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03とれたて新鮮! 冒険者の踊り喰いやってまーす!

 それは、ミミックと呼ばれる魔獣だった。


 別名、人喰い箱。

 ダンジョンの中で宝箱に擬態するモンスターだ。

 ゲームでお馴染み、極めて高度な擬態能力の他、内部を亜空間にして本体を隠す習性を持つ。


 獰猛な性格と尽きない食欲、鋭い牙に真っ赤な舌は、多くの冒険者にとって恐怖の象徴だ。

 僕もたくさん飲み込まれた。


 ミミックの第一人者は、後にこう残している。

『宝箱は全てミミックと思え。欲に目が眩んで手を伸ばせば、それはミミックに化けて全てを呑み込む』


 冒険者の間では有名な教訓だ。

 ミミックは、それくらい宝箱と見分ける事が難しい。

 彼等彼女等は、宝箱の中に巣食っている。

 空であればそのまま利用し、中身が入っていれば外に捨てるか利用するか食べてしまうのだ。


 熟練の冒険者でさえ、油断すれば美味しく頂かれる。

 一度襲われた者の生還率は極めて低く、逃げられたとしても怪我で冒険者人生は終了だ。


 ミミックの専門家に話を聞いたところ、宝箱と見分けるコツは勘らしい。

 どないせえっちゅうねん!


