こわしてあそぼ!
逃げ足は、人生に重要な能力だ。
諦めることは悪いことではない。
叶わない希望を捨てれば、きっと見えてくるものもある。
時として、人生には諦めも必要になるのだ。
そう、僕の目の前には絶望が広がっている。
こんな時こそ、目を背けたら大変なことになってしまう。
「(兄ちゃん! もっとアタシと遊んでよ!)」
耳元で、ウチのバカ妹が声を張り上げている。
声が漏れないよう、両手で僕の耳を覆っていた。
思いのほか、跳び膝蹴りが良い感じに顎へ入った。
首が明らかに曲がってはいけない方向へ折れたけど問題ない。
少し意識が飛んで、鼓膜が破裂しただけだ。
身体はいつも通り機能し、瞬時に回復して何事もなく元に戻っている。
リバーシ家長男は、姉妹に弄ばれる運命なのだ。
「(僕じゃなかったら病院に直行してるぞ、妹よ。あと、これから兄ちゃんって呼ぶの禁止な)」
「(知ってる。『それさえ守れば、何でもしてくれるから』って姉ちゃん言ってた。だから遊ぼ!)」
魔女め、余計なことを。
何でもする、なんて本人の居ない所で言わないでほしい。
「(シロナは騎士団の訓練とかで毎日忙しいよね? 僕も忙しいから無理)」
「(む~り~。アタシは今日のノルマ終わった! だからあそぼ!)」
猛獣に言葉が通じると思ってはいけない。
悪女が余計な入れ知恵をするなら尚更だ。
とりあえず逃げる。全部後回しだ。
頑張ってくれ、未来の僕。
期待してるよ。
「鬼ごっこだね! まてまてー!」
妹が地面を爆破させながら僕を追ってくる。
シロナ・リバーシ。
天才魔剣士の呼び声高い、次代を担う王国の剣だ。
剣姫、神童、宝具級美少女と色々呼ばれているが、実際はただの脳筋バカでしかない。
逃げ足がどこまで通用するのか、本気で試されるとは思っていなかった。
そろそろ兄離れしてほしい。
嫌われる方がまだマシだ。
『がんばれがんばれシロナ、負けるな負けるなシロナ、わ〜!』
クロエの白々しい応援が拡声器を通して聞こえるが、徹底的に無視する。
あの姉は、僕の嫌なところを突いてくるのが本当に好きらしい。
『(身を以て知れ)』
冷静を装って怒りをぶつける姉の声が耳元で聞こえた。
『(許してください、お姉様)』
『(がーんばーれがーんばーれ、オーセーロ。倒れて潰れろ、オーセーロ。わー)』
棒読みの応援が返された。
クロエお姉様は、謝罪を受け入れてくれそうにない。
ちょっと一発ぶん殴りたいところだけど、姉には適わない。
僕は脳内でチアリーダー姿の姉を思い浮かべて、何とか平静を保とうとした。
しかし夢の中でも全く容赦がない。
顎を上段蹴りで撃ち抜かれて、踵落としで脳天を直撃されてしまう。
誰か、姉貴に思いやりを教えてやってくれ。
「鬼さん、待ってよー!」
兄と妹のかけっこは、中継映像に映ったままだ。
追いつかれないように大通りを避け、屋根を走り、路地裏を抜けていく。
振り返ると、妹は走りながら観光地の顔出しパネルを破壊していた。
今は、顔だけ出ている状態で走っている。
(よし、これで狭い通路は抜けられない)
小さな細道を選んで抜けていく。
しかし、妹は尚も追いかけてくる。
なぜか?
