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遠い遠い君への絵

作者: -Pi.ca-

 俺は今、自宅から七百キロ以上離れた公園にいる。

 山の斜面が芝生になっているここは、見下ろすようにして見える街並みと、その奥にある雪が残ったままの山々がはっきりと見え、申し分ない景色を堪能できる。

 そんな景色を前に俺は、感動もせず、見惚れることもなく……。

「おにーさん、こんなところで何してんの?」

 ……ぼーっとしていたところを突然声をかけられ、そちらを向くと不思議そうにこちらを見る少女が立っていた。

 恐らく自分と同い年か少し年下だろう。肩に掛かるか掛からないかほどに伸ばされた黒の髪の毛はハネ毛の一本も見えず、均整の取れた可愛らしい顔立ちをしている。

「……なにって、景色を見てるだけ」

 しかし、俺としてはこの子とはあまり関わりたくなかった。と言うより、人と関わりを持ちたくない。なぜなら……。

「ふーん? なんで?」

「……なんでなんだろうな」

 一旦はぐらかしておく。以前の俺ならきっと……。

「へえー? わかんないの?」

 俺の返事にその少女はにまにまと笑いながら横に座ってきた。

 そして、何ということもない感じでこう言ってきた。

「私には、早く死にたいって思ってるように見えたけど?」

 ――一瞬、何を言ってるのか理解できなかったし、それより……。

 なぜ、言い当てられたのかが理解できなかった。

「あれ、図星って感じ?」

 衝撃で返事ができなかった俺を見て少女は嬉しそうに言ってきた。

 その顔を見てようやく俺は反論を試みる。

「急に、何言ってんだ? 意味がわからないな」

「いやいや、顔に書いてたし。白けたところで無理だよ? もうバレてんだから」

 どうやら相当自分の考えに自信があるらしい。これ以上嘘をついたところで意味はないだろう。

「……わかったよ、そう、自殺しようと考えてた」

 俺は観念してそう告げた。

 自殺したいと思ったのはここ数ヶ月前ぐらいからだが、その原因を作ったのはここ数年所の話ではない気がする。

「そっか、何で?」

 少女はストレートに聞いてきた。(たぐい)って少し躊躇(ためら)うものじゃないのか?

「なんで言わないといけないんだよ。君には関係ない」

「えー、だって気になるし」

「そんな理由で言うとでも思う?」

「うそだって。あ、気になるのは本当だけど……私はね、君の自殺を防ぎたくてさ」

 これまた意味がわからなかった。出会ってまだ数分しか経ってない人の自殺を防ぎたいなんて、とんだ変人だな。

「うわ、私のこと変人って思ったでしょ」

 俺は寒気を覚えた。この少女は心まで読めるらしい。

「思った」

「酷っ! ……まー確かに誰かもわからない人に自殺をじゃまするって言われても訳がわからないだけか」

 すると少女はこちらを向いてニコッと笑った。

「私は内藤(ないとう)雪凪(ゆきな)。いまは大学二年生だね。誕生日は九月十三日生まれのおとめ座でB型です!」

 突然の自己紹介に動揺したが、俺にも礼儀は存在している(はず)ので、軽く名前程度は返しておこう。

日野(ひの)奏那(かなた)。二十歳で大学は行ってない」

 その瞬間、少女は固まった。信じられないというように、こちらを見つめる。

「へ、へえ、奏那って言うんだ。同い年なんだね。よろしく!」

 明らかにに動揺していたが、すぐに元の調子に戻ってしまった。ただ俺は名前を言っただけだが。そんなに俺の名前って変か?

「ってことで、お互い知らないもの同士じゃなくなったんだし、何で自殺したいのか聞いてもいい?」

 何故か嬉々とした顔で理由を聞いてこようとする雪凪。

「やだよ」

「えー、私達もう知り合いだよ?」

「知り合いだからってそう易々と言えるようなことではないだろ。言いたくもないし」

「むぅ。それはそうだけどさ……。いいじゃん、ね? それが今後の君の生活に関わるかもしれないんだからさ」

「どう変わるのかが全くわからん」

「聞いたらわかるから! ね?」

 そうやって雪凪にどんどん押され……いつのまにかぽつぽつと語り出していた。

 俺の家庭環境は、暴力こそなかったものの、はっきり言って終わっていた。

 両親は愛のない結婚をさせられたためお互いに興味がなく、一夜の過ちでできた俺は視界にすら入れてなかった。

 恐らく俺の下の名前なんて覚えていなかったのだろう。両親から呼ばれた記憶もないし、初めて自分の名前を知ったのは保育園の先生に呼ばれた時だ。

 さらに、俺の父はギャンブルと女がとにかく好きだったので、家庭は常に貧乏。俺は母親から生活ギリギリのお金しかもらえなかった。それに、ろくに育ててもらえず、家事の一つもやり方が殆どわからなかった。

