第83話 注目株はさすが違う
「おほん、おはようですわ、みなさま。光月ルナですわよ」
風斗と出かけた日の夜、満はルナ・フォルモントの状態のまま配信をしていた。思ったよりも吸血衝動に襲われることがなくて、普通に問題なく過ごせている。多分、夕食の時に少し大きめのトマトジュースを飲んだのが功を奏しているのだろう。
(すごく落ち着いている。これなら今日の配信は心配なさそうかな)
満は安心したように胸を撫で下ろしていた。
「本日の内容は、もちろんこれですわよ。『月刊アバター配信者』ですわ」
『やっぱりかいwwww』
『そういや、先日発売日だったな』
『これ見て月初めだってこと思い出すわwww』
リスナーたちからは愉快な反応が返ってくる。
『そういえば、明日だっけか』
「はい、今のコメントの通りですわね」
『うん、なにがだ?』
満が目ざとくコメントをコメントを拾っている。
「明日なのですが、アバター配信者の大手である『Vブロードキャスト』から、新人のアバター配信者の発表があるそうです」
『ああ、あそこかぁ』
『【真家レニ】なになに、箱の新しい顔が出るの?』
「あれ、真家レニ様はなぜこの時間に?」
真家レニが突然現れた。これには満もリスナーも驚いている。
『【真家レニ】にししし、今日はリアルが急に暇になったのだよ』
「それって、どういう?」
『【真家レニ】先日配信休んだ日があるでしょ~。実は仕事代わってもらって、今日は代休なのよ、にししし』
『レニちゃん、それ言っていいのか?』
『【真家レニ】レニちゃんが苦学生なのは秘密でも何でもないのだぁ!』
「ま、まあ。真家レニ様がそう仰られるのでしたら……。でも、あまり身の上を話すのはよろしくなくてですよ?」
中身中学生ながらも、満はちょっと心配になってきてしまった。
『【真家レニ】あややや、レニちゃん怒られちった』
『ルナち、やっぱりママだよ』
「え、ええ~?」
ママといわれて本気で動揺する満である。
『【真家レニ】わっかる~』
『がしっ!』
『レニちゃんも同志だ』
謎のリスナーたちの結束である。
満は思わず困惑してしまい、配信が止まってしまう。
『おまいら、そのくらいにしておくといいお!』
『ルナちが固まってしまったではないか』
『【真家レニ】にしし、ごめんね、ルナち』
『謝れて偉い』
「お、おほん。では、気を取り直してまいりますわよ」
真家レニが謝罪したことで、ようやく配信が再開される。
「それで、新しいアバター配信者は、今回は4名なのだそうですわ」
『まあそんなもんだろうなぁ』
『あそこは勢いが少し落ちてるから、そう多くは養えんだろうからな』
『アバ信界隈の飽和具合を考えると、厳しくなるわよな』
リスナーたちのコメントを見る限り、かなり冷静に状況を見ているようだ。
かなり勢いだけで飛び込んだ満からすると、こういったリスナーの話はとてもためになるというものだった。
『あ、ルナちを悪く言うつもりはないよ』
『そうやで、ルナちはなんだか守らないとと思わされるというか、なんというかな・・・』
厳しさを話していたリスナーたちがいきなりうろたえ始めていた。
『【真家レニ】ルナちは大丈夫だと思うよ。なんたってレニちゃんのお気に入りなんだからね』
そんな中、真家レニが根拠のない自信を見せていた。
『レニちゃんずるいぞ』
『我々もいるのだ、安心するのだ ¥5,000』
『ルナちの萌えは最高なのだよ ¥8,000』
「あわわわ、急にスパチャを競い合うのは、ご、ご勘弁くださいませ」
唐突に投げ込まれ始めたスパチャに、満は本気でうろたえ始めた。
『ルナちはかわいいなぁ ¥10,000』
『【真家レニ】そろそろやめよっか、ルナち困ってる』
『すまんすまん、ちょっと推し語りをしすぎてしまった』
『とりま、明日のブイキャスの生放送が楽しみやな』
『昼の15時だっけか』
『せやせや。ま、中の人との兼ね合いなんやろなぁ』
『未成年でもアバ信にはなれるからな』
未成年でもという言葉に、思わずどきりとしてしまう。
『【真家レニ】夢のある世界だよねぇ、にししし』
「と、とにかく、明日の新人アバター配信者のお披露目は楽しみですわよね」
『うんうん』
『推しが増えるか楽しみやで』
ああだこうだと雑談をしている間に、あっという間に1時間が経ってしまった。
思えばこの日はろくに何も話をしていない。勝手にリスナーたちだけで盛り上がってしまっていた。
「おほん、今日はなんだか教わることばかりでしたわね。では、お時間もいいようですし、今日はこのくらいにいたしますわ」
『【真家レニ】ルナち、お疲れ~。ごめんね、邪魔しちゃったみたいで』
「いいえ、真家レニ様には感謝しておりますわ。僕だけではここまで話を盛り上げられませんでしたでしょうから」
頬に手を当てる仕草から、ぺこりと頭を下げてしまう満。画面内の光月ルナも、モーションキャプチャの影響で同じように動いてしまう。
『ルナち謙虚やなぁ』
『やっぱり推せるぞい』
しかし、リスナーたちはずいぶんと好意的な反応を見せていた。これも満の人柄ゆえなのだろうか。
「みなさまも、本当に本日はありがとうございました。それでは、ごきげんよう」
『おつるな~』
『おつるなー』
『【真家レニ】ルナち、おつかれ~』
みんなから挨拶をされて、満は安心してこの日の配信を終えたのであった。