第82話 自然な鈍感
月が変わって節分を迎える頃、満は風斗と一緒にまたいつものように街に買い物に出ていた。
「また女の状態か。そんなによく起きるもんだな」
「仕方ないよ。吸血の発作が起きれば問答無用なんだから。もう、僕もだいぶ慣れてきたよ」
「慣れ……るのかな、それってさ」
満と話しながら、風斗はなんとも言えない表情をしていた。
まだまだ寒い時期とあって、満の姿はまだまだ厚着だ。それでもなんだろうか。風斗は満に不思議と惹かれ始めていた。
「どうしたんだよ、風斗。さっさと本を買いに行こうよ」
「あ、ああ。そうだな」
満が話し掛けても、気の抜けた感じの返事である。どうしたんだろうと思う満だったが、あまり気にした様子はなかった。
満たちはいつもの書店で本を購入する。
「3400円でございます」
値段は前と同じだった。しかし、満の反応は前とは違っていた。
「収益化の振り込みがあったから、このくらいの買い物なら平気になったんだ。お母さんが買ってくれたこの服のお金もそうだし、世貴兄さんと羽美姉さんへのお礼も早くできそうで嬉しいよ」
「それはよかったな。ずいぶん儲かってる感じなのか」
「うん、チャンネル登録者数も3万人超えてるしね。動画の再生数もすごいし、スパチャもどんどん飛んでくるし、思った以上に稼げてるんだ」
「はは、それはよかったな」
満がにこにことする話に、風斗はなんとも苦笑いである。
本を買った二人は、いつものハンバーガーショップに足を踏み入れる。
今日はなんだか早めにいつもの本を確認したいためだ。
席に座ってガサゴソと本を引っ張り出している。
「やっぱりこれを見ないと、一か月が始まったって思えないよ」
満がそんなことを言いながら引っ張り出した本は『月刊アバター配信者』である。満の愛読書だ。
愛読書ではあるものの、満もいずれはそこに載る側の人物なのである。
パラパラと本を見始める満。そこで、思わぬ記事を発見した。
「なになに……。『Vブロードキャスト社、新規アバター配信者のお披露目か?』だって?」
「ああ、それなら世貴にぃたちが言っていたな。不定期ではあるものの、新しい風を取り込もうとして行っている新人発掘オーディションの話だろ」
「ふうん、そうなんだ」
「おいおい、なんでそんな他人事みたいな反応してるんだよ。花宮が受けてたやつだぞ、それ」
「えっ!?」
満は本気で驚いていた。
「お前って、そういうのに疎いんだなぁ……。友人として呆れるぞ」
「あ、うん、ごめん……」
満は本気で申し訳なさそうに謝ると、風斗はもう一度大きくため息をついた。
「で、記事にはなんて書いてあるんだ」
「あっ、えっとね。2月最初の日曜日に新人アバター配信者のお披露目配信をするらしいよ」
「おい、もう明日じゃねえかよ。これの発売って一昨日だろ。なんでこんな情報を直前に出すんだよ……」
「サプライズ感?」
頭が痛くてたまらない風斗である。
それに対して、満は普段からサプライズしまくりなところがあるので、きょとんとした反応をしていた。
「ほら見ろ、公式からのポストがもう出てる」
スマホをいじっていた風斗が、満にその画面を見せている。
「あっ、ホントだ。あれ、僕見たことないな」
「お前、フォローしてないだけだろ。アバ信ならフォローしとけ」
「あ、うん。そうだね……」
風斗にぎろっと睨まれて、満はびっくりしているようだった。
言われるがままに『Vブロードキャスト@公式』をフォローしていた。
「今回の新人は4人か。どのくらい残れるだろうな」
「そんなに厳しい?」
「お前は真家レニに見つかったから伸びただけだろうが。企業勢であっても伸び悩むやつは伸びないんだよ。人が増えたがための悩みってやつだな」
「ふ~ん、そうなんだ」
呆れた顔で話す風斗ではあるものの、満は相変わらず他人事のような反応だった。
こういうところは、知らず知らずに今の姿である吸血鬼ルナの影響が出ているのかもしれない。長命な種族であるので、興味を示しにくいのである。
「それにしても、風斗はずいぶんとそのVブロードキャスト社に詳しいみたいだね」
「まぁな。いとこのせいでいろいろ情報を持ってるんだよ。二人ともまだ外部の人間だけど、こういう情報には目ざといからな」
「そうなんだ。へえ……」
風斗が話す内容に、相変わらず反応の薄い満である。
「とりあえず、明日はその新人の配信を見させてもらおうぜ、満」
「うん、そうだね。どんな人たちがデビューするのか、結構楽しみだよ」
ようやく笑顔を見せる満である。その笑顔に、風斗は思わず顔を背けてしまう。
「風斗、どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない。気にするな、ちょっと光が目に入っただけだ」
満が心配そうに声をかけると、風斗は必死にごまかしていた。これには満は首を傾げてばかりだった。
ハンバーガーを食べ終わった満たちは、雑誌を袋にしまうと店から出ていく。
満の方は普段通りの男同士の調子で振る舞っているのだが、そのせいで風斗の方は反応に困ってしまう。
「風斗、顔が赤いけど大丈夫? 風邪なら早く帰ろっか」
「あ、いや、大丈夫だ。まあ、用事も終わったしな、帰ろっか」
「うん」
にこりと笑う満なのだが、その笑顔に風斗はますます焦ってしまう。
ここに鈍感な小悪魔系女子が、新たに誕生したのであった。