 当然、学校に行く服も清潔感がなく、両親を見て育った俺は人というものに信頼を置けず、誰とも話さず過ごしていた。そうなるといじめられるのは必然だったのかもしれない。

 学校に行けば直接死ねと言われ、トイレに行けば水をかけられ、便器の水を飲まされそうにもなった。このことを絶対知っていたはずの先生達も、事態を大きくしたくないのかほぼ介入してこなかった。

 中学もそのまま上がったのでいじめはなくならず、相手は体格も大きくなっていたのでさらにエスカレートしていく。

 そのまま地獄よりも辛かった九年間を耐え、中卒でいいと考えていた親を強引に説得して少し遠い高校に進んだ。

 遠い高校に行けば多少はやり直せるし、地元にいる時間が少しでも減ると考えた。

 しかし環境が改善されることはなく、逆にそれ以降家庭環境も学校の環境もますます悪くなっていく一方。

 最初はそれでも耐えていたが、ある時から急に朝起きただけで何度も嘔吐するようになり、ついに家から外に出られなくなり学校を退学した。

 かと言って家にいた所で何かが変わるはずもなくクソみたいな日々を過ごした。

 そこから数年経った頃、ようやく俺はこの世にいる意味がないと感じ、自殺をしたいと思うようになった。

 今考えるとよくここまで自殺せずに生きてきたなと思う。

 ただ、もちろんそう簡単に死ねるわけもなく、いざ実行しようとすると躊躇ってしまい、なかなか最後の一手が出ずにズルズルとここまできた。

 一応退学してから数ヶ月経つと夜であれば家から出られるようになった。そして特にやることがなかった俺は深夜にコンビニでアルバイトをはじめた。さらに生活費は母からの金で何とかできたのでお金は少し貯めることができた。

 だから、死ぬ前に目的もなしにどっかに行きたいと思っていた俺は、その金を使い家から逃げるように電車とバスを乗り継いだら、惹かれるようにこの公園にたどり着いていた。

「……なんか、ごめん」

 俺が言葉にすると思ったより中身が薄かった話を終えた後、雪凪は俯いたまま謝ってきた。

「ごめん、軽々しく聞いちゃって」

「いやいいよ。正直もう気にしていないし」

 俺が言うのを拒んでたのは、事情を表面でしか知らない人間に同情されたくなかったからだ。

 よくよく考えたら同情する箇所なんてないのだが。

「そっか。……まあ、自殺したい理由はわかったし、したいのも、わからないことはない。けど、させない。絶対にね。私にも、私の思いがあるし、こうやって出会った以上、何としても君を生かす。そして……」

 雪凪は黙り込んでしまい、そのあとに言葉は続かなかった。

 どうしてそんなに俺を自殺させたくないのだろうか。よくわからない。

「……俺は、自殺が本当の目的じゃない。ただ、あの両親も、周りの奴らも、とにかく、人ともう関わりたくないんだよ。……それは、君も例外じゃない」

 これは、ずっと俺が抱えてきたこと。確かに、さっきの話は誰かに聞いて欲しかった面があったかもしれないけど、根本は変わらない。

「んー」

 願いは少し届かなかった。まだ俺に聞きたいことがあるようだ。

「……一つ聞くけどさ、奏那はどこに住んでるの?」

 質問の意図がわからなかったが、だいたいの住所は言っておいた。遠いし別にそんなに変わらないだろ。

「え、遠すぎない? そんなとこからここまできたの?」

「……まあ」

 もう死ぬだけだし、もうなんでもいい。

「じゃあ、行くあてもないよね」

「あの世にある」

「面白いね」

 絶対思ってない。

「……じゃあさ、私の家に来る?」

 突然真顔でとんでもないことを言い出した。何言ってんだ?

