主人公育成計画
転生前の話です。
小さな頃から、とんでもなく影が薄かった。
困ることを数えればキリがない。
クラスの集合写真で、常に右隅へ合成される。
自動ドアに無視され、ガラスと何度もぶつかる。
掃除用ロボットからはゴミ扱い。
学校では七不思議の幽霊だ。
見えない知らない分からない、と人生散々である。
しかし、僕は【裏ボス】の存在を知った。
物語の裏側で静かに暗躍し、全てのイベントを自由自在に操る最強の隠しキャラクター。
必要とあらば表舞台へ紛れ込み、用済みの役者を舞台から退場させ、静かに立ち去っていく。
正義の味方、悪のカリスマ、中二病の魔法使い、……。
みんなが夢を消していく中、僕の裏ボスへの執着は一層強くなるばかりだ。
影が薄過ぎれば、いつかどこかで野垂れ死ぬ。
その予感は当たった。
何度も車に轢かれそうになった。
何度も鍵を閉められて閉じ込められた。
僕の影の薄さは致命的だ。
対策しなければ、冗談抜きで天に召されてしまう。
目立たなければならない。
強くならなければならない。
その為には手段を選んでいる暇はない。
できなければ死ぬ。
とりあえず裏ボスくらい強くなれば大丈夫なはずだ。
今は僕自身の存在感を確認する為、色々と実験中だ。
しかし、目立った成果は上がっていない。
例えば、美少女転校生との衝突遭遇イベント。
これはラブコメ展開にならなかった。
曲がり角でパンを咥えた転校生にぶつかり、彼女を遅刻させそうになっただけだ。
途中で彼女のストーカーを見つけたけど、残念ながら逃がしてしまった。
しかし、たまたま偶然財布が転がってきたので良しとする。
僕の裏ボス貯金に加えたけど、良い子は絶対真似しないように。
遅刻もしたが、出席名簿に毎回自分で書き足しているので特に気にしない。
他には、陽キャ集団との肝試しイベントがあった。
やはり、これもホラー展開にはならなかった。
かつらで変装し井戸から飛び出しても、気づかれずに素通りされてしまった。
下に居た悪霊を踏みつけていたのは、流石に悪いと思っている。
彼女の出番も奪ってしまったが、問題ない。
土下座で謝ったら許してくれたのだ。
お互い大変ですねと朝まで会話を楽しんだ結果、素敵な幽霊さんは成仏していった。
透明化について、もっと聞きたかったのに残念。
しかし、まだぬるい。
痛みを天秤に乗せなければ、今以上の進化はないのだ。
毎日気配を消しては作り消しては作りを繰り返す。
動物園でライオンとサーカスしたり、大企業のオフィスを社長の椅子でドライブしたり、怖いお兄さん達と鬼ごっこした。
バレれば抹殺されるが、次に進む為には必要なことだ。
肉体も鍛えようと思って道場に入門したが、気を抜いたらすぐに忘れられた。
ジムにも通ったけど自動ドアが鬱陶しかったので、今は自力で鍛錬を積んでいる。
動画サイトと古文書と現代科学を参考に、あらゆる挑戦を繰り返した。
真冬に滝に打たれ、暴走族で関節技を極め、天井から吊るした鉄アレイを避けながら山盛りの白米を搔っ食らう。
その甲斐あってか、日常に変化が現れた。
自分で名簿に書き足す必要が無くなったのだ。
教師から自分の名前が呼ばれ、同級生はもちろん呼んだ教師も驚いていた。
(超、気持ちよかった)
放課後に同級生の一人、イケメン佐藤君から絡まれたのは思いもしなかった。
悪い奴かと思ったが、彼はとても良い奴だ。
彼の友達とも意気投合してカラオケまで行き、一緒にラーメンも食べた仲になった。
お金は僕が全部払ったが、全く問題ない。
裏ボス貯金を切り崩せば済む話だ。
みんなの話を聞いていると、青春を謳歌する為に日々節約の毎日らしい。
病弱な両親と生活していたり、進学資金を自分で稼ぐ必要があったり、ファッションに興味があったりととても忙しそうだ。
バイトもできない中学生には死活問題である。
『ぜひ応援したい!』
僕は裏ボスとして静かに動き始めた。
誰にも知られることなく、チラシとクーポンを財布に入れ、小銭から紙幣へ少し色を付けて換金し、有用な情報をノートにまとめて机に忍ばせた。
しかし異変が起きた。
佐藤君が僕を避けるようになったのだ。
僕には全く心当たりがない。
佐藤くんを見ると目を逸らすので、気になって佐藤君を護衛し始めた。
すると、彼が上級生に絡まれていた。
佐藤君は意味不明な理由で何度も呼び出され、殴られた後に金を毟られて物も奪われている。
僕の名前が出てきた時は、少し責任を感じた。
彼には少なくないお金を渡している。
その応援金を赤の他人が奪うのなら、少しお灸を据えなければならない。
彼の友達と思っていた人達は見て見ぬフリだ。
彼等のことは忘れることにした。
人間関係、時には縁を切ることも重要だ。
上級生には、ドッキリを仕掛けてみた。