シロナが全く気にせず走るから、看板の方が細道の幅に沿って削れていくからだ。
補修工事にいくら掛かるか分からない。
無人の市街地とはいえ、色々手続きも面倒そうだ。
「やっちまったな、狂戦士! 金払えんのか!?」
「姉ちゃんが全部何とかするから大丈夫! それより他の遊びしよ? もう飽きたー!」
姉は、思った以上にガチギレだった。
魔道具開発で稼いだ資産使い切ってでも、僕への仕返しを止める気がない。
「飽きたなら辞めよう? そうだ今度はかくれんぼにしようか。僕が鬼やるから隠れていいよ」
「わかった!」
妹は全く疑う様子もなく、一人で何処かに行ってしまった。
バカな妹で助かる。
参加者は僕から鍵を奪って、宝箱を開けなければならない。
今居るのは市街地エリアの端だ、まだ宝箱への距離は遠い。
わざと鍵を落として奪われても、姉にはきっと通じない。
『奪い返せたでしょう? 魔道具作りの件は無しね』と返されるだけだ。
(例えば、宝箱の目の前で鍵を奪わせるのは?)
僕の役目は鍵を奪われないようにすることだ。
けれど優勝者を決めなければ、観客の盛り上がりに欠ける。
王族や他国まで注目しているから、勝負を付けなければならない。
最後は誰かを優勝させないと観客も納得しない、と姉は分かってくれるだろう。
もう妹と遊ぶなんてこりごりだ。
シロナが気づく前に中心地へ移動し、最初に会った人に鍵を奪わせる。
(この方針で行こう)
一人の女性冒険者が物陰から、僕を観察していた。
ちょうどいい、彼女にしよう。
女性冒険者を追うと、彼女は逃げ始めた。
(いいぞ、後は鍵を落として宝箱を開けさせればミッションコンプリートだ!)
彼女がずっと逃げられるよう、たまに速度を落とす。
宝箱への進路も最短距離になるよう修正していった。
けれど降って湧いたアイデア程度では、すぐに踏み潰されてしまう。
ドドドドドドドドドドッッッッッッ!!!!!
(なんか、すんごい足音聞こえてきた)
女性冒険者は、さっきから涙を浮かべて逃げている。
僕の後ろを見て、さらに必死さを増したみたいだった。
この音の正体は、僕の前を走る彼女でも僕でもない。
(振り向きたくねぇ~)
が、どうしても気になる。
速度を落とすことなく、首を後ろに回した。
「騙したなぁあああああッ! 覚悟しろぉおおおおおッ!!」
バカ妹だった。
おそらく、姉に僕の嘘を見抜かれたのだろう。
銀色の瞳を怒りで塗りつぶしながら、銀髪を逆立てている。
でも、隣の君はどうして?
「誰ですかぁあああああッ! その女はぁあああああッ!!」
宇宙怪獣だった。
青紫色のポニーテールを振り回し、桃色の瞳に狂乱の炎を宿している。
「すみませーん! 絶対に人違いでーす! お引き取り願いまーす!」
本当に意味不明なことが起きた時、人は何も考えられない生き物だ。
情報が多過ぎて、いったい何から考えればいいかバカらしくなって結果何も出来ない。
頭が追い付かず、変わらないようにするだけで精一杯だ。
だから、そのまま走り続けた。
速度を上げたのは、むしろ褒めてほしい。
いつの間にか冒険者さんを追い抜いていたけど、緊急事態だから仕方ない。
思わず独り言が漏れる。
「(え、なに? なんで僕追われてるの? あのバカは分かるよ? でも、あれ、カルタさん、だよね? なんであんなに禍々しくなってるの? 超怖いんですけど?)」
落ち着け、落ち着いて冷静になるんだ。
走りながら深呼吸する。
(よし、もう大丈夫。僕は冷静だ)
最初にすることは現状の把握だ。
まだ、話の通じそうな狂戦士に話し掛ける。
「ねぇ妹さん、マジごめんホントごめん許してお願い」
「イヤ! 絶対に許さない! 引き千切る!」
「どこを!?」
全く通じない。
仕方ないから、意味不明な方に話し掛ける。
「もしもしカルタさん。あの、僕、何かしましたか?」
