02異世界でも透明人間になれるらしい
魔力も転生もあるんだよ、と前世の僕に伝えたい。
気が付くと、僕は生後間もない男の子になっていた。
トラック事故からの意識喪失、流れるような異世界転生。
まさにテンプレ中のテンプレというやつだ。
魔法、魔術、魔導のような異世界式不思議パワーによる技術体系、ステータス確認、分かりやすいレベルアップ、スキル、恩恵、加護はなし。
前世、後世、現世、幽世、ゲーム等の娯楽作品内の世界でもない。
昨今の娯楽市場は、種類も量も膨大過ぎてずっと夢中になってしまうのだ。
多様性に富んでいて、飽きる気配すら全くない。
誘惑を断ち切るのが大変だった。
自分で首を絞め落とさなければ、分別の付く僕であっても底無し沼にハマったまま逃げられなくなっていただろう。
おかげでチェックリストも作れたから、まぁ結果オーライというやつだ。
ただし、魔力はある。
人が火や水を生み出し操作することはできないが、魔道具を使って戦うことはできるらしい。
魔力による身体強化や五感の拡張、手に触れた物質の加工もできる。
前世より人間の幅が広い。
結果、魔道具を作る魔道具師、剣型の魔道具で戦う魔剣士が特に大きな評価を受けるようだ。
僕が生まれたのは騎士爵リバーシ家。
代々優秀な魔剣士、魔道具師を輩出してきた名門だ。
爵位は色々あるが、騎士爵は最下層の貴族だ。
本来一代限りの名誉職であるのに、なんだかんだ王家からテキトーな理由を付けられてずっと続いているらしい。
名門であるのに何故一番下の階級かというと、国からの面倒な要請を突っぱねる為と聞く。
国が弱くなれば他国に所属を変えればいい、と歴代当主達は全員かなり打算的だったようだ。
王族関係者の公爵こそないが、パパさんも爵位やら大臣やらの打診が鬱陶しいとよく言っている。
しかし、パパさんは全て断っている。
確かに、と僕も思った。
侯爵は他国との侵略闘争と国境守護の辺境伯なので、常に胃薬が手放せない。
伯爵は中央に対する地方代表だから、揚げ足取りの大臣達と中身のない会議で無駄に時間を浪費する。
子爵は伯爵の補佐といえば聞こえは良いが、実際は無理難題を押し付けられる中間管理職だ。
加えて、ほとんどの貴族は会う度にマウント合戦してくるのだ。
僕は当主になる気は全くないが、なったとしても永久に階級を上げたくない。
上げた分だけ意味不明な縛りと責任が乗ってくるのだから、勝手にやってろよと思う。
僕は、その家の姉妹に挟まれた長男オセロとして育った。
生まれて十三年経つが、大きなイベントは特に発生していない。
父は王国騎士団所属の魔剣士。
母は魔道具師ギルド所属のヒットメーカー。
敢えて小さくしている領地は有能な武官、文官を囲うことで解決している。
その両親から生まれた姉妹は優秀だった。
二つ上の姉は魔道具師として生活しながら、母と共同研究も行っている。
二つ下の妹は魔剣士見習いとして王城に出入りし、父と騎士団で訓練の毎日だ。
しかし僕は違う。
凡庸でありふれたどこにでもいる普通の子供だ。
魔道具師としても魔剣士としても大した活躍はできそうにない。
頭脳も剣術も平々凡々、役には立たないだろう。
暇な時に姉妹の特訓に付き合わされてボコボコにされるくらいだ。
魔力のある世界に転生とは、転生の女神様も分かっているじゃないか。
僕は魔力の存在を知ってから、女神様を勝手に想像して丁重に感謝を伝えた。
会ったことないし、女神かどうかも分からないけど。
と悠長に構えていたが、自分には魔力がないと分かった。
咄嗟にクソ女の顔面を思いっきりぶん殴ってしまった。
空気だから大丈夫、誰を殴っても全く心が痛まない。
魔力量は、人の目で感知できない。
滅茶苦茶に多ければ見える人もいるらしいが、基本的に人の目は信用できないと聞く。
