戦略的撤退はお早めに。
僕が目を開けると、夕日が差し込んでいた。
礼拝堂の床は、七色に淡く照らされている。
ステンドグラスに光が差し込み、少しずつ景色を変えていた。
このまま半日くらいは、静かに癒されていたい。
けれど、僕はお仕事を抱えている。
最強ミミックを使った魔道具を作る為、今日一日は姉の奴隷だ。
そろそろ終盤のイベント開始だろう。
お昼寝同好の士を起こす為、僕は首を回した。
(どこ?)
しかし彼女が見えない。
天井を見ても張り付いていないし、穴の開いた床下にも隠れていなかった。
「おはようございます」
女の子の声が聞こえた。
同士は、僕の抱き枕になっていた。
なぜ?
確かに『君も寝れば?』とは言ったけど、隣で添い寝とは予想外が過ぎる。
「私もよく眠れました。ありがとうございます」
ポニーテールの少女は、僕を桃色の瞳で見つめていた。
侵入者を警戒し過ぎて、彼女の存在を忘れていた。
誰かに接近されてもすぐ気づくと思ったが、まだまだ鍛錬が足りないらしい。
(そっかー、分からなかったかー)
半分起きていても、敵意でなければ気づかない。
いい勉強になった、ありがとう美少女冒険者。
裏ボスは一日にして成らず。
目指す以上、簡単に誰かを近寄らせてはならない。
「どういたしまして。ところで、なんで僕の抱き枕に?」
彼女は、僕に巻きついたまま首を傾げた。
「快適な眠りには抱き枕が必要だと思ったんです。安心感と癒しを与えながら寝る姿勢も整える、そうすれば疲労も軽減できるでしょう? 体温も低すぎたので、少し温めようかと」
なるほど、一理ある。
僕の体温が低いのは、代謝を抑えた結果だ。
人より頑丈な僕も飢えには勝てないので、普段から餓死しないように訓練している。
「それに、女子は冷え症になりやすいんですよ。賢い私は体力温存の為、カロリー消費も減らそうとしました。あなたの人肌で私を温めれば、冷えないし疲れません」
確かに、よく分かる。
僕も餓死が弱点だから、カロリー対策は万全だ。
携帯食を切らさないよう、腐っていないか常に確認している。
でも、矛盾しまくってない?
(僕に触れれば、逆に体温奪われて冷えそうだが?)
僕の体温が低すぎるから自分で温めればいいと言いながら、女子の自分は冷え性対策に僕の体温で温めればいいという。
(この子、頭大丈夫か?)
いや、そうか。
彼女は暗示で体温を上げたのかもしれない。
人は思い込みで生きているって言うからね。
「どうです? 思い付きにしては名案ではないですか?」
「うん、そうだね」
テキトーに話を合わせた。
この子はちょっと距離感がおかしいみたい。
少年少女がひとつ屋根の下で寝るのもどうかと思ったけど、腕枕なんて冗談じゃない。
女の子は、男の子に比べて大人だと本で見た。
世界が変わっても、やっぱり女の子はませている。
同年代の普通の少年であれば、うっかり騙されているところだ。
少女の男殺しが今後どんな成長を果たすのか、僕は興味ないので好きな相手へ存分に力を発揮してほしい。
僕と同じ年であれば、女子は化粧や衣服にはしゃいでもいい頃だ。
対して、同年代の男子は大体クソガキだ。
いつまで経っても、野生の茶色いソフトクリームを枝で突きたくてたまらないのだ。
「そうだね、でも少し離れてくれない?」
確か、カンチョーも流行ったよなぁ。
前世ではカンチョー禁止発令後、職員室では歓声が上がっていた。
僕は一切関わっていないが、保護者説明会も開かれて大変だったらしい。
以下、校長先生が全校朝礼で話している。
優しく微笑んでいるのに声音は冷たく、終始丁寧な口調で静かにブチギレていた。
『肛門は人体の急所です。クリティカルヒットして肛門括約筋が破壊された場合、う○こ垂れ流しのまま、おならで空も飛べるはずです。現在、半数以上の教師が痔に悩まされています。もしカンチョーを続けるようであれば、いずれ人工肛門で生活することになるでしょう。冗談抜きにして命にも関わります。重大事故にまで発展した場合、訴訟も検討しています。学校側は生徒の退学、停学も辞さない覚悟です。後日、保護者の方へ説明会も行います。カンチョー関連で退学した生徒を復学させる気はありません。既に教育委員会からも、了承の意を公式に受け取っています。彼等の返答は、当校の長である私に全て一任するとのことでした。浣腸は医療行為ですがカンチョーは立派な傷害行為です。生徒の皆さんも、重々承知した上でカンチョーして下さい。大丈夫です、安心して下さい、約束します』