 僕の目的は、お宝でなくミミックの能力だ。

 箱の中に隠れているミミックの本体が欲しい。

 そして、僕専用の魔道具を作るのだ。

 魔力ゼロを偽装して平凡に見せかけ、武器を収納しながら身軽に動く。

 想像するだけで、今からよだれが止まらない。


 ミミック本体の魔力は、人の魔力感知に反応しないほど高度なものだ。

 ギルド発行の調査書にも、ミミックを魔力で見分けた事例はない。


 もしミミックを持ち歩けるなら、ミミックに収納した魔道具の魔力も反応しないだろう。


 市販のマジックバッグで代用する事も考えた。

 しかし容量が少ない上、中に魔道具が入っていれば魔力の痕跡を残してしまう。

 僕のポケットマネーで買えるが、めちゃくちゃ高い。

 正直、買う気が失せた。


 リバーシ家の教育方針は『自分の物は自分で買え』だ。


 必要なものは買って貰えるが、欲しいものはほとんど買ってもらえない。

 姉妹には優しいのかと思えば、全くそんな事も無い。

 妹の『買って買って!』大車輪に対し、パパ上は仁王立ちして見つめ続け、ママ上は拍手するだけだった。


 従魔契約も結べない。


 魔力による繋がりは、両者の魔力あってこそ。

 ミミックは問題ないが、僕に魔力は無い。


 魔力無しで主従関係を持つ事も考えた。

 魔獣に対しては、魔力を経由した攻撃が最も効果的だが、魔力を使わなくても多少は効く。

 物理で説得すれば、たぶん何とかなるだろう。


 しかし、これも避けたい。

 ミミックに裏切られると、武器も全て奪われる。

 恐怖による支配では、いつか限界が来るのだ。


 仮に主従契約を結べても、食の好みが分からない。

 ミミック自体も大きくて重い。

 僕は余裕で運べるが、狭い場所を通り抜ける事は難しいだろう。


 時間もお金も場所も掛かる。


 動物は、僕が見て癒されて可愛がりたいだけなのだ。

 休日にペットショップへ行って、窓ガラス越しに遊んでいる姿を見かけるくらいでちょうどいい。

 愛着が湧けば、たぶんペット以外どうでもよくなる。


 ミミックの帝国を作って、人間の踊り喰いを鑑賞する日がくるかもしれない。

 だから僕はミミックを従魔にできない。

 世界平和は一応気に掛けている。


 ごめん、僕は君達と一緒には居られないんだ。


「やっぱり魔道具にするしかないよね~」


 魔道具の作り方は様々だ。


 魔力持ちの愛用品から生まれた、冒険者がダンジョンから持ち帰った、魔力持ちの人間が死に際に魔道具化した、魔道具師が仕事として作成した。

 経緯も歴史もバラバラ、と母のお節介授業で鼓膜が破れそうなほど繰り返し聞かされている。

 魔道具の作り方は、母から姉と一緒に教わった。


 母や姉ほどの才能は無いが、ミミックに関しては技術も知識も蓄えてきた。


 転生前の知識も、この世界にはない発想(アイデア)として使えるはずだ。

 普段から転生前の経験を書き出し、指先の繊細な動きも日々鍛えている。

 ミミック関係は、魔道具師で有名な母にも天才の卵な姉にも負けられない。


 自分で使う魔道具は自分で作って自分で使いたい。

 現場で壊れた時に自分で直せなければ、いざという時に困る。


 二つ目の魔力測定器が見つかる可能性もある。


 唯一見つかっている宝具は国家保有品、気軽に持ち出せる人は滅多に居ないだろう。

 それでも、警戒はしておきたい。


「今日こそ見つかるといいなぁ」


 深夜のダンジョンは静まり返っていた。


 衛兵二人が入口に立っている。

 仄暗い魔力灯は入口から奥へと等間隔に続き、漏れ出る空気は少し重たい。


 魔力灯は周囲の魔力を吸収して光に変えていた。

 僕は濃密な魔力量を目で確認し、早くなる心臓の鼓動を抑えた。

 目を閉じてみれば、いつも通り肌で魔力の流れが感じ取れる。


 身体が熱い、服が邪魔だ。

 下着以外は全て丁寧に畳み、草むらに隠しておく。


 大丈夫、まだ下着が残っている。

 衝動は抑えられていた。


 野外で全裸になる勇気は、残念ながらまだない。

 我を忘れて脱ぎ出さないように気を付けながら、眠そうな衛兵二人の間を通り過ぎる。


 夜風と木々のざわめき、衛兵の鎧が軋む金属音を横目にして、僕は静かにダンジョンの奥へと進んでいった。


 待ってて、僕のミミックさん。


 ダンジョン踏破は百回くらい、ミミックとの邂逅は千回くらい。

 けれど、まだ見ぬ愛しの彼女(ミミックさん)には出会えていない。


 ********************


「ヒャッホー! ダンジョン最ッ高ー!!!!!!」


 全裸になった。


 ダンジョンの中なら問題ない。

 自然と一体になる事で、周囲の魔力を肌感覚で理解できる。

 魔力を持たない僕にとっては、極めて重要なことだ。

 決して、露出趣味があるとかではない。


 もし他の冒険者に出くわしても構わない。

 今の僕は空気と変わらないのだから。

 バカには見えない防具だ、と言い張れば見つかっても関係ない。


 ゴブリンの群れを走り抜けながら、今日の自分を確認していく。

 全裸だからこそ、正確に身体の調子を確認できるのだ。


 手刀で気絶させ、ゴールデンボールを蹴り飛ばす。

 一匹につき一秒以内、自身に課した目標を淡々とこなしていく。


 ちなみに、ゴブリンのゴブリンさんは精力剤の原料になるらしい。

 さすがお盛んと言われるだけはある。


 けれど勘違いしたらいけない。

 彼等はお盛んで済ませられる魔獣ではないのだ。


 彼等の強みは、その数の暴力だ。

 他種族の雌を攫って自分達の勢力を拡大していく。

 繁殖力は別世界のGを超え、物量作戦で他の強い魔獣さえ倒す事もある。


 僕は気絶した彼等の股間をもう一度蹴り潰して流血を確認する。

 歩行者の邪魔にならないよう、壁に投げ捨てて先へ進んだ。


 小遣い稼ぎと素材採取も兼ねて、僕は魔獣狩りを日課にしている。

 魔獣達にはできるだけ長く健康体で居てもらいたい。


 しかし、ゴブリンは必要ない。

 他の魔獣の餌になるだけでいい。

 放っておけば、ダンジョンの生態系が崩れてしまう。


 そんな理由で、見つけたゴブリンは全て間引くと決めている。

 姉に言えば精力剤も作ってくれそうだけど、ゴブリン養殖計画が立ち上がるかもしれない。

 需要が増えれば、養殖モノと天然モノで区別されて天然ゴブリンが保護される可能性もある。

 マニアが出てきたら、もうおしまいだ。


 どの世界でも、Gは敵という訳だ。


 さて、準備運動は終わった。

 クールダウンの為、下着を装着する。

 メリハリは大事だ、身体が冷えてしまう。

 せっかく温めた身体がもったいない。


 一階層を探した結果、見つけた宝箱は二つ。


 内一つは、ただの宝箱だった。

 中身は普通の短剣、希少性も高くない。

 安いだろうが、後日ギルドへ売りにいくつもりだ。

 微力にしかならないが、暴君姉妹へのご機嫌取りにお菓子でも買っていこう。


 もう一つは、目の前にある。


 開けた通路の途中、不自然に置かれていたものだ。

 見た目こそ普通の宝箱だが、絶対に違うと身体が反応している。


(なるほど、これが勘ってやつか)