宇宙怪獣が微笑んでいる。
え? やめて? 余計怖い。
「この人、誰ですか?」
女性冒険者さんは気を失い、微笑む少女に引きずられていた。
つまりカルタさんは一人抱えながら、剣姫と同じ速度で追ってきたことになる。
(そっかー、この人も化け物だったかー)
うん、そうだよね。
僕が認めた主人公ちゃんだからね。
「知らない人ですが?」
「話してくれないんですね」
ポニーテールを揺らし、少女が迫る。
カルタさんは、もう主役級確定である。
こんなに濃いキャラは、絶対にメインキャラだ。
と考えている場合ではない。
『(両手に花ね、オセロ。お姉ちゃん嫉妬しちゃうわ、弟がモッテモテで)』
場違いな姉の発言がうるさい。
「(モッテモテじゃない、グッチャグチャにされそうだ)」
『(あら、お上手)』
「(どこが? それよりどうにかしてよ、お姉様)」
『(イヤよ、面倒くさい)』
「(ホント姉弟だよね)」
姉との共通点が見つかっても、特に嬉しくはない。
『(そうね、『姉さん』呼びも飽きたから今度は『お姉ちゃん』呼びにしてもらいましょうか? ほら言ってみて? クロエお姉ちゃんって)』
「(クロエお姉ちゃん助けて!)」
『(よくできました)』
お姉ちゃんとの通話が切れた。
「はーい! もしもしアタシ。どうしたの、姉ちゃん?」
代わりに、シロナが通信機越しに誰かと話し始めた。
甘え声だから、相手はクロエだろう。
走りながらだと上手く聞き取れないが、姉の見えざる手と信じたい。
「う~ん、わかった。いいよ、姉ちゃんの言うことは絶対だからね。ばいばーい!」
シロナが通信機を切った。
「仮面さん、アタシとの遊びはまた今度ね!」
「そうだね、いつかね」
(絶対にイヤだ)
本音と建前が真逆だった。
妹が手を引いてくれたのは、姉の手助けに違いない。
まぁ、姉の所為で妹に追いかけられているのだから納得しにくいけど。
「姉ちゃんからの伝言。『貸しイチね』だって! 大丈夫?」
妹は、まだ僕を追いかけ続けている。
けれど、姉のお陰で怒りは掻き消えていた。
「たぶん大丈夫」
姉の非公開治験バイトが増えそうだ。
どれだけ貸しを作ったか分からない。
もう全部時効にしてもらいたい。
「ところで、お隣さんは仮面さんの彼女?」
妹が肩を叩いているが、カルタさんは気にせず走っている。
彼女は軽く息切れしているが、目が据わって瞬きすらせず僕を視界に捉え続けていた。
「いいえ、違います」
全くの赤の他人です、と僕は妹に抗議した。
彼女とは、少し前に共同戦線を張っていた。
しかし、宇宙怪獣とは友人にすらなれない。
いくら人外級の肉体を持っていても、言葉が通じなければ会話が成り立たないのだ。
カルタさんのスピードが上がる。
どことなく顔も険しくなった。
たぶんアレだ、ランナーズハイというやつだ。
美人さんが怒ると、余計に怖く見えるって本当だね。
「おーい、ポニーテールさん! なんで仮面の人追ってるの? 手持ちの人も大丈夫?」
ずっと三人、いや四人走っている。
一人は気を失って引きずられているけど、もうすぐで市街地エリアの中心部だ。
設置された宝箱が見えてきた。
何とかしなければ、僕はこのままカルタさんに踏み潰される。
耳に付けた通信機を操作し、再び姉へと繋ぐ。
「(クロエお姉ちゃん、もう一つ貸しを作る気はございませんか?)」
『(できないわよ?)』
姉は、先回りして答えてきた。
「(マジですか?)」
『(大マジよ。私がどうにかできるのはシロナちゃんだけ。彼女、カルタ・クラムさんの方はどうにもできないわ。自業自得ね、自分でどうにかなさい)』
「(ちなみに自業自得とは?)」
『(……シロナよりも、アンタの方がバカよ。またね、大バカ君)』
通信が切れた。
使えない姉め、言いたいことだけ言って切りやがった。
何か、何かないか?
