第93話 チョコっとした問題
世間はそろそろバレンタインだ。
無事に男の姿に戻った満は、風斗からその話題を持ちかけられていた。
「で、どうするんだ、満」
「どうするって、何をだよ」
「なにって、バレンタインだ。お前、自分のアバターの性別は知ってるだろう?」
「ああ、そういうことかぁ……」
アバターの性別の話題を出されて、ようやく満は風斗の言いたいことが分かったのだ。
そう、満が扱うアバターは光月ルナという種族は吸血鬼であるとはいえ女性のアバターなのだ。
世間一般では、バレンタインは女性から男性へとチョコレートを贈るという認識で凝り固まっている。となれば、当然光月ルナもチョコレートを渡す側という認識を持たれているというわけなのだ。
「吸血鬼からチョコレートを渡されて嬉しいのかなぁ……」
「嬉しいに決まっているだろうが。お前、自分のチャンネル登録者数を知ってるだろう?」
「まぁ、確かに人数は多いよ? だからって、チョコが欲しいと思っているリスナーがそこまでいるかどうかなんて……」
「これを見ろ」
懐疑的に思っている満に対して、風斗は光月ルナのSNSアカウントを見せつける。
そこには、先日の配信に呟きに対するリプとしてチョコが欲しいという書き込みがいくつか見つかったのだ。
これには当の満は困惑している。
「え、ええ……」
「これだけ欲しいと思っている人がいるんだ。ついでに言うと、世貴にぃから連絡も来てる」
「な、なんていう風に?」
世貴からの連絡という話題が、満はつい気になってしまう。
「バレンタイン用にいろいろ小道具を送ったから、チョコを作る配信をしてくれ」
「へ、へえ……」
風斗が告げた内容に、満は戸惑いの余りまともに反応ができなかった。
「それ、本当なの?」
「俺はそういう連絡を受けただけだ。満が知らないのなら、俺が連絡を受けたのとほぼ同時にくらいに送ったんだろうな。帰ったら即確認してやってくれよ。世貴にぃはリスナーの一人だろ?」
「わ、分かったよ。でも、僕はチョコの作り方知らないし、料理だって得意じゃないよ?」
風斗の話に満はできない言い訳をしようとしていた。ところが、困ったことに世貴はこれに対しても対策済みだった。
「チョコレートの作り方のレシピが画面に出るようにしたそうだ。リスナーと一緒に確認しながら作れるぞと、それは嬉しそうな文面で連絡してきたよ」
「え、えぇ……」
なんということだろうか。満は見事に退路を断たれていたのだった。
いうなれば、世貴はそこまでして光月ルナからのチョコが欲しいらしい。なんだろうか、この厄介リスナーは。
ただ、光月ルナの生みの親であるがために、満もないがしろにできない。さすがに頭が痛くなってくるというものだった。
「はあ、チョコを作る運命なのか、僕は……」
「なに、チョコレートを作るの?」
「うわぁ、花宮さん!?」
大きなため息をついていると、唐突に香織が現れる。
こうなるのも必然の話だ。なにせ、満たちがいる場所は自分たちの教室の中だ。その気になればいつでも話に加われたのである。
香織が突っ込んできたのも、チョコレートの話が出てきたからである。
「チョコレートを作るんだったら、私が教えましょうか? 私、こう見えてもお菓子作りが好きだから、教えてあげられるよ」
香織がこういうものの、満はちょっと嫌がっているようだ。
ところが、風斗の方がこれに乗っかってしまう。
立ち上がって満の後ろに回り込んだかと思うと、両肩を持って香織の方へと押し出していた。
「いいねえ、花宮。この料理音痴にしっかり教えてやってくれ」
「ちょ、ちょっと、風斗!?」
あまりにも突然のことに、満はとても慌てている。一体何が起きているんだという感じである。
「任せてよ。それじゃ、放課後材料を買って、私の家に来てちょうだい。たっぷりしっかりと教えてあげるわ」
胸に手を当てながら、ドヤ顔で満に対して宣言をする香織である。その自信満々な顔を見て、満は逃げられないと悟ってしまう。
「わ、分かったよ。お願いします……」
抵抗を諦めて、香織に対して素直に頭を下げる。
「よろしい。では、しっかりと教えてあげましょう」
香織はドヤ顔を継続したまま、風斗の方へと視線を向けている。そして、二人揃って首を縦に振って確認し合っていた。
「まあ、今日は予定がないもんね。はあ……」
二人に挟まれた満は、とほほとした顔でがくっと肩を落としていた。
ちなみに予定がないというのは事実だ。
光月ルナの配信日は、真家レニから後ろに一日ずらした形になっている。
真家レニの配信日が水金日なので、光月ルナは木土月という形に今は落ち着いている。そして、今日は火曜日なのだ。見事に予定はなかったのである。
香織の家を訪ねることにはちょっと抵抗があるものの、これも配信のためだと満は割り切ることにする。
「よ、よろしくお願いします」
「任せてちょうだい。私がおいしいチョコレートの作り方を教えてあげるから」
しょげしょげの満に対して、香織はやる気満々である。
完全になりゆきではあるものの、こうして小学校低学年以来の香織の家の訪問となる満なのであった。
はたして、無事にチョコレートを作るというミッションは達成できるのだろうか。