「……何言ってんだ?」

 思わずそのまま声に出す。雪凪はなんてことない感じで続ける。

「だって、そんな環境で育った奏那はさ、多分家事得意じゃん?」

「……まあ」

 俺も成長をしないわけじゃない。確かに小中の時は洗濯もままならなかったが、高校を辞めて家にずっといた時に色々できたお陰で今は大体のことはできるようになった。

「じゃあ、私の家で居候兼ハウスキーパーしてよ。私家事苦手だからさ」

 ますます意味がわからなかった。雪凪は異性が一緒に住むことを何とも思わないのか。何て強靭なメンタルなんだ。

 ただ、こっちからしてみても悪い話ではない。むしろ良い話だろう。

 何より、地元と親の元を離れられるだけで十分だろう。もし何かあったら、それこそ自殺すれば良い。

「……いいのか? 俺も一応男だぞ?」

 とりあえず聞いておく。

 すると雪凪はにっこりと綺麗な笑みを浮かべた。目だけ笑ってない。怖。

「大丈夫。私、こう見えても空手やってたし、いざという時は蹴るから」

 ヒュッとした。どことは言わないがとにかくヒュッとした。

「すいません」

「あはは、半分冗談だって」

 半分なのが恐ろしい。

「……それに、君はそんなことしないって知ってるし」

「ん? なんかいったか?」

 その後の発言は声が小さくで聞こえなかった。

「いや? なんでもないよ。さ、どうする? この提案乗る?」

 このまま乗ってもよかったが、俺にはまだ不安要素があった。

 それは、内藤雪凪という人物を、本当に信頼していいのかどうか。

「あのさ。何でここまでして俺の自殺を止めたいんだ?」

 改めて、気になっていたことを聞いてみた。

「さっきも言ったけど、私の信念、かな。それに……」

「それに?」

「……やっぱり何でもない」

 はぐらかされた。

「……あー。もしかしてまだ信頼できてないのか」

「察しが良いな」

「まーね。んー、わかった。私今マンションに住んでるんだけどさ、もし奏那が嫌だなと少しでも思ったら、私が隣の部屋を借りるから、そこで生活して。で、私は一切関わらない。ただ、家賃を肩代わりするだけ」

「本気か?」

「うん」

 返事からして、どうやら本気らしい。

 ただ。俺は確かに人とほとんど喋ったことがないが、察しは悪くない方だと思う。だから、一つ思った。

 多分、そんなことしたら雪凪の財力が持たない。雰囲気からそう感じた。

 なぜそこまでしてくれるのか未だにわからないままだが、こんだけ考えてくれてる人のことを無碍(むげ)にするのも良くないと思った。

 それに、雪凪は、少しだけ信頼しても良い人間なのかもしれないと思いつつあった。

「そこまでしなくていいよ。何かあったら言うし」

「じゃあ……一緒に住んでくれるの?」

「こっちからお願いしたいぐらいな気もするけど」

「やった! これからよろしく!」

 そうして、何故か喜ぶ雪凪と共に二人での生活が始まった。 

 そこからの二人での生活は思いの外順調に進んでいた。

 一応親に別の所に居候する旨を言った後、すべての荷物を持ち半日以上かけ雪凪のマンションへとやって来た。

 雪凪の家は一人にしては広く、広めのダイニングがある上俺の部屋まで確保できる程。とりあえずパーソナルスペースがあることに安堵した。

 基本的に家事全般は俺。雪凪はたまに洗濯物を干すのを手伝う程度。

 最初部屋に来た時はほとんど足の踏み場も無かったが、今では見違えるほどに綺麗なった。

 そして、雪凪の提案により、時間が合えば必ず二人で食事を取ることになった。

最初は断ったが圧力に負けた。やっぱり無言って怖いな。

 今日も俺が作った料理を二人で食べる。

「マジで奏那の作る料理おいしい!」

「ありがと」

「いやー、それにしてもこの部屋も綺麗になったもんだ。よくできたね」

「どの目線で言ってんの?」

「上からに決まってんじゃん」

「よく上から言えるね。汚したの誰か知ってんのかな」

「私の頭はご都合主義なので」

「それ自分で言う?」

 こういう他愛もない会話をしたことがなかった俺にとって、この時間は結構楽しいものになった。これぐらいから、俺は雪凪を信頼のできる人だなと思い始めていた。

 雪凪はレンタルショップでアルバイトをしていたため、家事以外やる事のない俺もそこでアルバイトをすることにした。

 雪凪は大学に行っているが、俺は行っていないため、家のことが終わり暇になったら単発のバイトを入れるなどをして少しでもお金を稼いだ。これぐらいしないと雪凪に申し訳ない。

 それでもたまに時間ができると、俺が長年続けてきて、今できなくなってしまった……「絵を描く」ことに挑戦している。

 上手い絵を描けるようにするのではない。ただ、「絵を描くこと」筆を握って絵の具をつけ、それをキャンパスに乗せる。たった、これだけの赤子でもできるようなことができないのだ。

 物心ついた時から、何故か家にはクレヨン、絵の具、キャンパスがあり、気づいたら俺は絵を描くようになっていた。

 恐らく父の仕事の関係であったのだろうが、そんなことはどうでもよかった。

 それからというもの、どんなにいじめられても、自信作を破られても、何をされても、絵を描くのをやめなかった。

 絵を描いている時だけは、無心で一つの物事に没頭でき、自然と時間が過ぎていったため、とても楽しかった。

 しかし、高校を退学した後から、突然筆が持てなくなった。

 どんなに絵を描こうとしても腕が震え、筆がキャンパスにつくことがなかった。

 絵を描けなくなったのは俺にとって心の支えがなくなったのと等しかった。だから、これからはこういうことに耐えることができないと感じ、自殺を考えるようになった。

 それを、まだ雪凪には言えてない。なんとなく、こんなにも手を焼いてくれている雪凪を、これ以上心配させたくなかった。

 今日雪凪はまだ帰ってきていない。俺もやることは終わっていたので、いつものように挑戦することにした。

 キャンパスを開き、筆に絵の具を付け近づけてみる。

 しかし、もう少しという所で体が震えてだし、それ以上動かなくなる。

 無理矢理押そうとするたびに震えは大きくなる。

「……今日もだめかよ」

 まあいつものことなのであまり気にしないことにした。

 一度だけ残り数ミリのところまで行ったことがあるが、その日は中学の頃いじめられてた時のことが夢になり朝吐いてしまった上雪凪に滅茶苦茶迷惑をかけたのでそれ以降は全力でしなくなった。

