者は拳を握り、後ろへ腕を引いた。
「素晴らしいプレゼントをありがとう! お返し、ぜひ受け取って下さい!」
二つの武器が衝突した。
ダンジョン全体が揺らぐ。
外に居た衛兵が、急いで冒険者ギルドに応援要請を出す程だった。
土煙が晴れ、互いの姿が映る。
「お疲れ様でした」
最後に立っていたのは少年だけだった。
武器は全て崩れ去り、残骸が散らばっている。
ミミックの女王は口を閉じていた。
抵抗する気力はない。
威嚇もできず、ただ黙って床に沈んでいる。
巨大な舌は千切れ、牙も根元から砕かれ、消化液は撒き散らされた。
魔獣の命足る魔核は少年の手に握られている。
ああ、やっと楽になれた。
「久しぶりのデート、楽しかったです!」
魔獣は丸裸にされた後、過去の恐怖を完全に思い出した。
目の前の脅威に耐えられず、人を拒絶する。
「いつかまた遊びましょう!」
オセロは楽しそうに笑い、手を振っていた。