正確な魔力量は国家保有の魔道具しかわからない。
その魔道具は複製不可能とされ、通常の魔道具とは一線を画した宝具と呼ばれている。
あぁ、今度こそ普通の人生が送れると思ったのに。
どうして僕は、こうハードモードな人生ばかりを送るのか。
影の薄さは転生後も引き継がれ、慣れないうちは両親さえ見失っていた。
自分から目立とうとしなければ、声を上げても動いても気づかれない。
魔力がないことに関係しているんだろう。
しかし、これが慣れると結構楽しかった。
家中に罠を設置すると、姉妹が面白いように引っかかってくれる。
お礼参りに、姉からは新作魔道具の実験台、妹からは魔剣の試し斬りに付き合わされるのだ。
もちろん僕は、ボロ雑巾のように扱われる。
(……けど、この身体使えるんだよなー)
五才くらいの時、試しに魔獣の群れに飛び込んでみたことがある。
魔獣は僕に気づかず、素通りしていった。
魔獣に対し、魔力以外の攻撃は効率が悪い。
それでも急所を何度も突けば、魔獣は倒れていく。
野盗団も同じ要領で襲っていった。
やはり魔力を持っているからか、魔獣同様に魔力0の攻撃は通り辛い。
けれど回数を重ねれば、簡単に倒れてくれる。
魔獣よりは知能が高めだから、色々と楽しめた。
盗品は換金率の高いものから順に持ち込んだ。
足が付きそうな美術品は無視、食料品は腐る前に全部食べる。
(やっぱり金銀財宝だよね)
お金は全ての代用品だ、手元に置いておくなら金に限る。
戦利品は現金にして100万ゼニーくらい。
価値としては1ゼニーで1円だ。
この積み重ねが、僕の裏ボス活動資金として貯金箱を少しずつ満たしていくのだ。
(前世の貯金箱、せめて誰か有効に使ってくれないかな?)
前世の世界に逆転移できたとしても、たぶん使われちゃってるんだろうなぁ。
どうせなら僕の育てた佐藤君の主人公活動資金に鞍替えしてほしい。
「おらぁ! 死ねや!」
残党が生き残っていたみたいだ。
死んだふりも気配が丸見えだったので簡単に避けて転ばした。
後は無防備な胴体へ、アタタタタタッオラオラオラァホワチャァアの鎖骨突きで仕留めればいい。
断末魔の悲鳴を上げることも体が大爆発することもなく、静かに泡を吹いて倒れてしまった。
そして、僕の活躍は見せつけない。
着ぐるみをまとえば、僕と分かることは決してないのだ。
盗賊団を壊滅させたと知られると、周囲が騒いで面倒事に巻き込まれる。
神童として崇拝されるならマシだけど、呪いからの処刑ルートはご遠慮願いたい。
財宝は怪しまれないように、馴染みの店へ素材や宝石を売った。
こどものおつかい風に行ったので、怪しくはないだろう。
結構なお金になったので、以降も夜に抜け出してお金を稼いでいる。
低リスク高時給なお仕事、バンザイ
父と母は既に僕の才能を見切ったのか、必要以上に踏み込んでこない。
魔力の有無はわからないが、魔剣士や魔道具師の才能はわかるらしい。
さすが現役達だ。
両親は、僕の姉妹に任せている。
当主になるのも、どちらかだろう。
魔力のある世界だから、実力があれば男も女もあんまり関係ない。
お陰で僕は自由に動ける、やったね!
あと両親共に美形だから、姉も妹も美少女だ。
僕も美少年という程ではないけど、それなりに整っている。
遺伝子を実感する日々に感謝した。
僕の隠された力は、両親も見抜けていない。
両親の世間での評価を考えると、やっぱり僕はイレギュラーな存在らしい。
赤ちゃん時のベッド破壊、魔獣の群れ特攻は、ただの偶然として処理されたのだろう。
僕の場合、そもそも魔道具師や魔剣士の素質以前の問題だ。
魔と付いている以上、二つとも魔力がなければ他人と同じスタートラインにすら立てない。
「魔力、か」
もう影の薄さを消すつもりはないけど、試しに魔力で何とかできないかな~?