『往復ビンタ連続五回チャレンジ』
彼等と出会う度、僕が往復ビンタする。
隣の仲間と喧嘩し始めて目立ってしまうのが難点だ。
『トイレ争奪戦』
全員の飲み物に下剤を仕込んで、下痢にする。
僕はポップコーンとコーラで鑑賞した。
『三種の神器(食)』
休憩時間に忍び込み、筆箱を回収して食べ物を詰め込む。
丁寧に箱詰めしたのは、世界一まずい食べ物(塩っぱい飴)と世界一臭い食べ物(酸っぱい缶詰)と世界一痛い食べ物(ただの唐辛子)だ。
全てを終わらせた後、上級生をボコボコにしておくことも忘れない。
もちろん、裏ボスとして姿は絶対に晒さなかった。
今でこそ存在感は人並みになったが、元々の僕は透明人間と変わらない。
本気を出せば、僕は簡単に透明人間へ戻れるのだ。
色々あったが無事、佐藤君の日常が帰ってきた。
しばらくは佐藤君の笑顔が少し引き攣っていたが、気にしたところで佐藤君の問題だ。
変に拗れないよう、僕も普段通りに話していればいい。すぐに馴染むだろう。
上級生の調査中に佐藤君と元友人達の嘘には驚いたけど、気にしないことにしている。
もう終わったことに時間を掛けていられない。
主人公として考えると、佐藤君は一級品だ。
彼の周りでは、多くのイベントが発生している。
けれど主人公が強くなければ、裏ボスは登場することなくゲームが終わってしまう。
僕は考えた。
主人公が居ないなら自分の手で作ればいい、と。
幸い、主人公の卵を見つけられた。
後はレベル上げも含めて、僕が育てればいい。
高校は超進学校を目指して佐藤君と受験し、一緒に合格して無事入学を果たしている。
佐藤君専用の更生プログラムは、受験を含めた中学三年間で全て終わらせていた。
敏腕Pと呼んでくれ。
目立つ場所には、目立つ奴が集まる。
予想通り、メインキャラの宝庫だった。
高校では、裏ボスへの道を邁進した。
中学は、下準備と人間観察で忙しかったのだ。
普段はモブに溶け込み、裏側で静かに暗躍しながら、主人公と対峙する時まで力を溜める。
イベント発生の時は、入学前に作った情報網が勝手に教えてくれる。
詳細は、企業秘密だ。
後は、一級建築士の佐藤君に合わせて都度組み上げればいいだけ。
僕は、日常パートでヒロイン達から罵られ、主人公に嫉妬しつつも恋愛仲介者をお調子者っぽく務め上げていく。
『友達じゃないか!』と『友達だろう? 助けてよ』は、やはり至高の組み合わせだ。
これぞ裏ボス! な高校生活を満喫しているところだった。
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メインキャラ達との下校中、前方不注意のトラックに轢かれた。
今、僕は吹っ飛ばされて血だらけに横たわっている。
「なんで!? どうして俺を助けた!?」
主人公の存在は、裏ボスに欠かせない。
最後まで彼には生き残ってもらう必要がある。
裏ボスは主人公を自然に助け、主人公に倒される存在だ。
しかし、今の僕は主人公を助ける友人A君だ。
裏ボスが負けることを許されているのは主人公だけである。
決して、四輪車如きに負けていい存在ではない。
(只の人では、裏ボスに届かない)
動かせない口とは逆に、頭の中では独り言がうるさい。
人は、ただの鉄の塊に負けてしまう。
高校三年生の夏、僕は限界に気づいてしまった。
大学卒業後の社会人編まで企画していたのに全てが台無しだ。
筋肉をいくら鍛えても、内臓までは強化できない。
どれだけ外側を鋼の身体にしても、中身は衝撃でシェイクされて二度と立ち上がれないのだ。
存在感のコントロールも無意味だった。
相手の視界に居なければ意味がない。
余所見されて血だらけの裏ボスなんて、我ながら笑ってしまう。
今のままでは、何もかも足りない。
(どうすればいい?)
赤く染まった視界には、メインキャラが大集合だった。
(え? もしかして最終回?)
主人公を中心にして、彼を慕うヒロイン達が忙しそうに立ち回っている。
(正妻戦争の開幕だー。主人公慰めて、誰が彼女になるのかな〜? どうせなら上手く使ってくれ)
しかし、表舞台にここまで影響を与えてしまうとは思わなかった。
これでは裏ボスではなく、ただの仲間でしかない。
自分の計画がクソ甘過ぎて、砂糖吐いて死にそうだ。
(このクソ運命め、僕以上に策士かよ。あーあ、負けちゃったか〜)
僕は、主人公の友人キャラも仲間キャラも目指していない。
裏ボスになりたいのだ。
視界の端で、光の玉がふわふわと浮いている。
「……ま、り、ょ、く?」
そうか! 魔力を持っていれば……。魔力のある世界に生まれていれば……。
光の玉は、時間と共に減っていく。
同級生達が握ろうとしてくる手を弱々しく振り払い、無意識に手を伸ばす。
一つだけ、光を掴んだ。




