第80話 非日常な日常
久しぶりにSILVER BULLET SOLDIERの配信を行った翌日、満は起きたら驚かされた。
「うわぁ!? なんで女になってるんだよ」
そう、ルナ・フォルモントの姿になっていた。
時間的にはまだ吸血鬼ルナの活動時間中だが、満が起きてしまえばもうどうしようもなかった。
「ああ、なんで体育のある日に限ってこの姿なんだよぉ……」
満は朝から気分が激しく落ち込んだようだった。
それというのも、先日女子になったまま学校行った時に、体育の着替えでいろいろと面倒なことになりかけたからだ。
クラスのみんなは吸血鬼ルナの姿と満が別人だと認識してくれているが、同一人物だと知られた時にどういう反応をされるのかが怖いのである。
「はあ、花宮さんを頼るかな……」
香織には正体がばれているので、相談を持ちかけようと一人で納得する満なのであった。
変身しているのはもうどうしようもないと割り切った満は、姿のことは忘れて普段通りの朝を送る。
「行ってきます」
「ええ、いってらっしゃい」
母親の笑顔に見送られて、満は学校へと向かったのだった。
学校に到着すると、当然ながらクラスメイトたちは騒然となっていた。
久しぶりにやってきたルナ・フォルモントに興奮しているのである。
(美少女キター!)
(ああ、今日も麗しいですわ……)
なぜか男子よりも女子の方が盛り上がっている。
複雑な表情をしながら、満は席に座る。一応満とルナの席は別々に割り当てられているので、自分の席に座らないように気を付けていた。
座った途端、女子たちが周りを取り囲んできた。
「わわっ!?」
思わず声に出して驚いてしまう。
「お久しぶり~」
「本当に体弱いのね。今日は来ても大丈夫なの?」
「ノート見せてあげるよ」
次々と話しかけられて、満は混乱している。
「みんな、ルナちゃんが困ってるじゃないの。ほらほら、退いて退いて」
あまりの満の困りっぷりに、香織が手を叩きながら近寄ってきた。
「もう、独占つもりなの?」
「独占とはいかなくても、私はルナちゃんの親友だもの」
「くふっ!」
親友という単語に大ダメージを受ける女子たち。このダメージはかなり大きかったのか、女子たちは落ち込んだ様子ですごすごと自分の席へと戻っていっていた。さすが幼馴染みは強かった。
「本当にルナちゃんってば人気よね。嫉妬しちゃうわ」
「ほへっ?!」
顔を見ながら笑顔を向けてくる香織に、満は激しく困惑している。
そのまま香織はまったく満から目を逸らそうとしない。あまりにも見てくるものだから、満はあわあわと口と目がまったく落ち着きがなくなっていた。
「何やってんだよ、花宮」
「ちっ」
突然名前を呼ばれて、香織は聞こえない程度の舌打ちをする。目の前で見ていた満は、思わず驚いてしまう。
「何かしら、村雲くん。親友の顔を見て何が悪いのかしらね」
「お前ってそんなやつだったっけ? 女って分かんねえなぁ……」
風斗は思わず愚痴ってしまっていた。
そこそこ現在は疎遠ではあるものの、昔はよく一緒だった。その時の記憶とあまりにも違うものだから、風斗がこれほど驚くというわけなのである。
「私だって成長してるんですよ~だ」
香織は手を後ろで組みながら、口を尖らせて拗ねたような態度を取っている。
「そ、それはそうとですね、花宮さん」
「体育の着替えだよね。任せてよ」
割り込むようにして満が話し掛けると、きりっとした眉毛で香織は答えを書けしてきた。まだ声をかけただけなのに、どうしてわかったのかと疑問に思う満なのである。
「そういや、体育があったな。まっ、お前が気にするのもよく分かるぜ、うんうん」
風斗はなぜか、何度も頷きながらとても納得している様子だった。
「そういやさ、花宮。どうだった、結果は」
突然、香織に質問をぶつける風斗。思わずドキッとして体を硬直させてしまっていた。
香織はしゃがんで目線の高さを合わせると、ぼそぼそと話を始める。
「あまり周りに言うことじゃないんだけど、ノーコメント」
ひそひそと話す内容なのかなと、満はそう思った。
ところが、風斗は違う反応を見せていた。
「そうか、おめでとう。楽しみにしてるぜ」
「えっ、風斗……くん?」
思わず風斗と呼び捨てにしそうだった満は、ぎりぎり『くん』と付け加えていた。
「分からないなら気にしなくていいぜ。分かるやつだけ分かればいいんだからよ」
「えっ、どういう意味?」
風斗の答えがまったく分からない満は、ものすごく混乱していた。
キーンコーンカーンコーン……。
「あっ、ホームルームのチャイムよ。それじゃあね」
「おう」
香織と風斗が声を掛け合って自分の席へと戻っていく。
なんのことやらさっぱり分からない満だけが、もやもやとした気持ちが残ってしまったのだった。
満はそのもやもやを抱えたままだったためか、最大の懸案事項もまったく気になることなく乗り切ってしまった。
「はっ!」
「どうしたんだよ、満」
「あれ、僕って女子と一緒に着替えてなかった?」
「俺は知らねえよ。そもそも男女別々なんだからな」
俺にその話を振るなと言わんばかりに、風斗は嫌な顔をしている。満はというと、風斗の様子を気に掛けることもなくずっと唸っていた。
「まあいいじゃねえか。気にならなかったならそれはそれでよし。一日が無事に終わった、それでいいじゃねえか」
「あ、うん、そうだね……」
風斗の言葉に思わず苦笑いである。
「うん、風斗?」
「な、なんだよ」
「今顔が赤くならなかった?」
「気のせいだよ。何を言ってんだよ」
平然と言い切る風斗ではあるものの、満はこれまた気になってしまっていたようだった。
「はあ、まったく余計なことを考えんじゃねえよ。それじゃ、俺はここまでだな。じゃな、満」
「あ、うん、また明日ね」
帰る方向が別々なので、途中で別れる満と風斗。
この時の満は気が付いていなかった。背中を向けた風斗の顔が真っ赤であることに……。