第99話 バレンタインの幼馴染み
翌日、香織は昨日満と一緒に作ったチョコレートを持って学校へと向かう。
(ちゃんとラッピングしてたから、誰にも食べられずに済んだわ。あとは、これを渡すだけ……)
かばんにしまい込んだチョコレートにちらちらと視線を向けながら、香織は学校へと登校する。
学校に到着すると、今日の満は男の状態で学校にやってきていた。
「おはよう、空月くん」
「おはよう、花宮さん。どうしたの?」
「えっ?」
香織は満に挨拶をするものの、満が首を傾げてきて驚いていた。
「な、何かおかしかった、かな?」
「う~ん、なんだかいつもと違うように感じたんだ。気を悪くしたんだったらごめんね」
「ううん、大丈夫」
笑顔で受け答えをしてくる満の姿に、香織はついつい声が小さくなってしまう。
その隣では、素材を無視された風斗が立っている。二人の間のなんとも言えない空気に、少しばかり苛立っているようにも見える。
「どうしたんだよ、風斗」
「……別になんでもねえよ」
満が気が付いて声をかけると、風斗はふいっと顔を背けてしまっていた。
まったく理解できない満は、困り顔をしながら風斗を見つめている。その様子を見ている香織は、なんとなく事情を察して笑ってしまっていた。
「はーなーみーやー?」
「ひゃうっ!」
風斗がすごみながら名前を呼ぶと、香織は驚いて小さく跳ねあがっていた。相当怖かったらしい。
「まったく、イチャイチャするなら二人きりでしてくれ」
「なに言ってるんだよ、風斗。幼馴染みなんだから、このくらいの会話なら普通じゃないの?」
風斗がちょっといらっとした様子で指摘すると、満はしれっとした様子で言葉を返してきた。これには風斗もあんぐりと口を開けて黙るしかなかった。満には、こういった皮肉めいたことは通じなかったのである。
満からの思わぬ反撃に、風斗はぐしゃっと髪を持ち上げながら口を固く結んでいる。
「それより、昨日は二人で何をしてたんだよ。花宮が珍しく誘ってたみたいだけどさ」
「それは女の子同士の秘密よ。ねえ、空月くん」
「花宮さん、今それをいうのはおかしくない?!」
香織に話を振られて、満は思い切り困惑している。
それというのも、今の満は満であってルナではないからだ。女の子同士じゃなくて女の子と男の子の状態だ。事情を知らない人間に聞かれたら、なんて言われるやら分かったものではなかった。
「まあ、いいや。どうせ花宮絡みなら大したことじゃないだろうし」
「そ、そう。大したことじゃないわ」
キーンコーンカーンコーン……。
「うわっ、チャイムが鳴りやがったか。そんじゃ、ここで話は終わりだな」
「うん、また放課後あたりにでもしましょうか」
ホームルームが始まるとあって、満たちはそれぞれの席へと戻っていった。
そして、放課後を迎える。
「で、なんで俺たちは集まってるんだ?」
クラスメイトたちがまばらになった放課後の教室の中で、満、風斗、香織の三人が集まっていた。
昔よく遊んだこの三人がこうやって集まるのは、一体いつ以来だろうか。
「うん、ほら、今日ってあの日でしょ」
「うん? ああ、バレンタインか」
香織が少し恥ずかしそうに言うと、風斗はしれっと答えていた。
「うん、だからね。二人にチョコレート作ってきたのよ。受け取って、くれる?」
香織がもじもじとしながらいうので、満と風斗は顔を見合わせていた。お互いに笑うと、香織へと向き直る。
「ああ、いいぜ」
「うん、幼馴染みだし、受け取るよ」
満も風斗も快く了承する。これには香織も顔を明るくしていた。
かばんからごそごそとチョコレートを取り出すと、香織は二人に順番に渡していた。もちろん、本命の満の方が先である。
「ありがとう、花宮さん。そうそう、僕からもあるんだよ」
「えっ」
チョコレートを受け取った満は、一度それを机の上に置くと、自分のかばんから何かを取り出していた。
「いや、ちょっと事情があってね。僕も昨夜作ってみたんだ。花宮さんの家で作った分とは、また別のやつだよ」
「意外だったな、お前までチョコを作ってるとは」
満の言い分に、風斗が驚いている。
「う~ん、なんていうかなぁ……」
満ははにかみながら言い渋っている。
「なんだか、女の子に変身するようになってから、少しそっちの思考にも染まり始めちゃったかなって……。えへへ」
「なるほどなぁ……」
「そういうこともあるのね、ルナちゃん」
「は、花宮さん?!」
突然のルナ呼びに、満は困惑していた。
この慌てっぷりに風斗はつい吹き出してしまっていた。
「風斗~?」
「わ、わりぃな、満」
満が睨めば、風斗はたじたじになりながら謝っていた。
どうにかこうにかチョコレートを渡し終えると、香織はにこやかに笑顔を見せながら受け取ったチョコレートを抱えていた。
「あまりそうやって持ってると溶けるぞ、花宮」
「あ、うん。そうだね」
風斗に言われて慌ててかばんにしまった香織は、くるりと二人を見てどこか困ったような笑顔を見せていた。
「それじゃ、今日はありがとう。また明日ね」
「あ、ああ」
たたたっと教室を走って出ていく香織を、満と風斗はただ黙って見送っていた。
「俺たちも帰るか」
「うん、そうだね。チョコ、早めに食べてね」
「ああ、あまり甘いの好きじゃないんだよなぁ……」
「大丈夫、そういうと思ってブラックチョコで作ったから」
満はにかっと笑って風斗をからかっていた。
この後、二人はいつものように和やかな様子で一緒に帰宅したのだった。