と色々実験したが、それでも不思議パワーは手に入らない。
魔石をかじっても、生きた魔獣を味見しても、怪しい魔女の怪しい薬を飲んでもダメだった。
僕以外が食っても死ぬだけと後で分かったが、終わったから気にしない。
自分の魔力と別の魔力が混ざると、拒絶反応でお釈迦様へ転生するのだ。
魔力濃縮薬も効果がない。
才能豊かな姉妹や両親の髪からこっそり抽出したけど、魔力は定着しなかった。
配合比や飲む時間帯、気温、湿度に至るまで様々試したけど、ダメだったのだ。
やはり僕は魔力に嫌われている。
これはもう前世からの因縁レベルだ。
しかし、全ての身体能力が常軌を逸している。
三才で小さな山くらいの石を移動させた時、村人は『魔獣が来たのか!?』と顔が青ざめていた。
僕がやったと誰も思わない。
なぜなら、僕は透明人間だから。
「ただの人外じゃん。あーあ、魔力使ってみたかったな~」
両親から受け継ぐはずだった魔力の全てが、肉体に還元されている。
望んでもいないのに、身体能力がバグってしまった。
生まれてすぐ木製ベッドを破壊したのは、僕がこの身体に慣れていなかったからだろう。
魔力0だから、相手の魔力感知も結界も素通りできる。
五感も異常だ。
唐辛子で死ぬかと思った。
エネルギーさえあれば、身体はいくらでも修復する。
回復薬いらず、治るタイミングも条件付けで自由自在に操れる。
魔力への耐性もある。
魔力が完全に抜けているからか、肉体が世界に慣れようとした結果か、魔力を介した攻撃も弱く感じる。
魔石も魔獣も問題なく食べられた。
彼等の能力が手に入る訳ではないから、ただの食料になるだけだ。
でも、今度はドラゴンを試してみよう。
爬虫類だからワニみたいに鶏っぽいんだろうか?
前世からの趣味である人間観察と、全てを見透かす両目のおかげで、相手の強さも分かる。
チートではないが、充分に使えるはずだ。
生物非生物問わず、魔力も全身で感じ取れる。
裸になると、さらに分かる。
たぶん王都の宝具を壊したら、僕が世界で唯一かもしれない。
「今度、忍び込んで盗もうかな?」
僕の魔力0が知られる訳にはいかないし。
人外の肉体強度を備えながら常に心身を最適に保つ能力を、僕は手に入れた。
魔力0由来の肉体に特化した身体だ。
透明人間化、五感MAX、半不死性、魔力耐性、鑑定擬き、と健康で文化的な最低限度の生活程度は送れるだろう。
(魔力があった方が便利気もするけど)
代わりに強くしてあげるわー!
と空想で笑うそれなりに美人な女神様へ、拍手して感謝しておく。
(殴ってごめんなさい。でも、悪いとは思ってない)
転生特典の魔力チートをくれた方が正直嬉しかった。
仕方ないから、ただの筋肉くんで我慢しよう。
少数派は、数の暴力で押し潰されるのが世の常だ。
魔力が無ければ、異端者扱いされる。
最終的には、魔女狩りよろしく火炙りされて拷問ルートだ。
僕の身体はエネルギーが尽きるまで回復できるから、普通の魔力持ちよりもタチが悪い。
転生前の知識と経験値がなければ、普通に死ぬ運命だったのかもしれない。
だから、僕は偽装して魔力を持っているように振る舞わなければならない。
十六の年に、貴族は王都の学園に通う必要がある。
名誉職の騎士爵でも避けては通れない道だ。
姉も、来年から王都で学園生活が待っているから準備していることだろう。
試験なんて形式でしかないけど、魔力測定は必須だ。
測定できる魔道具は貴重だが、出し抜けば以降の魔力0がバレるリスクはない。
残り二年の間に何とかしよう。
でも、あまり不安には思っていない。
対策は、ちゃんと考えてある。
「オセロ、新しいダンジョンの話は聞いた?」
姉からの言葉に、僕は興味ない風を装って無視してみる。
次の瞬間、爆弾をぶつけられて僕の頭は鳥の巣になった。