お待たせ致しました。次は暴走、暴走でございます。
もし参加者が入って来ても、私の姿は見えない。
気づかれる前に強襲すれば、どんな相手でも倒せるだろう。
終盤のイベント開始まで体力を温存しておく。
「おじゃましまーす」
(邪魔するなら帰ってー)
物陰から静かに覗くと、礼拝堂の入口で鬼が立っていた。
慌てて口を閉じる。
跳ねた心臓を落ち着けつつ、音を立てないよう体勢を整えた。
「また会ったね、カルタ・クラムさん」
気付かれた。
名前も覚えられている。
(敵になるつもりなんて全くない! でも相手が私のことを覚えていなかったら、戦わないといけないかもしれない! どうする!?)
会いたいとは思っていたけど、でもこんなに早く!?
身体が鳥肌になって震えていた。
(なんで!?)
動揺を抑え、もう一度覗き込んだ。
間違いない。
自分達のパーティーリーダーを倒した人だった。
鬼の仮面を被り、静かに入って来ている。
(どうする!? 戦う? でも私だってバレてます! 先制すれば倒せる!? でも……)
「場所バレてるよ? 埃を踏んだ足跡が残ってる」
ハッタリに決まっている。
私は気にせず細心の注意を払い、身を隠し続けた。
埃だって計算の内、この礼拝堂は綺麗ではないけど埃が積もる程ではない。
(分かる訳ない)
「前から四番目、入口から見て中央右から二番目の机の奥」
キュッ、と心臓を掴まれた気がした。
自分の姿は見えないはずだ。
足下だって、机と椅子で隠されている。
(なん、で……)
スンッ、と鬼が静かに空気を吸う動きがあった。
「起爆前のアフロメーカー四つ。身近で二つ爆発、残り三人中、生き残ったのは君だけか」
私の状況が全て把握されていた。
理解した。
(あぁダメだ、敵うわけがない。私が有利でも絶対に勝てない、格が違う)
でも、この人は参加者じゃない。
主催者側の彼は、ルール違反に対してしか動いてこなかった。
ルールを破る気も敵対する気も、私には全くない。
深呼吸を一つして冷静さを取り戻す。
大丈夫、頭の片隅に残っていた。
隠れたまま、口が渇く前に声を出す。
「貴方は、さっき会った嘘吐きさん?」
「嘘吐きなんて失礼しちゃうな〜。偽名だって正直に言ったじゃないか」
彼は、私の横をゆっくりと通り過ぎていった。
近づいてくる彼の姿を捉え続けるが、視線を私に向けることはない。
(よかった、相手にされていない)
本当に少しだけ、腹も立った。
けど今は自分大事に、だ。
仮面さんは、壇上を掃除し始めた。
「安心しなよ、時間になるまで寝るだけだから」
仮面さんは、私の存在を気にした様子もない。
彼は靴を脱ぎ、綺麗にした壇上へ寝転がり目を閉じた。
私の行動は正しかったみたい。
身体の力が一気に抜けた。
実力差は歴然、あの人が動けば一瞬で負けるだろう。
気にした分、私が疲れるだけだ。
「時間って、何のことですか?」
壇上の彼は仮面を付けて寝転んだまま、下に居る私の質問に答えていく。
「君も気づいてるでしょ?」
「なにを、ですか?」
「今やってるのは、参加者同士の潰し合い」
心を読まれている。
本当に戦わなくて良かった。
「中盤があるなら終盤がある。終盤のイベント開始は夕方、もうしばらくは参加者同士で潰し合いだよ。君のように武器を蓄えてから、潜伏するのが一番いい」
私が質問したことに答えてくれた。
でも、なんで答えてくれた?
嘘を吐かれた感じもない。
「どうして、私に教えてくれるんですか?」
「快適に眠る為だよ」
戦いの最中に何を言っているんでしょう?
いつ吹き飛ばされるかわからない状況で、眠るなんて正気じゃない。
掃除も黙って見ていたが、始めは何かの儀式だと思っていた。
痛いのはイヤだ、アフロにだってされたくない。
お金も時間も足りない中、毎日この髪を綺麗にしておくことが私の楽しみなのだ。
だからアフロなんて、絶対に御免だ。
極限状態で眠れる程、私の肝は座っていない。
(一瞬だってチリチリにされて堪るものですか!)