 そもそもこうなってしまったこと自体トラウマが原因なのに、それにまた重ねるようにトラウマができてしまった。それだけで辛くなる。

 もう俺は絵を描けないんだな。

 そう思わずにはいられなかった。

 そうして三ヶ月が過ぎた頃、事件は起こった。

 その日雪凪は大学から一限からあり早朝に出ていった。

 それを俺は見送り、朝ごはんの片付けや部屋の掃除、洗濯物など家事をこなしていく。

 昼前にはすべて終わり、そのまま昼ごはんを一人で食べリビングでぼーっとする。

 そして、俺はふと思った。

 ここの方が絵が描けるかもしれない。

 いつもは自分の部屋でひっそり見つからないようにしていた。だが、今日は雪凪はまだ帰ってこないだろうし、なんにせよこの部屋が自分にとって1番落ち着くということを今感じた。恐らく、自室にいる時間よりもこっちにいる時間の方が長いからだろう。

 そうと決めたら早速俺はキャンパスと絵の具類を持ってきて描けるかどうかを試してみることにした。

 筆を絵の具に付け、キャンパスへと持っていく。

 しかし、結果はいつもと変わらなかった。やっぱり腕が動かなくなる。

 今回は行けそうだったので、少しショック。

 そのまま椅子に座ってた。すると。

「ごめんごめん、なんか午後の授業無くなってさー。……って、あれ? なんでもう(・・・・・)……」

「あ……」

 ……え? 雪凪? なんでいるんだ?

 突然帰ってきたことに驚き俺は動けなくなってしまった。その隙に雪凪はキャンパスへ近づく。

「……いやでも何も書かれてないけど……」

 バレてしまった。いやいけないことは何もしてないけど。なんとなく罪悪感が浮かんでくる。

 雪凪は不思議そうにこちらを見る。

「……どうしたのよ」

 諦めて俺は絵のことについても話すことにした。

 なんで、俺は迷惑ばっかかけているんだろう。

「……そっか」

 絵が描けなくなったことを話している時、雪凪は黙って話を聞いてくれていた。

 申し訳なかった。これ以上は負担をかけたくなかったのに。後悔が渦巻いてくる。

「あー。別に私負担だとは思ってないからね? 奏那のこと」

 相変わらず雪凪は心を読んでくる。

「うーん。そうね……確かに、心の拠り所は要るよね。ん。よし、わかった」

 急に立ち上がったかと思ったら、ビシッとこっちを指さしてきた。そして。

「私が絵を描けるようにしてあげる!」

 そう高らかに宣言した。


 ◇ ◇ ◇


 私は、嬉しかった。彼がもう一度できるようになったこと。それで、私は救われたんだから。

 何一つ、とまでではないけど、うまく進んでいた。これでいい。よかった。

 けど、一つだけ、誤算があった。

 もしかしたらと思った。ただ、先にできるようにするのを優先したかった。そしたら、さ。

 ……はあ。


この気持ちは、どうすればいいのだろう?


