吾輩は兄でもある。妹のオモチャである。
参加者は、夕日を背にして市街地エリアの中心に集められている。
彼らは、終盤の『エリア縮小イベント』を乗り越えた猛者達だ。
百名を軽く超えていた参加者も、今は三十名に満たない。
一時間の休憩により気力も体力も少しは回復している。
最後のイベントに挑む者達は、誰も居ない舞台上に目を向けていた。
僕は鬼の仮面を被ったまま、彼らの後ろに居る。
廃墟ビルの壁に背を預け、気配を消しつつ姉の合図があるまで待機だ。
観客席も期待を隠せない様子で、進行役とクロエ・リバーシを待っている。
小さな鍵を宙へ放っては掴んでを繰り返していると、進行役が舞台に現れた。
続くクロエ姉さんも舞台の中心で立ち止まる。
観客席から歓声が上がり、参加者の身体に緊張が走った。
『皆様、お待たせ致しました! 最終イベントの始まりです!』
ウッサイさんの大音量が周囲に響き渡った。
観客席の野次馬達は、さらに声を張り上げてうるさく騒いでいる。
クロエはもう注意する気がないらしく、耳栓で大声を和らげていた。
『最終イベントは、『逆転鬼ごっこ』です! ルールは超簡単! 制限時間内に鬼の仮面を被った鍵保持者から鍵を奪い、指定された宝箱を開けるだけ。開けた人がその瞬間、優勝となります』
司会は、クロエへ拡声器を手渡した。
姉は口を開く前に、人差し指を参加者の後ろへ向けた。
(合図来た)
僕は、隠していた気配を表に出す。
指示に素直な者、異物の気配に敏感な者、周囲の空気を読み取れる者、と参加者達は順に後ろへ振り返って戸惑い始めた。
興味、恐怖、警戒、多くの感情が見て取れる。
突然現れた正体不明の相手に驚きを隠せないみたいだ。
さっきまで一緒に居たカルタさんは、僕へ手を振っていた。
彼女だけは、なんかよくわからない。
興味だと思うけど、得体の知れない何かを感じる。
とりあえず無難に手を振り返し、リングに通した鍵を指で回した。
『あの鍵を奪い取って、この宝箱を開けてください。宝箱は、ここに置いておきます。結界張ってますので、鍵を持たない者は触れられません』
姉の言った通り、優勝賞品の入った宝箱が舞台上に置かれた。
『宝箱内のアフロメーカーは全て回収済み。代わりに私の作った魔道具が入ってます。失敗作とはいえ、私が作った魔道具です。お好きに使ってください。二つ同時に使うと爆発するので、後は自己責任でどうぞ』
僕は、絶対に落とさないよう鍵を服の中に隠した。
『制限時間は日没まで。素敵なお知らせもあるので、よく聞いていて下さいね?』
姉さんの不穏な視線を感じたけど、もうすぐゲーム開始だ。
どうでもいいから早く終わらせよう。
腕を曲げ、脚を伸ばし、首を回した。
参加者の視線を感じながら、休憩中に準備した偽物の鍵を全て地面へ落とす。
「「「「「へ?」」」」」
観客席も参加者も呆けた様子で、沢山の鍵から目を逸らせないでいる。
『始め』
姉の口から最終イベント開始の合図が聞こえた。
僕は中心から外れ、人気のない建物の影へと滑り込む。
市街地全体が戦場ということは、どこから誰が現れるか分からない。
(バカに付き合う暇はない)
自信のない参加者も、無い正解を求めて鍵山を探すだろう。
ここまで生き残った人であれば、全員バカではない。
偽物の鍵を探し続ける者は、そう多くないはずだ。
だから、偶然生き残った者だけでも足止めできれば充分。
「どこいった!?」
「こっちには居ねぇ!」
「あの仮面は目立つ。全員で探し回れ!」
協力して動く者達も当然出てくる。
追われる側としては厄介だ。
物陰から這い寄り、アフロメーカーを叩き付ける。
動けなくなったところを暗がりへ連れ込み、確実に戦闘不能へ追い込んでいった。
「爆弾は、ない、はず」
今までの参加者は、爆弾一発で気絶してきた。
さすが、ここまで生き残ってきた人だ。
ギリギリ意識を保っている。
「僕は持っていない、と誰が言った? 君の勘違いだよ」
クロエ姉さんは、宝箱内にアフロメーカーはないと言っただけだ。