それでも続けているのは、オーターメイド引換券が金に代わるからだ。
引換券を手に入れて貴族と交渉して大金を得れば、冒険者を続ける必要もなくなる。
二十才を超えた大人が占める中、自分はまだ十三才の子供。
冒険者としては幼過ぎる。
お金があれば、諦めていた学校の準備金に回せる。
冒険者だって、すぐに辞められる。
服も食べ物も住むところだって、好きに選べる。
私が生きたいように生きる為には、誰にも頼らなくていい位にお金が要るのだ。
「私のこと、舐め過ぎではないですか?」
寝るのは大事だ、それは分かっている。
自分の実力では勝てない相手、と理解もしている。
けれど、強者も弱者に成り下がる時間がある。
(どれだけ強くとも、意識を無くした相手であれば……)
「舐めてない」
ショートソードに指が触れた。
仲良く戦うというルールに反しないよう、剣を持たないよう気を付けてきた。
けれど今必要なのは相手を倒し、自分の実力を証明する分かりやすい武器だった。
「だから取引しない?」
ショートソードを握った手を慌てて離した。
「誰か近付いてきたら教えて。何とかするから」
意味が分からない。
こんなに強い人が、今更私の協力を必要とする理由なんてないはずだ。
「僕と手を組んだ方が良くない? それまで寝てるから、誰か来たら起こしてよ」
私にとって良いことしかない。
「君も寝れば? 僕は脳みそ半分ずつ眠らせるね。完全に寝落ちしないから便利なんだー」
この提案に乗るべきだ。
頭では分かっている。でも……。
「貴方にメリットは?」
「だから寝る時間が欲しくて、」
そんな理由、信用できない。
正直な嘘吐きさんであろうと、この場は流せない。
「嘘でしょう? 今、ずっと起きてられるって言ったじゃないですか」
「言ったかな?」
「言いました」
机に寝転がっていた彼は、起き上がって私の方を見た。
無機質な仮面が、今はとても怖い。
「どうして、僕にメリットがないのかな?」
恐怖で声が震えないように我慢しながら、喉と舌をゆっくり動かす。
「貴方の実力なら、私が居ようといまいと、関係ない。むしろ、私が居ない方が、自由に動ける。違い、ますか?」
今すぐに逃げ出したい身体は、太腿を抓ることで抑え込む。
「そうだね」
「では、どうしてですか?」
「僕が君達のリーダーさんを倒した後、君お礼言ったでしょ? 近寄らずに逃げるのが普通なのに、君は感謝してお辞儀までした。その時に思ったんだ。少女の成り上がりは見てる方も楽しそうだなぁ、って」
は?
身体が耐え切れず、ゆっくり崩れ落ちた。
意味の分からない理由を聞いて、気が抜けている。
「え~っと、つまり……情けを掛けた?」
「純粋な君への興味、と言ってほしいね。僕も年頃の男の子だ。同年代の女の子に興味を持つのは、至って普通のことじゃない? じゃ、後はよろしく〜」
仮面の人は、元通り机へ寝転んでいた。
寝息まで聞こえる。
これで半分起きているんだから意味不明な人だ。
「なんですか、それ」
体操座りをした脚の上に、顔を埋めた。
今までの緊張が解けて、少し熱を持ってしまったらしい。
口元がにやけるのも、きっと吊り橋効果だ。
極限状態で結ばれる男女の話なんて、冒険者をやっていればよく聞く。
大丈夫、勘違いなんてしない。
絶対に気のせいだ。
きっとそうだ。
そうだと言ったら、そうなのだ。
(だから私は誰に言い訳したいんですか!?)
一人でボケとツッコミを繰り返した後、仮面の少年を見た。
(どんな風に寝ているんでしょうか?)
起き上がって靴を脱ぎ、壇上に昇って彼へ近づいた。
身体の大きさは私の方が大きいくらいだ。
同い年の少年少女であれば、特に不思議なことではない。
女の私の方が、男である彼よりも身長が伸びるのは早いんだろう。
(口説かれた、んですよね?)
子供のくせに、変なところで大人びている。
これも長年の冒険者生活のせいだ。
『純粋な君への興味』
『僕も年頃の少年だ』
『女の子に興味を持つのは』
彼の口元を見ていると、さっきの台詞が頭の中で繰り返された。
この男の子は、小さな寝息を立てながら目を閉じている。
無意識の内に手が伸びて、彼の肌に触れていた。
(体温、低過ぎませんか?)
気温は寒くない。
放っておいても、風邪をひくことはないだろう。
でも万が一に体調を崩してしまえば、私の身も危ない。
今、彼と私は協力者だ。
もし礼拝堂に侵入者が来れば、私の強さでは不安が残る。
(これは彼に快適に寝てもらうことで、私の身を守る為に必要な……そう、私は彼の抱き枕です! 安心感と癒しを与えながら寝る姿勢が整えば、快適な睡眠を提供できます!)
私は隣に寝転んだ。
彼の両手を身体に纏わせ、自分の手を彼の肩に置く。
(ふふっ、特等席ゲット)
私は目をつぶった。
戦場の緊張もあったんだろうけど、今までにない安心感で眠りに落ちていった。
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公開試験終了後の夜、カルタ・クラムは夢を見た。
登場人物は、彼女とアフロ仮面の恰好を崩さないオセロ・リバーシ。
うふふ、あはは、と夕日のビーチで水を掛け合っている。
その後はまぁ、その、あれだ。
青春真っ盛りの脳内お花畑ちゃんが、幼い妄想でキャーキャー言うヤツである。
早朝に夢から覚めた後、少女は仮面さんが夢に出てきた理由を考えた。
彼女自身、現実での行動理由もたくさん考えた。
普段は男子に興味のない自分が、初対面の相手に添い寝までするなんて予想外だ。
恥ずかしさで赤面し、顔の熱さで何度も水を被った。
夢とは深層心理が表れるもの。
答えに辿り着いた彼女は、顔を真っ赤に興奮させながら抱き枕でベッドを殴り続けた。
結果、宿の女将に説教されてタダ働きすることになったらしい。
それでも彼女のニヤニヤ顔は消えず、さらに怒られた。
そして、女将は色々と察した。
気になって質問した結果、毎晩カルタの相談を聞かされている。
最初は退屈そうに聞いていたが、少女の片恋相手へ楽しそうに八つ当たりを始めた。
今日も女将は、面白半分に入れ知恵する。
桃色の目は、今日も絶賛片想い中だ。