 ◇ ◇ ◇


「……で、なんで遊園地なんだ」

 絵を描けるようにすると宣言した日の夜、急に「明日行こう!」と強引に誘われて俺は雪凪と遊園地に来ていた。

「いやだって来たことなさそうだし。楽しさを知ってもらおうかと」

 来たことがないと思われてるのも、実際そうなのもなんか辛い。

「じゃあまずあれ乗ろう!」

 そう言って指差したのは、恐らくこの遊園地で1番大きなジェットコースターだ。

「初っ端から?」

「そう! とばしちゃうよ〜〜?」

 すごくウキウキな表情を見せながら雪凪は俺を引っ張り乗り場へと向かう。

 平日の午前なのもあってか、ほとんど待つことなくジェットコースターに乗り込む。

 ……なんとかなると思った俺が馬鹿だった。初めてで、あれは、ダメだろ……。

「あっはっは、奏那どうしたの、もうへばった?」

「逆にあんなん乗ってよくはしゃげるな……」

 序盤も序盤こそまだ楽しめたものの、すぐ吐き気との戦いに変わってしまった。

「そっかそっか、そんなに楽しかったのか、じゃあもう一回乗ろう!」

「はぁ⁉︎」

 ……さすがにもう一回は勘弁してもらった。

 それから雪凪は俺を引きずり続け、昼ごはん以外ほぼノンストップでアトラクションに乗り続けた。

「あ〜楽し〜〜! 最後はあれ乗ろ!」

 だんだん空が朱にそまってきた頃、雪凪が指したのは観覧車だった。

「まああれだったら……」

 俺は高所は大丈夫なので、あれならしんどくならないと思い乗ることにした。ようやく休憩を与えてくださった。

「おー、なかなか高いね」

「そうだな」

 結構遠くまで見えるなとちょっと感心した。

「……今日は楽しかった? ずっと私が引き連れてたけど……」

 しばらく外を眺めていると、雪凪が少し心配そうに訊いてきた。

「まあ、結構楽しかったと思う。初めてだったから驚きも多かったし」

「ほんと? よかった〜」

 俺の言葉を聞いて安堵する雪凪を見て、ずっと気になってたことを今もう一回聞いてみることにした。

「なあ、なんでこんなに俺のことを気にかけるんだ? 俺にこんなにする必要なんてないと思うけど」

「だって一緒に住んでるし……」

「そうじゃなくて、一緒に住んでまで世話を焼いてくれる理由」

 雪凪は口を(つぐ)んだまま黙ってしまった。

 沈黙の時間が訪れる。

 どうしたものかと困っていると、先に雪凪が喋り出した。

「……私の両親さ、どっちも自殺したんだよね」

 突然の発言に言葉を失った。

「母は私を産んでから精神的に不安定になって、私がまだ三、四歳ぐらいの時に自殺したの。そこから父が一人で育ててくれたけど……二年ぐらい前、ちょうど大学受験ぐらいの時に」

 ほんとに、何も言えなかった。申し訳程度の慰めすら。

「そこからさ、なんかわかるようになったんだよね。その人の顔を見るだけでさ、どれぐらい精神的に参ってるのか。それで君に会った時、もう今すぐ自殺しそうなぐらい顔が疲れてた。確かに奏那はなかなか後一歩が出ないから死ねてないって言ってたけど、心はもうとっくに死んでてもおかしくないぐらい疲れてた」

 だから、すぐに自殺しそうと言い当てたのか。

「両親が自殺してから、これ以上自殺を増やしたくないと思った。けど、自殺する人には自殺する理由があるからするのはわかってる。だから、奏那が自殺したい理由を聞いて、どうしたら止められるか、自殺しないって思えるかを考えたら、ああなった」

 ……ここまで聞いて、俺は純粋にすごいと思った。

 俺が言えることじゃないのはわかっているが、まずそう簡単に自殺をやめさせることはできない。その上で行動を起こしてることに驚いた。

 しかも、そういう相手は精神的に不安定なことが多い。俺はまだマシな方だったが、心中しようとしてくるやつなんていくらでもいる。

 なのに、相手のために自分の家に住まわすなんてことが決断できるのもすごい。

「なんか、偉いとか、すごいとかで収めたら良くないぐらいのことしてると思う。誰目線だよって話だけど」

「えへへ、そう? じゃあ自殺をやめる気に……」

「なってないかなぁ」

「そんなぁ! 最近まじで辞めようとしてるのかなって思ってたのに……」

「まあ以前よりかはする気は薄れてるかな」

 実際のところは、ほんとに自殺をやめようと思っている。

 まあ理由は色々あるが……、一番大きいのは、大切にしたいと思える人ができたことだ。

 今目の前にいる、芯があって、人を躊躇なく助けられる優しさを持つ人。この人を、ずっと大切にしたい。そう思うようになってきた。

 それ以降身だしなみや髪型に気を使うようになりはしたが、恐らく雪凪はこっちの好意に気づいていない。

 だから、きちんと伝えられる時まで気持ちは隠すことにした。

 客観的に見ても雪凪はかなり美人なので、今日も視線をよく集めている。だから、いつか雪凪が誰かに取られるかもしれないという考えが何度も頭をよぎる。いやまだ付き合ってすらないし「俺の」とかキモすぎるけど。

「むー、こうなったらやめる気になるまでこうやって引き連れるからね!」

「はいはい、その気になるまでね」

 ずっとやめる気にならないでおこうと思った。

 それから雪凪は週に1回は必ず俺を遊びに連れて行った。

 遊園地はもちろん、映画館、水族館にも行った。

 時には一日公園にいるだけとか、とにかく書店を回って本を見るだけという日もあった。

 必ず雪凪が俺を引っぱってどこかに行っていた。

 そうやって一緒に過ごす度に、どんどん雪凪のことが好きになった。

 一挙手一投足に目が行ってしまう。ちょっとキモいかもしれない。けど、この時間が幸せだった。

 どっかの小説のキャラが恋で人は変わるとか言ってたが、それは本当らしい。あんなに人のこと信頼できなかったのに、コロっと変わってしまったんだからなあ。

 今日は、以前家で見た映画の続編と新しいシリーズの映画と二本見て家に帰った。

 そして俺が作った夕飯を食べていた時、急に雪凪が

「そういえば奏那って好きな人いるの?」

 と聞いてきた。

 恐らく後に見た映画の影響なのだろうが、あまりに唐突だったのでむせてしまった。

「ちょ、大丈夫?」

「だ、大丈夫だけど……なんで急に聞いてきたの」

「いやそりゃあさ、会った時はそんなことできるような感じじゃないのはわかってるけどさ、最近はだいぶ笑顔とかも見せるようになったし、身だしなみも整えてるから、できたのかな、って……」

