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第一話「ごめんね」

 その世界は『八百万の世界』と呼ばれている。

 あらゆる異世界と接続する技術を持ち、様々な異世界の技術を取り入れていった。

 魔法、ダンジョン、超能力、タイムマシン……。

 圧倒的な技術力を持った世界。

 そこへある少女が訪れた。

 目的は母親の仇を討つため。

 陰謀渦巻くこの舞台で、彼女は引き金を引く。


 最愛の彼女へ送る、復讐譚。



 1



 あらゆる異世界との接続が成されてから三千年。

 今では三万を超える異世界との接続に成功していた。

 多くの異世界からの来客を受け入れ、またここで暮らす者もいる。

 彼女は異世界交換生として、この世界で三番目に優れた学園へ通っていた。


「ひゃっはー」


 テニスコートに響く奇声。

 その産主は彼女──黒井だった。


「黒井ちゃん強すぎだよ……」

「私は最強だからね」


 黒井に負けたのは、彼女の入学時からの同級生──更紗だった。

 更紗は黒井の圧倒的テニスセンスに敗北し、これで十二連敗を記録していた。


「さすがに疲れたから、ちょっと休ませて」

「更紗は何を言ってるの? 戦いはまだこれからでしょ」

「そんな……」


 気の抜けた声がテニスコートに落ちる。

 黒井は膝から崩れる更紗を見て、テニスラケットを下ろす。


「ま、そろそろ休むか。それに今日は、行きたい場所もあるし」


 黒井と更紗はベンチに座って水分補給していた。


「行きたい場所って?」

「丁度五年前に大切な人が亡くなったから、手を合わせておきたくて」

「それって確か、前に話してくれた……」

「私の母親」


 黒井は母親のことを思い出し、ふと笑みをこぼす。

 母親との何気ない、思い返せば楽しかった日々があったから。


「私も行っていい?」


 更紗は思い切って切り出した。

 黒井は少し考える。


「いいよ。じゃあ帰りにレストランにでも寄ろっか」

「うん」


 二人はテニス道具一式を返却し、シャワーを浴びてから下駄箱へ向かった。

 下駄箱では、誰かを待っているのか男性教師が時々周囲に視線を配りながら立っていた。

 黒井と更紗はその横を通りすぎるが、男性教師が動いた。


「黒井、話がある」

「今から行く場所があるので」


 黒井は男性教師に嫌そうな表情を見せつける。


「せいぜい十分ほどだ」

「五分なら構いませんよ」

「教師に向かって交渉するか」

「口答えよりはましでしょ」

「まあいい。じゃあ五分だけ顔を貸せ」

「移動時間も含まれますからね」


 黒井は更紗に五分だけ待っておくよう伝え、人気のない階段下に行く。


「もしかして私に告白ですか。まあこの世界じゃ合法でしたっけ」

「恋愛においての自由は保証されている」

「相変わらずこの世界は面白いですね。もう何千年も前に必要のなくなったお金でさえも、ギャンブルのような形で残してある」

「そうだな。この世界は最高のシステムによって管理されている」

「アマレイズ、でしたっけ」

「そのシステムのおかげで、犯罪を起こしても即座に処分され、治安は万全となる」

「まあ()()()はありますがね」


 黒井はじっと男性教師を見る。


「こんな話をするためだけに呼んだんですか」

「いいや、話は別だ」

「じゃあさっさと本題に入ってください」


 黒井はこれ以上雑談を交わしたくない、という意思表示をする。

 男性教師もそれを察し、すぐに本題へ移る。


「お前の成績に関してだ。お前は高等部第三学年において優秀な成績を残した。その功績として、ある権利が与えられた」

「それが本題……ですか?」

「ああ」

「新たな権利が与えられたなら、自分自身でも確認できますよね。なぜわざわざ口頭伝達を?」

「形式的だ。こうやって伝えておかなければ確認しない者もいるからな」


 黒井は更紗を思い浮かべる。


「まあそうですね……」


 この世界でのシステムは全てアマレイズに管理されており、誰もがそのシステムに干渉するために腕時計が支給されている。

 触れれば様々な機能を利用でき、買い物や施設利用に使え、また学校での授業履修の際にも使える。使い方が分からなくても、音声や文字でナビをしてくれ、誰でも使いやすい仕組みになっている。

