第55話 一か月記念配信
「すーはー……、すーはー……」
配信を前に満は深呼吸をしている。
「ルナち、緊張してる?」
「ええ、こんなの初めてですから、それはとても。誰かに祝って頂くなど、おそらく初めてですわ」
配信を前に、真家レニの用意した部屋に入って配信開始を待つ。
まさかこんな機能があるとは思わなかった。二分割以外に部屋を共有して配信できるとは思ってもみなかった。
「にししー☆ レニちゃんも最初の一か月は緊張したもんよ」
「まぁ、真家レニ様でもですか」
「そうだよ。配信素人だったからね、何をしていいのか分からずにうっかり画なし配信しかけたよ」
「画なし?」
真家レニからのやらかしの告白に、満は思わずぎょっとしてしまう。
「当時のレニちゃんってばね、うっかり画像出すの忘れちゃって真っ黒の画面で配信しかけたんだ。も音声しかないってリスナーから指摘を受けてなんとか復帰したのさー、にゃはー☆」
過去の失敗談を明るく話す真家レニである。
「ちょっとは緊張解れたかなー?」
「え、ええ。楽になりましたわ」
真家レニから話を振られて、満は驚いてしまう。
「うんうん、それじゃそろそろ時間だよ。準備オッケー?」
「いつでもいいですわ」
確認の言葉と同時に、夜の9時を迎える。
部屋の権限を持つ真家レニが配信開始を押すと、連動している満の画面も配信中に変わる。
「こんばんれに~、今宵もれにちゃんねるへようこそだよ~」
「おはようですわよ、みなさま。光月ルナですわ」
『こんばんレニー』
『おはよるな~』
『おお、同じ画面でレニちゃんとルナちが一緒に映ってるぞ』
『おい、どっちの挨拶でやればいいんだよwww』
二人が同じ画面で同時に映ったがために、リスナーたちの間に混乱が起きているようだ。
真家レニの挨拶『こんばんれに~』と光月ルナの挨拶『おはよるな~』が微妙に割れてコメントに表示されている。
『両方言えばおk』
『訓練されたリスナーなら造作もないことよ(キリッ』
『そんなことより、ルナち、デビュー一か月おめめっ!』
『一か月か、めでてえぜ』
『なに?!ということは、投げ銭解禁か!』
『そのとおりだぞ、ぽまいら』
『ご祝儀だぞ ¥5,000』
『いきなりでかい金額投げんなwww』
満も真家レニも何も言わないというのに、リスナーたちだけで盛り上がっている。
『てか、共同配信だと投げ銭どっちに行くんだよ』
『この部屋はレニちゃんの部屋だぞ。レニちゃんに決まってるじゃまいか』
『ΩΩ Ω<な、なんだってー!』
「え、なになに、どういうことですの?」
リスナーたちの反応に満は混乱している。
「わわわっ、ごめん。設定変えるの忘れてた。ちょっと待っててね」
同じように真家レニも慌てている。しばらくすると、画面の上部に『50:50』の文字が浮かぶ。
「これでスパチャはレニちゃんとルナちで折半されるようになります。ご指摘ありがとうなのです~」
『この失敗がレニちゃんっぽくていいね』
『可愛いから、ワイは投げるで ¥10,000』
スパチャが半々になると分かった途端、いきなり万単位のスパチャが飛んでくる。満は思わず固まってしまう。
「ルナち、こんなの序の口だよ。さあ、ルナちの活動一か月を祝う配信、本格的に始めてくよ~」
「はっ、そうでしたわ! みなさま、よろしくお願い致しますわよ」
満も我に返ってぺこりと頭を下げていた。
配信自体は真家レニが主導する形で進んでいく。
真家レニが光月ルナのイラストを描いたところでは、相変わらずコメント欄はお祭りになっていた。
「さぁ、ルナち、あれは起動したかな?」
「もちろんですわよ。いつでもいけますわ」
『おっ、なんだなんだ?』
『この二人が揃ってるってことは、そりゃもうあれでしょ』
『だよなぁ。分からなきゃにわかだぜ』
リスナーたちが盛り上がっている中、分かり切った文字が画面に表示される。
そう、『SILVER BULLET SOLDIER』である。
「さてと、難易度はレニちゃんが選ぶけど、問題ないかな?」
「ええ、構いませんわよ。お任せしますわ」
「ではでは、共同ミッション開始なのですよ」
満にとって、真家レニ本人との出会いとなった思い出の共同ミッション開始である。
あれ以来もちょくちょく遊んでいた満は、それなりに腕前は上げていたつもりだ。
ところがどっこい、やっぱり真家レニの腕前の前には、満レベルではかすんでしまうようだった。
「よっし、共同ミッションの最速更新達成!」
『うげっ、このミッションで8分切りはやばいって』
『レニちゃんは相変わらずの腕前だけど、ルナちもずいぶんと腕を上げたな』
『素晴らしいコンビネーションでした ¥20,000』
『共同ミッションは二人の息が合わないと難しいもんな』
リスナーたちの反応は上々のようである。スパチャもちょこちょこと行われているようだった。
ゲームのプレイ配信を終えたところで、時間はちょうどいい感じになった。
「はい、一時間は早いですね。改めてだけど、ルナち、デビュー一か月おめでとう!」
『おめでとう』
『おめでとうなんだぜ』
「ありがとうございます。これだけ多くの方にお祝いいただけるなんて、僕は感動ですわ」
『88888888』
『実にめでたい、これからも配信頑張ってくだしあ』
温かいリスナーのコメントで埋め尽くされる配信だった。
「ではでは、ルナち、最後にひと言お願い」
真家レニに挨拶を求められた満は、どうしようかと迷う。
でも、今日は自分のデビュー一か月の記念配信なので、しっかり締めようと気合いを入れてひと言に臨む。
「みなさま、本日は僕のためにわざわざありがとうございました。もちろん、これからもアバター配信者としてやっていくつもりでございますので、応援をよろしくお願い致しますわ」
『僕っ娘お嬢様最高!』
『応援してるぜ』
リスナーは満の言葉でさらに盛り上がっている。
しかし、時間の経過というのは残酷なものだった。
「ではでは、ルナちのデビュー一か月を記念したコラボ配信、楽しんでもらえたかな。もう時間なので、これにてお開きにするのですよ」
『うおおお、もう終わりなのか』
『さみしいのう、さみしいのう・・・』
リスナーたちは名残惜しそうである。
「では、みなさま。また次の配信でお会い致しましょう。ごきげんよう」
「おつれに~」
『おつレニー』
『おつるな~』
二人が笑顔で手を振る中、真家レニが配信終了を押してこの日の配信は終了したのだった。