 身だしなみには気付いていたらしい。ちょっと恥ずかしいな。

 それ以上に恥ずかしがっていた雪凪は、最後になるにつれてどんどん声がちっちゃくなり、それに比例するかのように顔が赤くなる。

 悩んだ。ここで言って、もし振られたらもうここには居れなくなる。

「んー、まあ、居ないかなあ」

 とりあえず濁しておいた。

「え、そ、そっか……」

 雪凪が俯きだした。テンションが明らか低くなる。なんか()(たま)れなくなってきたんだが。

「あー。……本当は、いない事もないって感じかな」

「えっ、ほんとに?」

 雪凪がバッと顔をあげる。分かりやすい。けど、そんなに知りたいか? 俺の恋愛事情なんて需要無さそうだけどな。

「そ、それってどんな人?」

 聞いてみたいけど直接は聞かない。そんな姿がいじらしいと思ってしまう。

「さあ?」

「なんで自分のことなのにわかんないのよ」

 むー、と雪凪は頬を膨らませる。思わず笑っちゃう。

「それを言う君はどうなのよ」

「君って誰ですかー?」

 恥ずかしいからわざと避けたのに、そこを突いてきた。

「……ないと」

「下の名前で」

 今度は言わせてすらくれなかった。

「ゆき、なはいるの? 気になる人とか」

 こっちが熱くなってきた。けど、雪凪の頬もほんのり赤くなってる。

「んー、まあ? ね?」

「へえ、いるんだ。誰だろ」

 雪凪だったらすぐ結ばれそうだな。

「……それ本気で言ってる?」

「? なにがだ」

「まじか……」

 急にショック受けてるんだけど。なんか俺ミスったか?

 慌てる俺を無視して俯いていた雪凪は、ちっちゃな、聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で呟いた。

「……君以外ほとんど関わってないのに、なんで伝わらないんだろ」

 言葉の意味がわからなかった。何回も頭の中で反芻(はんすう)して意味を理解し、雪凪が口を滑らしたのがわかった。

 言った張本人は、しまったと顔あげ、みるみる顔をりんごのようにしていく。

「ち、違う! いや違うくないけど! あ、いや、これは、その……うぅ」

 どうやら言い訳が思いつかなかったらしい。

 りんごぐらい顔を真っ赤にした雪凪を見て、ようやく自分で言おうと思った。さすがにヘタレだし鈍感すぎだろ。俺。

「内藤さん」

 ビクッと体を揺らす。

「ごめん。今まで気づかずここまで言わせて」

「……本当だよ。まったく」

 まだ顔は赤い。その顔がこっちを向く。

「好き」

 悩みに悩んだ挙句、これしか思い浮かばなかった。

「私も好き」

 脳が痺れた。こんなにも、嬉しいことってあるんだな。

「じゃあ、お付き合いってこと、ですよね?」

 一応確認しておく。

「……それ以外になにがあるのよ」

 こうして、俺たちは恋人になった。

「……言っとくけど、一度捕まえたら離さないからね?」

「離されたくないな」

「それはよかった」


 ……まあいくら両想いになったからといって特に変わったことはなく、雪凪が俺を週一でどこかに連れて行くことは続いていた。変わったことといえば

「……手、繋いでいい?」

 とか、

「奏那」

「ん?」

「好き」

「……」

「ふふっ、照れてんの〜、かーわい」

 とか、家でも外でも平然と愛情表現をしてくれることぐらい。……これは結構変わったことかもしれないな。

 やっと、やっと人を心から信頼できるようになった。一緒に支えながら生きていこうと思える人にも出逢えた。絵も描けるようになった。当然、今までで一番幸せだった。ずっと苦しめられたんだ。少しぐらい幸福があってもいいだろう。

