第57話 こういう企画を忘れていた
その日、家に帰った満は早速配信の準備に取り掛かる。
ペットとほのぼののんびり戯れるだけの配信のつもりだけど、SNSや過去の配信のチャットにはいろいろと光月ルナに関する質問が飛んできていた。
それで思いついたのは、一か月経過記念ということでペットと戯れながらコメント返しみたいなものをしようと考えた。
そのため、今日の配信は夜10時から30分くらいを考えているようである。
ただ、コメントや質問に答えるにしても風斗が言っていたように中身バレというのは避けなければならない。アバター配信者というのは、なにかしらと悩ましい職業なのである。
満はひとまず追いやすいSNSのコメントから拾うことにする。
ただ、今の光月ルナのアカウントのフォロワーは5000人を超えているので、コメント数もシャレにならない数だった。
もちろん、インプレゾンビや高圧的だったり攻撃的なアカウントはミュート&ブロックしているので、確認するコメント数はだいぶ絞られる。それでも多いポストには500くらいのコメントが残っている。そのために、開始時間を遅らせるのだ。
(うーん、自分のアカウントのコメントの確認だけでも時間掛かるなぁ……)
ご飯を食べたりお風呂入ったり宿題したりと、やることはたくさんある。なので、できれば時間はかけたくないのが本音である。
しかしながら、今回は活動一か月という節目なので、できる限り拾っておこうと思う満なのである。
結局、配信で使えそうなネタを精査するのにほとんど時間を使ってしまった。ご飯を食べてお風呂に入った後のタイミングで一応配信の告知はしておいたが、遅らせた開始時間に間に合うのか怪しくなってきた。
悩んだ満は、ひとまず初期の方から適当に選んで答えることにした。
(よし、今日の配信を始めるぞ)
気合いを入れた満は、夜10時を迎えてクロワとサンとともに今日の配信を始める。
「おはようございますですわ、みなさん。光月ルナでございます」
『おはよるなー』
『おはよるな~』
『10時開始とは珍しいな』
当然のように開始時間へのツッコミが入った。
「ええ。一か月が経ったということもございますし、そろそろ僕に向けられた質問の数々に答えようと思いまして、ちょっと早起きをしてリストアップしておりました」
『なるほ』
『りょ。そりゃ時間かかるわ』
リスナーたちも開始時間が遅れた事情に納得してくれたようだ。これには満はついホッとしてしまう。
「というわけで、本日は僕の眷属のクロワとサンを眺めながら、質問に答えていこうと思いますわ」
『wktk』
『どんな質問に答えてくれるんやろなぁ』
見るからに楽しみにしているコメントが大量に流れていく。新人アバター配信者だからか、みんなかなり興味を持っているようだった。
「さすがに僕のことではない質問はすべて破棄させて頂きましたわ。僕が答えるのはあくまでも僕、光月ルナのことに関してだけですわよ」
『おいおい、そんな無礼を働いたやつがいるのか』
『アバ信の何たるかが分かってないな』
一部のリスナーからは自制を促すような反応が出ていた。
『中の人の話題はタブー』
これが、アバター配信者の配信を楽しむリスナーたちの暗黙の了解となっているからだ。
ただ、この流れはよろしくない。なので、満はわざとらしく咳払いをする。
「そのことはそのくらいにしておきましょう。せっかくのお話の時間が短くなってしまいますわ」
満がこう話せば、リスナーたちはぴたりと気持ちを切り替えていたようだった。
そこからは光月ルナの設定の部分を中心に質問を読み上げながら答えていく。
この部分の回答は、世貴と羽美の二人が用意した設定資料の中に書かれていた。満はそれを見ながら答えればいいだけなので、この流れは実にスムーズだった。
「えっと、では、次の質問に答えますわよ」
ここまでは実に順調だった。
「『尊敬するアバ信は誰ですか』。ふむふむ、当然出てきますわよね、この手の質問は」
満は考え込む仕草を撮りながら、クロワとサンを自分に近付ける。慣れてきたのか、結構器用なこともできるようになっていた。
そして、満はこの質問には迷うことなくきっぱりと言い切った。
「もちろん、真家レニ様ですわ。僕にとっては目標とするアバター配信者ですわよ」
『やっぱりレニちゃんかぁ』
『SILVER BULLET SOLDIERを配信ネタに選んだ時点でお察しだよな』
『れにるなは最高だぜ』
『尊い……』
リスナーたちの反応は真っ二つといったところだが、概ね予想通りという反応だった。
反応を楽しみながらちらりと時計を確認する満。元々30分間の予定だった配信は、すでに時間をオーバーしてしまっていた。
「あら、どうやらこのままでは予定を押してしまいそうですので、次を最後と致しますわ」
『ありゃ、もう30分経っていたか』
『思ったより短かったな、30分』
『ルナちのことを知れただけでも十分 ¥5,000』
唐突に投げ銭が飛んでくる。
「ありがとうございます。では、最後の質問に答えますわね」
満が最後に選んだ質問は、将来どうなりたいかという、これまたありきたりな質問だった。
「もちろん、みなさまに愛されるアバター配信者でございますわ。吸血鬼という立場からすると、日の当たる場所というのは危険極まりございませんけれどもね」
『たしかに』
『しかし、こういう世界は光が当たってなんぼだからな』
『吸血鬼には悩ましい問題やんけ』
『まぁ、これを見ているワイらはルナちのことは好きやぞ』
リスナーたちはとても優しかった。
「ありがとうございます。それでは、本日もお付き合い感謝致しますわ。それでは、ごきげんよう」
『おつるなー』
『おつるな~』
どうにかこの日の配信を無事に終えた満は、やり切った気持ちでしばらく余韻に浸っていた。
しかし、いつも寝ている時間をそろそろ迎えるために、すぐさま気持ちを切り替えて布団を敷いて潜り込んでしまったのだった。