僕の持つアフロメーカーは含まれていない。
「屁理屈、じゃ、ないか」
「屁理屈も理屈、嘘でなければ気にしない。お休みなさーい」
ボンッ! と冒険者の男が地に伏した。
アフロの活け造り、盛り盛り仕様だ。
(僕を倒すつもりなら、倒される覚悟もしておかないと)
もう生き残りは、十名にも満たないだろう。
直接手を下したのは、ほんの数名だけだ。
他の人達は勝手に潰し合ったり、策略に見事ハマっている。
同じ鬼の仮面をテキトーな人に張り付け、勘違いしたまま参加者で同士討ちさせる。
宝箱の中身を失敗作の魔道具から、手持ちのアフロメーカーにすり替えて爆破させる。
空にした宝箱を確認している間、後ろから意識を刈り取る。
真正面から戦うなんてバカバカしい。
そんなバカは、ウチの妹くらいで充分だ。
姉は魔道具の同時使用を控えるように言っていた。
しかし、忠告を無視した人が誰かと一緒に飛んでいる。
失敗作の魔道具を上手く使えず、お空の星になった者も居るようだ。
(何も知らないまま手を付ける人、って居るよね)
開始直後、暇つぶしに一人の若い冒険者を追跡してみた。
彼が見つけたのは、打ち上げ花火自動製造機。
使用者が最初に魔力を込めれば、後は全て玉が自動装填される逸品だ。
着火して上昇、花火玉を爆発させて空へ打ち上げる。
ただし、装填されるのは魔力を込めた本人である。
彼は、説明書を読む前に魔力を込めてしまったらしい。
僕は、説明書を読みながら黙って見ていた。
「助けてよ!?」
「頑張れ」
と彼の腕を取ることなく、僕は手を振って見送った。
(だって、巻き込まれたくないし)
彼が伸ばした手は、筒の中に吸い込まれていく。
ドガァン! という音と共に発射され、綺麗な大輪の花を空に咲かせたのだ。
「た~まや~」
前世の夏の風物詩が、会場を盛り上げる為の華になった。
なんて素敵な奇跡的融合。
彼は見事、有終の美を飾ったのだ。
お疲れっした。
大丈夫、アフロメーカーみたいに髪の毛が鳥の巣ボンバーする訳じゃない。
焦げ臭い匂いが三日続くだけだから、安心してね。
(姉さんの失敗作を甘く見過ぎ)
これでまた一人脱落した。
開始から結構経つ。
各地で沢山爆発してるから、参加者はさらに少なくなっている。
そろそろ何か動きがあってもいいはずだ。
『納得できるか!?』
液晶型魔道具の中で、一人の男がクロエに盾突いていた。
『どうかしましたか? 退場者さん?』
僕が倒した盗賊団のボスだった。
『どうもこうもあるか! さっきから黙って見ていたが、もういい加減に我慢の限界だ! なんだこの試験、ただ爆発させてるだけじゃねぇか! これの何が試験だ! いったい、これでなんになるってんだよ!?』
良かった、少しはマトモな人がいるらしい。
試験と言えば机に齧り付きながらペンを走らせるアレとか、ガラス器具に謎の液体を混ぜて謎々を生み出すアレとかに思うだろう。
しかし、これも立派な実験の一つだ。
爆薬の量を調整したり、外装の材質を変更したり、素材探しにダンジョンへ潜ったり、姉は意外としっかり者でもある。
『だって爆弾ですよ? 実際に人で爆破させないと、飛距離が分からないじゃないですか。安全性も担保できません。私も身内に少し試しましたけど、全然参考になりませんし』
『いや、人の前に海とか森で試そうと思わなかった?』
マトモな人は色々おかしいと思いながらも、続けて姉を説得してくれている。
え? 身内に試したの? という観客の困惑顔も液晶に映し出された。
みんな、すごく良い人達ばかりだ。
盗賊ボスさんは、後で毛根回復させよう。
被害を受けている身内として、姉の暴走が止まるなら最高だ。
もし素敵な姉に転生するなら、最強ミミックの素材をゲットした時と同じくらいに嬉しい。
「いいぞ! もっと言ってくれ!」
僕は、声に出して盗賊ボスさんを応援していた。
聞こえないと思うけど、何もしないままではいられない。
姉さんからの被害を、僕へ向けないようにしてくれ。
頼む! マトモな人!