 と、思っていた。

 今日は雪凪は特に予定が無かったが俺は夜にバイトが入っていたのでいつも通り職場へ向かった。

 だんだん慣れてきた仕事を退勤時間までやり続け、そろそろ本格的に就職を考えないとな……とか考えながら帰路につく。

 雪凪からは合鍵をもらっているのでそれを使い家に入った。すると、妙な違和感に襲われる。

 いつもなら雪凪は出迎えてくれるはずだが、今日はしんとしている。

 だんだん違和感が不安や恐怖に変わりつつある。

 そのままリビングへつながるドアを開けた。

「……っえ、内藤さん……?」

 そこには地面にうつ伏せにして倒れている雪凪がいた。

「っ! 内藤さん!」

 急いで抱き抱える。息はしているが不規則で浅い。いつも以上に体が脆く感じた。

「……救急車!」

 震えた指でスマホを操作しなんとか救急車を呼び、雪凪を病院へと運ぶ。

 運ばれた後日が昇る頃まで待合室で待っていたが、医者に一旦帰るべきと言われ大人しく帰ることにした。

 何かあったら連絡すると言われたものの全く音沙汰が無く、不安で常に吐き気を催していた。

 それから毎日病室に足を運ぶものの、昏睡状態の日が続く。

 雪凪の意識が戻ったのは、運ばれてから一ヶ月後のことだった。

そして。

それが、俺と雪凪との最後の日だった。


「……? ん……」

「! 内藤さん、内藤さん!」

「あ……かなた……」

「うっ、うあぁ……よかった……」

「……っ、ごめん、しんぱい、かけたね……」

 目を覚ました雪凪はひどくやつれていた。

 意識が戻った時に言おうと考えてたことは沢山あったが、実際戻るとそんなの全部すっぽ抜けた。

「よかった、ほんとに……体、どう? 痛いところとかない?」

 涙腺を崩壊させながらもなんとか言葉を紡ぐ。

「うん……ない、かな……」

 返事をする雪凪は弱々しかった。

 ずっと寝ていたせいでもあるんだろうが、それにしても返事のキレがない。なにかを躊躇ってるように見えた。

「……どうした? 言いたいことがあるなら言って欲しい」

「……」

 雪凪は黙ったまま俯いてしまった。

 そのまま数分そうした後、ゆっくりと顔を上げ、

「あのさ」

「うん」

「私、今日亡くなるの」

 ……少しずつ、「内藤雪凪」という存在を語り出した。


 ◇ ◇ ◇


 私は、周りから嫌われていた。

 初めは両親。物心ついた時から自分を認識してもらったことがほとんどない。私からちょっかいをかけようとしたらその手を跳ね除けられた事もあった。

 次は、周りの人。幼稚園も、小学校、中学校も、誰一人として私と関わろうとしたことはない。

 別に不潔とか、性格が気に食わないとかでそうなったわけではない気がする。

 風呂には毎日きちんと入っていたし、両親も、私の事を無視するだけで家事などはしていたのでそこに困ることはなかった。性格については、そもそも人と関わったことすらほとんどないのに良し悪しなど付けれるはずもなかったように思う。

 私は、元々そういう人なのだろう。天性のコミュニケーション能力で人気者になる人もいれば、何もしなくても嫌われる人だっている。

 そんな私は当然現実世界に居場所はなく、インターネットの世界で生きていたと言っても過言ではなかった。

 動画配信サービス、SNS、電子漫画……。いろんなもので時間を潰していた。特に面白いなどという感情は持たず、ただ今日一日という日を潰すためだけに見ていた。

 それでも、だんだん精神的に参っていた。やっぱり、いくら慣れたといえど辛いものは辛い。

 けど、もう少しで鬱になるという頃に、転機は突然訪れた。

 私が高校生だったある日、SNSで一枚の絵が流れてきた。

 ただの風景画。どこにでもありそうな絵だった。けど、その絵には深い痛み、憎しみ、絶望……、ありとあらゆる負の感情が込められていた。

 そしてその中に、ほんの僅かな……負の感情から滲み出たようなちっちゃな勇気が描かれていた。

 その絵を見た時、私は無意識のうちにボロボロと泣いていた。私は描かれたその「小さな勇気」に心を打たれた。こんな経験は初めてだったし、その後の私の価値観を大きく変えた。

 恐らく……というか実際そうなのだが、私はこの絵にとても助けられた、と思っている。

 その絵を見た後、気分はかなり回復したし、少しずつ物事を前向きに捉えられるようになった。どんなところにでも勇気、希望はあると考えるようになった。

 その後、私はこの人の他の絵を見ようとありとあらゆる所を調べた。

 けれど、その一枚以外見つかることはなかった。

 その人はどうやら二十歳という若さで自殺したらしい。

 私はその後もその人に関する情報を集め続けた。


 ◇ ◇ ◇


「ほんの、今から五十年後の話」

「……」

「私は、ほんとは今この瞬間は生まれてすらいない」

「じ、じゃあ、なんでここに……」

「あなたに絵を描いてもらうため」

「え」

「私が出会ったのは、あなたが十六歳の時に描いた絵。あなたは、実際にはその絵だけSNSにアップしてその後自殺するはずだった」

「……」

「けど、私は見たくなった。あなたの他の絵も。だから、出会った時から顔も、絵のことも、自殺のことも知っていた。そして、絵を描いて欲しいと思った」

 ようやく、出会った時の謎が分かった。

 俺の名前を聞いただけでとても驚いていた事。俺が自殺しようとしていたのが分かっていた事。初対面なのに色々してくれた事。俺をすでに知っていたから、こういうことになったのだろう。