 だが更紗は授業履修をし忘れた。何度もシステムが通知をしているはずだが、それでも。

 さすがに無駄だとシステムが判断したのか、同じクラスの黒井のもとまで通知が届き、更紗と仲良くなるきっかけとなった。

 今でも度々更紗のための通知が届く。


「ところで、私に与えられた権限とは何ですか?」

「一つはアマレイズレコードにアクセスできる権利」

「っ!?」


 黒井は驚く。

 アマレイズレコードはこの世界や異世界についてのあらゆる情報が眠っている場所。

 それにアクセスできるということは、この世の全てにアクセスできるということ。


「当然制限はある。閲覧できる情報はまだレベル1程度だ」


 それでも十分なほどだ。

 レベル1の情報を得られている者はまだ1パーにも満たない。

 その中に黒井も入ったのだ。


「もう一つあるんですよね」

「そうだな。もう一つの権利は──」


 男性教師は言いかけるが、口を閉ざす。


「ん?」

「もう一つは自分で確認しろ。それに、もう五分だ」


 黒井は腕時計に目を落とす。

 確かに丁度五分経っている。


「ですね。じゃあ帰ります」

「ああ。気をつけろよ」


 その言葉を、彼は殺意とともに放った。

 だがそれを、黒井は知らない。


 黒井が去った後、男は腕時計のメッセージ機能を起動する。


『黒井の娘が例の権利を手に入れた。彼女が全てを知る前に──』



 2



 黒井は更紗とともに母親の墓に手を合わせていた。

 そこで黒井が手を合わせて唱えたことは、この先の未来について。

 目を開け、隣で見守る更紗に顔を向ける。


「それじゃあ行こっか。レストラン」


 黒井は覚悟を決めた。

 だからこの日、更紗との時間を満喫することに決めた。


 レストランまでの道中。

 深い森を歩く。

 今にも何か出てきそうなほどの闇が広がっている。

 黒井は足を止める。


「ねえ更紗、黒幕杯って知ってる?」

「黒幕杯? 何それ」


 更紗は首をかしげる。


「五つの異世界を巡り、最も黒幕である人物だけが生き残れる大会」

「最も黒幕?」

「策謀を巡らし、いかに相手を追い詰めるか。自分が裏にいることを悟らせないか。それが重要になる」


 更紗は少し戸惑っていた。

 だが黒井は話し続ける。


「黒幕杯で生き残れるのはたった一人。全ての相手を出し抜き、仕留めることで勝利する」

「えっと……じゃあ、一人以外は死ぬってこと?」

「ああ。そして私も──」


 黒井は言おうとした。

 その大会で母親の仇を果たし、死ぬことを。

 だが言えなかった。

 今伝えようとしている相手は、これまで自分とともに笑い合い、喜びを共にした相手。

 長い時間を共有した相手に、自らの喪失を伝える。

 それがどれだけ残酷なことか、黒井は今気付いた。


 更紗の頬を涙が伝う。


「更紗……」


 更紗の涙を見て、黒井は言葉に詰まる。


「駄目だよ。それに参加して、何になるの?」

「優勝したらアマレイズレコードのレベル3までの情報にアクセスできる。そしたら母親が死んだ黒幕杯での真実も知れる」


 黒井は真実を知った後、母親を殺した者へ復讐を果たす。その後、贖罪として死ぬつもりだ。

 優勝できなければ復讐を果たせず死ぬ。

 いずれにせよ、黒井は死へ向かっている。


「やめてよ黒井ちゃん……。私は……まだ黒井ちゃんと遊びたいよ。まだ私の故郷を見せれてない。高校を卒業したら、見に行くって約束したじゃん」


 更紗は悲しみを叫び、必死に引き止める。


「ごめんね。私は……それでも復讐を果たしたい」


 黒井は更紗の目を見ることができない。

 その目を見てしまえば、気持ちが揺らいでしまうから。

 ──とっくに揺らいでいる。

 学園には、ただ復讐のための力を得るために入学した。

 力を得たら、後は勝手に退学するつもりだった。

 うわべだけの交友関係を結んで、ある程度のコミュニケーション能力を磨く程度のつもりだった。

 でも──


 黒井は会ってしまった。

 更紗に。

 友達に。


「私は黒井ちゃんが好きだよ。だからお願い。行かないで」


 更紗の涙の訴えを聞く度に、黒井の心に痛みが走る。

 今なら戻れる。

 まだ手を汚していない。

 黒井が望んでいるのは──


「私は……」


 黒井は必死に言葉を紡ぐ。

 今度こそ、決意を固めるために。


「私は黒幕杯に出る」


 黒井の言葉が森に静寂をもたらす。

 更紗は涙を流し続けた。

 少女の泣く声が、森にこだまする。


「ごめんね更紗。私は……」


 言葉が見つからない。

 何て声をかければいいか、黒井は分からなかった。


 ただ彼女は、夢を見る。

 母親が死んでいなかった世界線。

 復讐心に駆られていなかった世界線。

 ただ更紗と笑い合い、幸せな平穏を送る世界線。


 だが全ては、叶わない。


 だって黒井は手に入れてしまった。

 アマレイズレコードレベル1にアクセスできる権利とともに、

 ──黒幕杯に参加する権利を。


「ごめんね……」


 目の前にある大切なものを手離さなければ、黒井の願いは叶わない。

 せめてその言葉を残して、黒井は更紗の前から去っていく。


 黒井が本当に伝えたかった言葉は、罪悪感に押し込まれ、消えた。

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