 先輩冒険者(ミミックマスター)の話にも納得だ。

 他人にこれ以上伝わる言葉なんて見つからない。

 千のミミックを超えて、僕はようやく専門家と同じ境地に至ったらしい。


 ミミックの前に立つ。

 遠慮してはいけない。

 躊躇している間に逃げられてしまう。


 言葉遣いは、両親からだけでなく姉からも教わっている。

 特に姉の方は間違えば、魔道具危機一髪の刑に処されてしまう。

 身体にイヤでも染みついていた。


(ありがとう、姉さん)


 全く感謝したくないけど、お陰で緊張するご対面でも毎回落ち着いて臨めるよ。


 まずは、何度繰り返したかわからない社交辞令で無難に攻める。


「はじめまして! 少々お時間頂いてもよろしかったでしょうか?」


 すぐに蓋が開き、巨大な牙と舌が飛び出して僕に襲いかかる。


「お時間ない中、ありがとうございます!」


 食べられた。


 今は、頭から食われて脚だけが外に出ている。

 何度も経験しているが、やはりミミックさんと会えた時は楽しい。

 まさか、一階層から出会えるとは思わなかった。


「僕の名前は、オセロ・リバーシ。リバーシ家の長男やってます。あなたのお名前を聞かせてもらえませんか?」


 僕は、ミミックさんの中から話し掛けた。

 返事はない。


「恥ずかしがり屋さんなんですね。わかりました! では、ご趣味は? 最近ハマってる事は?」


 間髪入れずに話しかけていく。

 しかし、それでも会話の糸口すら掴めない。


「休日ってどんな感じで過ごしてます? 僕はよく姉と妹にサンドバックにされてますよ、もーほんとやめてくれって感じです。大して痛くないし、肉体強度の確認できるからいいけど、あの子達の将来大丈夫かなって心配になるんですよ~」


「お仕事って何系ですか? 人食べる系? 宝箱に紛れる系? それともジッとしてる系? もしかして魔獣の掃除系ですか? 大変ですよね〜。僕も、さっきゴブリンを片付けてたんですけど」


「今まで一番嬉しかったプレゼントって何ですか? 良ければプレゼントさせて下さい。宝石ですか? それとも武器? やっぱり人ですか? え? ゴブリン? 僕達、気が合いますね〜。待ってて下さい、さっき倒してきたので今から取ってきますよ」


 名前を教えてくれないミミックさんは、僕の骨を噛み砕けず牙が折れている。

 舌で僕の肉を削ぎ落とそうとしても、猫のようなザラついた舌は磨かれて平らになっていた。

 獲物を溶かす消化液は、ただの水になっている。


 僕は魔獣と話せない。

 それでも、ミミックの戸惑いは伝わった。 


「…………やっぱり、あなたも違うんですね」


 僕は内側からミミックの牙を全て根元から切り離し、舌を引っこ抜いた。


「僕、賢い方が好みなんです」


 ミミックは暴れながら、僕を吐き出した。


「お別れですね」


 宝箱の蝶番を無視して蓋と容器を強引に引き離す。

 ミミックの本体を引きずり出して急所を突いた。


 魔獣は声にならない断末魔を上げ、動かなくなった。


 洗浄剤でミミックの消化液を落とし、さらに深層へ潜っていく。


 魔獣の中には、高度な知性を持つ者が居る。

 彼らは賢く強く、能力値も通常の魔獣と比べて高い。


 できるなら、魔道具の素材は知性持つ魔獣のものを使いたい。

 魔道具師の腕次第だが、素材の強度は魔道具の性能に直結するのだ。


 しかし僕は、まだ納得のいくミミックさんには出会えていない。

 いい加減、彼女達を傷付けたくは無いんだけど。


 このダンジョンでも、僕に出会いはないんだろうか?

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