第54話 一か月目を迎えて
いよいよ、光月ルナ活動一か月の日を迎える。
この日ばかりは満は朝の時点から緊張していた。
「おいおい、満。そんな調子で大丈夫なのかよ」
「だだだ、大丈夫だよ。うん、きっと、うん」
見るからに緊張が漏れ出ている満に、風斗は心配そうな表情で声を掛けている。
風斗も今日が、光月ルナの活動一か月の日だということは知っている。なので、満の様子が気になってしまうのだ。
第一、下足場で入り口のドアの敷居につまずいて転びそうになっていた姿を、風斗は目撃していたのだ。これで心配にならない方がおかしいというものなのだ。
「まったく、お前は心の内が表に出やすいんだ。少しぐらい表に出さないようにしないと、いつか足をすくわれるぞ」
「む、むぅ~……」
風斗から説教をされて、満は頬を膨らませて抗議をしている。
「で、でも、レニちゃん……」
反論に出たところで、満はすぐに風斗に口を塞がれる。
「ほら、そういうところだ。ここは教室で誰が何を聞いているのか分かったもんじゃない。それこそ、SNSに書かれてあっという間に拡散されちまうぞ」
「うう……」
風斗に諭されて、満は縮こまって黙り込んでしまう。それはあまりにも正論過ぎた。
「わ、分かったよ。口に出さないようにすればいいんでしょ」
まったくもって言い返せない満は、不機嫌そうな表情をしながら愚痴めいた口調で反応している。
「ばーか、態度にも出すな。普段と違う様子を見せれば、何かあったのかとみんなは気にしちまうんだ」
「そっちも?!」
「そうだよ。お前の性格からして、聞かれちまったらホイホイ素直に答えちまいそうだからな。とにかく、平気なふりをしていろ。ちょっとミスったら、少し調子が悪いかもとか言ってごまかすんだ」
「わ、分かったよ、風斗」
風斗からのアドバイスに、満はたじろぎながらも首を縦に振る。
満がアバター配信者をしていることは風斗以外には秘密だし、ましてや今夜は人気アバター配信者である真家レニとのコラボ配信だ。活動一か月の記念に、まさかこんな大物と組めるとはまずあるわけがない事態なのである。
満が緊張しまくるのも分かる話ではあるが、明らかな動揺を表に出すなと風斗は言っているのである。
「しょうがねえ。今日はできる限り俺と行動しろ。変な質問が飛んできたら俺が代わりに答えてやる」
「う、うん。ありがとう、風斗」
「気にすんな。俺たちは親友なんだからな」
風斗の言葉に、満は嬉しそうに笑いながら頷いていた。
その満の顔に、思わずドキッとしてしまう風斗である。
「風斗?」
「いや、なんでもない。とにかく気をつけろよ」
「うん、分かったよ」
風斗の態度に妙な印象を抱きながらも、満は平常通りを心掛けることにしたのだった。
どうにかこうにかこの日一日の授業を乗り切った満は、ようやく安心だと大きく背伸びをしていた。
「よーし、終わったぁ。さっさと帰らなくちゃ」
背伸びから大きく息を吐く満は、帰る支度をいつものように始める。今日ばかりはゆっくりしていられないので、ちょっと慌て気味である。
「あら、空月くん、少し慌ててどうしたの?」
「わっ、花宮さん!」
支度を終えて帰ろうとすると、香織に声を掛けられて満は驚いている。
「花宮、一体どうしたんだ」
「いや、今日の空月くん、ちょっと様子がおかしかったなと思ってね」
香織の言葉に、満はおろか風斗までドキリと驚いていた。
風斗の見立てでは、朝の時点を除いては比較的いつも通り過ごせていたはずだったからだ。
「私だって幼馴染みだよ? 気が付かないとでも思ったの?」
「な、なんのことかな、あはははは」
香織に指摘されて満は笑ってごまかそうとしているが、この場合はどちらかというと逆効果である。案の定、香織から疑惑の目を向けられてしまった。
「悪いな。今日は気になってた本の発売日なんだ。だから、俺らはここらで失礼するぜ、じゃあな!」
風斗は鞄を持った満の首根っこをつかむと、そのまま引きずるようにして教室から飛び出していく。
慌てて出て行く二人の姿に、香織は驚いたというよりは呆れた表情を向けている。
「まったく、分かるわよ。だって私は……」
香織はそこまで言いかけて、くるりと自分の席へと戻って帰る支度をし始めた。その時の香織の表情は、何かを憂うような物悲しい表情だった。
その頃の満は、風斗に引っ張られたまま下足場までやって来ていた。
「はあはあ……、花宮のやつ、こういう時だけやけに鋭くてびびるぜ」
「本当に驚いたぁ……」
満は胸に手を当てながら、呼吸を荒げている。
「まったく、追いつかれないうちにさっさと帰るぞ」
「うん、準備の時間は長めに取りたいもんね」
満は風斗と一緒に、靴を履き替えて下校していく。
真家レニとのコラボ配信となった活動開始一か月の配信まで、残り5時間くらいだ。そろそろ真家レニが告知をしている頃だろう。
きっちりと準備をするためにも、心を落ち着けるためにも、少しでも時間が欲しいものである。
結局、満と風斗は一緒に家まで帰ってきてしまった。いつもならば、ちょっと前で別れるところなのだが、風斗も満のことがそれだけ心配だったのだろう。
「よし、家まで帰ってきたぞ。それじゃ満、今日の配信頑張れよ」
「うん、頑張るよ。配信見ててちょうだい」
「おう、ちゃんと待機して最初から最後まで見せてもらうぜ」
互いに手を振って風斗と別れた満は、家の中へと入っていく。
手洗いうがいを済ませた満は、配信に向けての下準備をすぐさま始めたのだった。