『え~、だって環境破壊は別に気持ち良くないし』
盗賊ボスさんの説得虚しく、姉は全く考えを変えようとしない。
あまりに酷い言い様だった。
「先に僕の方を気にしてよ! こっちは弟だぞ! 少しは姉の優しさ見せてくれてもいいだろ! 良い子ぶってんじゃねぇ! 水は流しっ放し、ゴミは分別しないだろうがッ!」
溜め込んできた不満が自然と漏れ出た。
たぶん、あと百個は言える。
『あー、もうめんどくさいな』
言い合いになった後、クロエ姉さんは痺れを切らした。
パチン、と指を鳴らした後に壇上へ一人の女の子が現れる。
リバーシ家の次女シロナ・リバーシ。
年は僕の二つ下だ。
同じ銀色の髪を自分で雑に千切って短くし、髪と同じ銀色の瞳を輝かせていた。
おバカで直情的なお姉ちゃんっ子だ。
姉ほど妄信的にはなっていないが、僕にも結構懐いてくれている。
『シロナちゃん、お願い』
『うんわかった!』
あ、ヤバい。
「逃げてッ!」
僕の声は届かない。
シロナのパンチが盗賊ボスさんを吹き飛ばし、再び牢屋に叩きこまれた。
彼は口から泡を吹き、意識不明になっている。
「姉ちゃん、褒めて~」
猫なで声の妹が姉にすり寄り、姉も微笑みながら妹の髪を優しく撫でている。
直前の一発がなければ、なんて微笑ましい光景だろうか。
本当に、ボスさんが可哀想だった。
観客席も呆気に取られ、お通夜のように静かになっている。
(今日、騎士団で鍛錬の予定だったはずでは?)
二回り以上も違う大人を、少女が一発で叩き落とした。
姉を天才魔道具師の卵とするなら、妹は天才魔剣士の卵だ。
十才で王国騎士団からスカウトされ、父と一緒に日々鍛錬を積んでいる。
一年後の今、十一歳になったシロナは新人筆頭の実力者だ。
そう言えば、今日の試験に騎士団参加していたけどパパ上はいなかった。
あぶないあぶない、もし煽られていたら我を忘れて父の髪の毛を毟っていたかもしれない。
『ウッサイさん、『途中参加も、クロエ様の独断と偏見で認められますので悪しからず』と言われましたよね?』
『え、えぇそうですね。確かに言いました』
『私の権限で、シロナを参加させます』
どよめきが会場中に広がる。
『大丈夫ですか!? この子の優勝で決定しそうですけど』
『問題ありません。この子には制限を付けますから』
クロエ姉さんは、シロナと小指を絡ませた。
『鍵は手に入れない。参加者に危害を加えない。腰の剣も使用禁止。シロナちゃん、お姉ちゃんとの約束守れそう?』
『うん守れる!』
姉妹の指切り後、姉の視線が液晶越しに向けられた。
他の人には分からないだろうけど、僕には分かる。
悪女の口元が、ほんの僅かに醜く歪んでいた。
映像が切り替わり、僕の姿があらゆる角度から映し出される。
『鬼さんこちら、妹ちゃんが見~つけた♪ シロナちゃん、レッツゴー』
『ゴーゴー! 仮面の兄ちゃん待っててー!』
シロナは舞台を半壊させて飛び出していった。
どこに? なんて決まっている。
元の映像に切り替わった。
たまにシロナが移るから、妹の進行状況も予想が付く。
(めんどくさいことになってしまった)
状況を整理しよう。
参加者は五人くらい、猛獣娘も追加されて多くて六人だ。
そう時間を掛けることなく、僕が持つ鍵を狙って現れる。
参加者から鍵を奪われないように立ち回るのが、僕のお仕事だ。
ただしシロナだけは、僕を狙って現れる。
姉の言うことは絶対な脳筋妹から逃げなければならない。
でもどうして、妹から狙われなければならないのか?
あるとすれば……。
「バレちゃったかー」
報酬の交渉後、八つ当たりで姉の魔道具を壊した。
バレないように軽く触れただけだが、彼女の目は誤魔化せなかったらしい。
シロナは、姉に乗せられて『久しぶりにオセロと遊んだら?』とでも言われたのだろう。
妹はお兄ちゃん大好きっ子に見られそうだけど、実際は飼育員を襲う猛獣なんだよなぁ。
世の妹大好き人に聞きたい、これでも欲しいか?
(とりあえず移動しよう)
中央との距離を稼ぐ。
可愛らしい妹と追いかけっこする兄ではない。
ライオンに狙われるチワワだ。
端末で中継映像を確認した。
なぜか僕が映し出されている。
僕の姿を妹に確認させた後、姉が途中で切り替えたはずだった。
(あの性悪姉、ホント酷いことしてくれる)
シロナが僕を見つけるまで晒し続けるつもりか?
『「鬼さん、見~っけ!」』
気付いた時には、もう遅い。
実際の声と拡声器の音が重複し、気づいた時にはシロナから跳び膝蹴りを喰らっていた。
「遊ぼ! 仮面さん!」
僕は、腹を空かせた肉食獣に襲われた。




