第84話 ブイキャスデビュー配信直前
光月ルナの配信のあった翌日の日曜日。満たちの住む隣の市にあるVブロードキャスト社には、新人アバター配信者である4名が集っていた。
「うう、今更だけど緊張してきちゃった……」
香織は控室でジュースの入ったコップを持って震えていた。あまりにも震えるものだから、中身がこぼれてしまいそうである。
「香織、緊張し過ぎだよ。そんなことじゃ、本番でやらかしてしまうよ」
「し、しずくちゃん……」
「おい、本名で呼び合うのはやめた方がいいんじゃないか? 放送中は互いのアバ信の名前で呼ばなきゃいけないんだからな」
香織としずくが話をしていると、唯一の男性が注意をしてきた。
香織は思わず体をビクッとさせるが、しずくの方は落ち着いていた。
「確かに、それは一理ありますね。もう放送まで2時間を切っていますし」
「だろ? だったら、俺のことは『茨木勝刀』と呼べ。刀使いの鬼が俺のアバターだ」
実に大きな態度を取って余裕たっぷりな様子だ。
「あらあら、ずいぶんと余裕なようですね勝刀」
「慌てたって失敗するだけだからな。なるようになれと落ち着くしかねえんだよ。というか、ずいぶんあんたも余裕なようだが?」
勝刀に話を振られて、目の前の女性は目を閉じて笑っている。
「何がおかしいんだ」
少し不機嫌そうな様子を見せる勝刀。
「いえ、大した自信だなと思いまして」
「正直言えば、俺だって緊張してる。だが、女子どものいる前で情けない姿ができるかっていうんだよ」
「あらまあ、そうでしたのね。これは失礼しました」
笑う女性に対して、ずいぶんと怒りをにじませているようだ。
「そこまで怒らないで下さいな。あなたが本音を吐露してくれたおかげで、私も緊張が解れました。ありがとうございます」
「あ、いや。それならいいんだ」
勝刀はおとなしく怒りをおさめていた。
「自己紹介が遅れました。私は『泡沫ふぃりあ』と申します。人魚姫をイメージしたアバターをご用意頂きました」
「なるほどな。ずいぶんとイメージ通りって感じだな」
「ええ、あなたこそそういう感じですね、勝刀さん」
二十歳代の二人が話をしている間、香織としずくはその様子をずっと眺めていた。
「さて、あなたたちのアバター名も教えていただきましょうかね」
ふぃりあが香織たちに話を振ってきた。
香織は驚いていたが、しずくは落ち着いた様子で二人を見ている。
「分かりました。私のアバター名は『鈴峰ぴょこら』といいます。ウサギの耳に猫のしっぽという小悪魔っぽい動物アバターですね」
「わ、私は『黄花マイカ』です。全体的に黄色で活発な、お花の妖精って感じアバターです」
「ふむ。四人とも見事にアバターの属性がばらばらだな」
「キャラかぶりは避けるのは基本だと思いますよ。でも、これだけ違うということは、時々一緒に配信させるつもりなのでしょうね」
全員が無事に自己紹介を終えて話をしていると、控室の扉を叩く音が響く。
「みなさん、いかがでしょうか」
「あれ、この声って確か……」
「確か、二次審査の時の面接にいた女性の声ですね」
「はい、どちら様でしょうか」
こそこそと話す香織たちに対して、しずくが一人で外に返事をする。
「今期の新人さんたちのデビュー前にちょっと挨拶をしておこうと思いまして。入ってよろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「では、お邪魔します」
扉を開けて中に入ってきたのは、間違いなく二次審査の時の審査員をしていた女性だった。
「合格発表以来でしょうかね」
「あ」
女性に言われて全員が思わず思い出したようだった。確かにあの時にもいたと。
しかし、女性は気にせずに笑っている。あの時はみんな緊張していたのだからしょうがないわねといった感じだった。
「では、改めて自己紹介をさせて頂きますね。私はこのブイキャス一期生である『華樹ミミ』と申します。今回、みなさんのお披露目配信で司会進行を務めさせて頂きます」
「ええーっ!!」
全員から驚きの声が起きる。
だが、よく女性のネームプレートを確認してみると、華樹ミミの名前とそのアバターが印刷されているではないか。
「ほ、本当に華樹ミミ様なのですか……!?」
「ああ、本物の華樹ミミだぜ」
突然、外から別の人物の声が聞こえてきた。
「タクミ、あなたも来ていたのね」
「そ、そそ、蒼龍タクミ様?!」
勝刀がものすごく驚いている。
「嘘……、ブイキャス一期生トップと二期生トップが一緒にいるなんて!」
ふぃりあが両手で口を押さえながらその場に膝をついていた。
「お、推しが……尊いです……」
「だだ、大丈夫ですか?!」
あまりにも衝撃的だったのか、胸を押さえて興奮するふぃりあを見て、香織が大慌てになっている。
「おいおい、今からそんなんでどうするよ。今日の配信じゃ、俺とミミの二人で司会進行を務めるんだ。ぶっ倒れている暇なんてないぜ」
「おお、こんな、こんなデビューがあっていいものか……!」
二十歳代の二人が、尊さで既にノックダウン寸前だった。
この様子に、思わず不安を覚える華樹ミミたちである。
はたして、無事にデビュー配信を行えるのだろうか。