第65話 真家レニの楽しみと悩み
「てひひ、ルナちいいなぁ。あんなにたくさん衣装作ってもらって」
光月ルナの配信を見終えた真家レニが、余韻をかみしめるようにして椅子にもたれ掛かっている。
「ずいぶんはしゃいでいたようだな、小麦」
「あ、パパ」
部屋に入ってきた父親に驚く真家レニ、いや小麦である。
「いやぁ、ルナちの配信に乱入するの我慢するの大変だったよ、てひひひ」
父親の方を振り返って苦笑いを浮かべる小麦である。
「ルナちって、……ああ、注目してるっていうアバター配信者の光月ルナのことか」
娘の話はちゃんとよく聞いているせいで、すぐにピンときてしまう父親である。
「そそっ、吸血鬼のお嬢様アバターでやってる子なんだよ。自分のことを『僕』って呼んでるけど、お嬢様しててこれがまた可愛いんだ」
「ほほう、それは興味あるな。見てみても構わないか?」
「なになに。パパも興味あるわけ?」
「お前が興味あるっていうのならな」
娘である小麦ににやついた顔で質問された父親は、大真面目に答えていた。
まったく、この親子はかなり仲がよいようである。母親が海外出張でよく不在になっているというのも大きいのかもしれない。
「ほう。しかし、この光月ルナっていうのは誰かに似ているな」
「あ、やっぱりパパもそう思う? 私もすぐに分かっちゃったよ」
父親はあごを触りながら、何かを思い出そうとして難しい顔になっている。
「まあ、私は最近、その当人と会ったんだけどね。なんかママに聞いていた話と違って見えたかな」
「会った?!」
「そ、私が寝込んだ日があったでしょ。あの日に会ってたんだ」
「なんだって?!」
父親が驚きのあまり、小麦の両肩をがっしりと掴む。
「ちょっとパパ、痛いってば……」
痛みに表情が歪む小麦。痛そうな顔をする娘の姿に、父親は慌てて手を放す。
「すまなかったな、小麦。だが、あの吸血鬼に会ったというのは本当なのかい?」
父親が確認すると、小麦は無言で頷いている。その姿に父親はついついため息をついてしまう。
「そっか。だが、本来ならママに報告しなきゃいけないところだぞ。あの吸血鬼を封じるのに、ママがどれだけ大変な思いをしたのか分からないお前じゃないだろう?」
「分かってる。でも、それでも今の彼女は信用できると思うのよ」
「うーん。……小麦がそこまで言うのならなぁ」
腕を組んで唸る父親。小麦はじっと真剣な表情で見ている。
「だが、いずれママにも知られる。黙っておくのは構わないんだが、その時は覚悟しておけよ?」
小麦は、こくりと大きく首を縦に振る。
父親がこのように確認をしたのにはわけがある。
実は小麦の母親というのは、吸血鬼というようなイレギュラーな存在を認めない頭の固い人間なのである。なので、そういった存在を滅して回る退治屋という仕事もしている。
表向きはただの大企業のキャリアウーマンである。だが、その裏には血も涙もないような厳格な性格も持ち合わせているである。そういう意味では、小麦は父親似といったところだろう。
「はあ、ママは怖いものね。その時はその時だよ」
少し口をすぼめながら、机に小麦は突っ伏している。
「しかし、あの吸血鬼が表に出てきたのというのは気になるな。なにか本人から聞いたのか?」
「うん、まあね。本人が言うにはルナちが原因じゃないかって言ってる」
「このアバター配信者がか?」
父親が確認するように尋ねると、小麦は困ったような顔をして突っ伏したまま、頷くように顔を上下させる。
「そう。ルナ・フォルモントとルナちは姿かたちがよく似ているの。それに、波長も近いらしいから、ルナ・フォルモントはルナちに引っ張られて実体化できたんじゃないかって言ってる。ただ、まだ体を間借りする不完全なものらしいけど」
「ふむ。ならばまだ様子見といったところかな。他人の体を間借りしているのなら、まだ面倒にはないだろうな」
父親は考え込んでいる。
「ママに伝えるのは簡単だけど、今は聞いたことのない状態になっているから、間借りされた人間にどんな影響が出るのか分からない。だから、このまま黙っておいて様子見が正解だと思うんだ」
「パパも賛成だな。何か動きがあったら教えてくれ。もしとなれば、パパがママに連絡を入れるから」
「うん、それは約束する。だから、今は私に任せておいてほしいかな」
父親も納得したのか、小麦の部屋を出て行く。
「はあ、ルナち。無事にクリスマスのコラボを実現させようね」
父親との会話で疲れてしまったのだろうか、小麦はそのまま机に突っ伏して目を閉じてしまった。
「おい、小麦。言い忘れ……」
父親が戻ってきてびっくりする。小麦は寝息を立てて眠ってしまっていたのだ。
「やれやれ、年頃の娘相手じゃ、安易に体に触れるわけにもいかんよなぁ……」
どうするか迷った父親だったが、さすがに12月というこの時期に布団の中以外で寝かせるという選択肢は取れなかった。
目を覚ました娘に平手打ちをされる覚悟でベッドへと運ぶことに決めたのだった。
「ママもそうだが、小麦も一人で背負い込む癖があるからな。なんとしても父親らしく守ってやらねばな……」
どうにか娘をベッドに寝かしつけた父親は、責任の重大さにため息が出てしまう。
「それじゃ、おやすみ」
娘の頭を軽く撫でた父親は、改めて部屋を出ていったのだった。