「けど、あなたと一緒に過ごすうちに、あなた……奏那自身にも惹かれていった。これはちょっと誤算だったね。まさかこんなにいい人だったとは」

「いや、そんなこと……」

「あるよ、ほんとに。この時代に来てからは、絵だけじゃなくて奏那にも沢山助けられた」

 雪凪が恥ずかしさを隠すように笑う。

「だから、自殺を本気で辞めさせようと思ったんだ。本当は、絵を描いてもらえれば、それでいいかなと思ってたんだけど」

「……じゃあ、今から俺が絵を描いたら」

「いや、もう私は見れないの」

 雪凪は俯いたまま言った。

「……なんで」

「言ったでしょ? 私は今日亡くなるって」

「それって、元の時代に戻るって事じゃないのか? だったら、五十年後に俺の絵を見れば……! それまでに沢山絵を描くからさ!」

 雪凪とは離れてしまうが、それは大丈夫だ。俺が後五十年生きればまた会える。決して非現実的な話ではない。

 けれど。

「ごめん、できないの」

 雪凪からの返事は、俺に残酷な現実を突きつけに来た。

「どう、して……」

「私は、この時代に来る前に、事故に遭ったから」

「は……⁉︎」

 訳がわからなかった。本当に、幻聴かと思った。

「しかも、私は元々ここにいない人。世界は、そんな人を必要としないし、邪魔と捉える。だから、私を消そうとしてくる」

 話が入ってこなかった。俺の脳が受け入れようとしない。

「事故に遭ったっていうのはね、奏那の絵に出会った後、どうすればこの人の他の絵を見れるかを四六時中考えてたの。こんな絵を描ける人なら他にも描いてるはずと思ったからね。それで、考えながら歩いていたらさ、横からのトラックに気づかなくて。向こうも居眠り運転だったらしいんだけど。まあ、ドンって、ね」

 そういう雪凪の顔は笑っていた。なんで、こんなことになっても笑っていられるのだろうか。その笑みにどんな苦しみを含んでいるんだろうか。

「いやー。撥ねられて意識飛んで、戻ったと思ったら日付が五十年戻ってたんだよ? びっくりしたけど、もしかしたらって思って探したら見つけれたから。出会えたのはよかったかな」

「……よくないだろ」

 俺は半ば無意識で雪凪の体を抱き寄せた。以前よりもずっと細く、肋骨がはっきりとわかる。

「内藤さん……」

「最期ぐらい名前でよんでよ」

「雪凪」

「ふふっ、はい」

「好きです」

「私も、好きだよ」

「ありがとう、また、前を向けるようにしてくれて」

「いえいえ」

「ああ……なんで、いなくなるんだよ」

「なんでだろうね」

 そこで会話は途切れる。病室には、壁にかけられた時計の秒針が動く音だけが流れる。

 しばらくの沈黙のあと、ふいに雪凪が言う。

「あのさ」

「はい」

「これからもさ、絵、描き続けてよ?」

 わかった、と素直にはいえなかった。誰よりも見て欲しい人に見てもらえないのに、描く意味なんてあるんだろうか。

「奏那の絵はさ、深いんだよね、現実から切り取った場所、そこから感じる思いもそうだけど、その……。絵自身に入ってる感情がさ、なんか深い」

 

「言ったね? 約束だよ? 見てるからね?」

 そういうと雪凪は顔を近づける。

 お互いの唇の距離はゼロになった。

 すると、雪凪の目から涙が溢れる。

 つられて俺の目にも涙が溜まる。

 ぎゅっと腕の力を強くする。

 それに雪凪も応えてくれた。

 どちらかともなく唇を離すと、雪凪は笑って言った。

「奏那」

「はい」

「ずっと……あなたの前からいなくなっても、愛してるから……っ」

「っ!」

「ううっ、すき、すきだよ、奏那……」

「おれも……」

 好きだと言おうとした瞬間、雪凪の体の力が抜ける。

「雪凪!」

 ゆっくりと雪凪の意識が薄れていく。

「かな、た……ありが、と……」

「雪凪! 雪凪!」

 いくら呼んでも目を閉じたままで、反応も全くない。

「っ、うっ、うああっ!」

 その日、俺の一番大切な人は、元々いた時代にも、この時代からもいなくなった。


――――――――――――――――――――――


「……久しぶり」

 今日は雪凪の命日。少し遠い墓場まで来ていた。

 俺は約束通りずっと絵を描き続け、先月初めて個展を開いた。

「やっと、ここまできたって感じかな」

 雪凪だったらこの絵を見てなんで言うだろう、そんなことを想像しながら描き続けて三年。少しずつ頭角を表しつつある……と思っている。

「また来るからね」

 そうして去ろうとしたその時。

「がんばってね、奏那」

 そう言われた気がした。

 バッと振り向く。もちろん誰もいない。

「……今日はよく絵が描けそうだなあ」

 そう思った。

初めての作品なのでクオリティは鬼低いです……

正直な感想が欲しいです(今後に活かすため、ただ指摘はオブラートに包んでいただけるととても助かります)

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