(……ッ…………いや、でも………………違う! これしか無い!)
頭をフル回転させて起死回生の策を思いついた。
これなら生き残れる!
「妹さん!」
もう追う必要がないのに、ずっと追いかけてきているシロナへ声を掛けた。
「はーい! 何ですか仮面さん!」
「遊び相手欲しくありませんか?」
「もしかして遊んでくれるの?」
違う、僕じゃない。
「うん、隣のお姉さんが遊んでくれるって。年も近いし、ここまで生き残ってるから楽しめるんじゃないかな?」
「わーい! あそぼー!」
もちろんお隣さんからは、何も聞いていない。
シロナが、カルタさんに襲い掛かった。
怖い美少女さんは、捕まえようとしてきた妹へ冒険者さんをぶん投げる。
シロナは避けた。
(だよね)
さすが妹、目の前の相手しか見えていない。
予想できた僕は先んじて走り込み、哀れな被害者さんを受け止めた。
安全な場所へ寝かせ、鬼ごっこに復帰する。
(あれ? あのまま逃げれば良かったのでは?)
でも逃げたら、冒険者さんはさらに巻き込まれるかもしれない。
仕方ない、逃走劇はこのまま続行だ。
「危ないなー! 気を付けてよ! 美人さん!」
間一髪避けたシロナに対し、カルタさんは無表情を貫いている。
もう彼女に鍵を渡すから、全部丸く収めてくれないだろうか?
『皆様、お待たせ致しました! 最終イベントもいよいよ大詰め! 残るは三人、全員が会場近くまで来ました! 非常に楽しみですね、クロエ様!』
『そうですね』
いつの間にか、観客の待つ中心地へ来ていたらしい。
司会進行役とクロエ姉さんの声が会場中に響き渡っている。
『改めて紹介しましょう! 参加者を蹴落としてきたアフロ仮面、言わずと知れた剣姫シロナ・リバーシ、そしてダークホースの新星カルタ・クラム。誰が最後まで勝ち残るのか! これはひょっとしてカルタさんの下剋上あるんじゃないですか? クロエ嬢』
『そうですね。仮面の彼はフルタイム勤務、妹は騎士団の訓練帰りです。疲れて動きも鈍くなってるので、カルタさんが優勝する可能性は充分にあると思いますよ』
僕を置いて、シロナとカルタさんが取っ組み合いをしている。
戦いは、自然と逃走劇から対人戦に切り替わった。
どちらも一歩も引かない。
シロナの強さは充分に知っているが、カルタさんが良い勝負をするとは思わなかった。
『(クロエ様、もうすぐ終わりです。どうしましょうか?)』
ウッサイさんが似合わない小声で、姉さんに話し掛けていた。
観客には聞こえないが、自慢の耳はどんな小さな声も聞き逃さない。
『(そうね、あの参加者がシロナに追い縋るなんて思わなかったわ)』
クロエが僕に向けてウィンクした。
また、イヤな予感がする。
『シロナ』
クロエが椅子の下から何か取り出した。
『なに!? 今、ちょっと手が離せないんだけど!?』
姉から妹へ、プレゼントらしい。
僕の真横に鋭い切っ先が突き刺さる。
『試作品よ、感想聞かせなさい。カルタ・クラムさん、アンタも剣を使って良いわ』
クロエの意図に気づいた観客席は、今日最高の盛り上がりを見せている。
『観客席の皆さん、時間も押しているのでルール変更です。仮面の少年に一つでも傷を付ければ優勝、もちろん鍵を奪って宝箱を開けるのもアリです。ではどうぞ』
観客の熱で目が覚めたらしい。
二人は互いを見合った後、僕に切り掛かってきた。
(クソ姉貴め、最後まで嫌なことを)
銀色の妹は試作品を振り回し、青紫の少女は隙を突いてショートソードを突き付けてくる。
合間を縫って腹黒女に視線をずらすと、真っ赤な舌で僕を挑発していた。