朗らかだった笑顔の校長が、一瞬で別人のように変わっていた。
『必ず、想像以上のことをしてあげますから』
最初は冗談だと思って笑っていた同級生の顔も、どんどん青ざめていった。
中には失禁し、過呼吸を起こし、身体の震えが一日中止まらなくなった者も居た。
その多くがガキ大将的なヤンチャ坊主達だったので、まぁ自業自得だ。
当時小学生だった僕は、教師ってヤベェ人達だなぁと少しだけ興味を持った。
あれ? 何の話だったか忘れた。
(あーそうそう、情操教育についてだ)
僕は、健全な少年少女達が真似しないように彼女から離れることにした。
床に置いていた靴を履く。
「残念です」
少女も、僕に続いて檀上から床へ降りた。
顔が真っ赤で暑そうだったけど、体温は指先から下がっていくと聞いたことがある。
子供の内から冷え性なんて、カルタさんも大変だよな~。
「そろそろ始まるよ」
身体の調子を確かめる。
強張っていた筋肉を念の為にほぐしておいた。
「もう時間ですか?」
カルタさんも、僕の真似をして身体を動かしていた。
「そうだね、終盤のイベントが始まるはず」
妙に懐かれている気がするけど、テキトーに話を合わせ過ぎたかもしれない。
(ヒロインっぽいと思ったから助けた、なんて言えないよなぁ)
冒険者は成人済みがほとんどだ。
対して彼女の年齢は、どう考えても十代前半。
その中でパーティーメンバーとして在籍しているだけでも凄いのに、この公開試験の中盤まで誰の手も借りることなく生き残っていることもおかしい。
絶対に何か持っている側の人間だ。
学園に通うなら、キーキャラクターになるだろう。
トラウマになりそうな姉のイカれ試験が、彼女に悪い影響を与えるかもしれない。
精神的ショックを受けて、メインシナリオに響いたらどうしてくれるのか。
できれば離れて見守りたかったけど、脱落されるよりは良い。
よく考えずに関わった過去を呪った。
「仮面さんもよく眠れたんですね」
僕の名前は仮面さんらしい。
アフロ仮面、って名前は確かにないよなぁ。
うん、僕も分かっているから。
直接言わないのが、彼女からの優しさだった。
ダサくて、本当にすみません。
「仮面さん、重ねてお礼致します。ありがとうございました」
「別にいいよ。お互いのメリットが重なっただけ」
「でも本当にありがとうございました。……お礼をしたいんですけど、この試験が終わったら連絡先教えてもらえませんか?」
食い気味に聞かれても、教えることはできない。
アフロ仮面がオセロ・リバーシ、ってことは意地でも広めたくないんだよな~。
裏ボスへの道は長く険しい。
予定はできるだけ入れたくない。
僕が隠れて活躍する舞台は、これからの学園生活だ。
それまでは色々と準備も必要になるから、時間は腐るほど必要なのだ。
目指すは主人公の親友役として悪ノリを極めつつ、学園の裏ボスとして君臨する道化の王。
そして、その正体は誰も知らない。
クックックッ……実に良い!
いや、今の笑いは小者っぽかったな。
(う~ん、どうしよっか? 連絡先はな~)
僕は仮面の下で悩みながら腕を組んだ。
今の僕は、アフロ仮面。
主催者クロエ・リバーシの弟でもなければ、裏方のアフロメーカー設置職人でもない。
ただの謎の仮面少年X君だ。
スピーカーにノイズが走る。
ナイスタイミングだぜ、姉さん。
『よーしよーし、データもたっぷり取れた! そろそろ戦場、絞っちゃうよーん!』
いつか見たハイテンション姉さんだ。
たぶん姉は気持ち悪い笑顔を浮かべている。
前に見たデュフ顔は、残念美人ここに極まれりだった。
まるでお菓子の袋でも開けるみたいな気軽さで、姉は宣言を続ける。
『五つのエリア、森林、河川、湿地、岩山、市街地。その内、安全エリアとして残るのは市街地だけ! 他はぜーんぶおしまい! 今すぐ移動しないと、どうなるかな? ぜひ試してみてね? じゃあ、スイッチオーンッ!』
司会進行役ウッサイさんの声が続く。
『皆さん、市街地へ急いで! 制限時間は十分! 過ぎたら退場です! ホントヤバいから、マジヤバいから早く! 急いで! 退場してもいいや、なんて気軽な考えは本当に辞めておいた方がいいです! 言いましたからね!』




