第50話 イレギュラーな夜
翌日、目を覚ました満は驚いていた。
「今、何時なんだろう……」
部屋の中は真っ暗で、何が何だか分からない。床に転がったはずなのに、ちゃんと布団の中で眠っていた。何が何だか分からない。
「えっと、スマホスマホ……」
暗闇の中で手を部分と振り回すと、カツンと手に何かが当たる。
それは間違いなく満のスマホだった。どうにか拾い上げて時計を確認する。
『1:16』
時刻は真夜中を示していた。
ひとまず起きて、部屋の明かりをつけて自分の姿を確認する。
自分の髪や瞳を見ると、男に戻っているようだった。着替えた覚えはないものの、服は制服ではなく部屋着になっていた。ただ、それは女性ものなので、おそらくはルナが勝手に動いたのだろうと思われる。
「落ち着かないけど、着替えるのも面倒だからそのままでいようっか」
どうせ朝までの我慢だと、満は服を着替えずにそのままパソコンを立ち上げて自分のチャンネルを確認する。
すると、覚えのないアーカイブが一件増えていた。SNSを確認しても、どうやら吸血鬼ルナが勝手に配信を行ったようである。
満は自分のチャンネルのアーカイブを確認するが、実に普通にペットと戯れるなんてことのない動画だった。クロワとサンとひたすらお散歩したりじゃれあったりというほのぼの動画である。
喋り方も普段満がしている光月ルナに合わせているようで、配信からインポートされたコメントも実にほのぼのした感じになっていた。
満と吸血鬼ルナの声は実際似ているとあってか、コメント欄を見ても気が付いているような様子はない。満は少々ばかり複雑な気持ちになっていた。
とはいえ、それがアバター配信者の宿命ともいえるものなのかもしれない。
「うーん、また登録者が増えてる。これで収益化が始まったらどれだけの金額が来るのか、想像するだけで怖くなってくるな……」
自分の過去の動画の再生数を見ながら、満は思わず身震いをしてしまう。どの動画も数万再生を叩き出しているからだ。アーカイブすらそういう状況なので、一度見た人間がもう一度再生していると考えられるのである。
正直言って、この現象には満自身の理解が追いついていない。一度見て終わりなのではないのかと。
だが、世の中はそうではなかった。気に入ったものは何度でも見たくなる層は一定数いるのである。そういった人たちが、光月ルナの動画の再生数を増やしてくれているのである。
ちなみにこのPASSTREAMERの収益化システムは主に三種類ある。
一つは動画視聴時に冒頭に差し込まれる5秒間の広告。5秒を超えるものもあるが、それはそこでスキップできるので問題はない。
次は、配信中のスーパーチャット。いわゆるスパチャと呼ばれる投げ銭システム。
そして、最後は配信者や動画単位に対して行えるギフトシステムだ。対象によって上限設定がある。
どれもこれも、サイトにチャンネルを開設してから一か月後から解放されるシステムなので、満の場合だと次の水曜日まで解放されないシステムである。
未成年者の場合は保護者同意が必要だが、チャンネルを開設できた時点でそれはクリアしている。
収益化が解放されれば、そこまでの一か月分の収益も月末締めで計算されたものが送られてくる。収益化を達成したラインが十五日より前か後ろかで、収益の概算が送られてくる時期が変わる。
満の場合は、収益化を達成したのは月が替わる前だったので、開設一か月の通知とともに概算が送られてくるらしい(サイトのQ&Aより)。
「はあ、収益化の概算通知が来ないかなぁ。この年で借金ばかりが増えていくよ」
チャンネルを見ながら、満は大きなため息をついていた。
眠れない満は、何をしようかと考える。
とりあえず宿題をしておこうかと思ったら、すでに終わっていて首を傾げる。なにせ満が寝ている間に吸血鬼ルナが済ませていたからだ。
「ルナさんが済ませたんですかね。僕より頭いいし……」
自分が解けない問題もすんなりと解いていたので驚いている。教科書に載っている答えを確認したら合ってるから困ったものだ。
「しょうがない。何か動画作ろうかな。レニちゃんとのコラボも考えなきゃいけないし」
やることがなくなった満だが、寝る気もまったく起きない。となれば、収益化額を増やすために動画を作るのが一番だと考えたからだ。
満の動画を作る腕前はまだまだ未熟だ。世貴が用意してくれたマニュアルのおかげでなんとかできているようなものなのである。
すっかり目の覚めた満は、動画を作り始める。
あえて、ペットだけの動画を作ってみることにしたのだ。言ってしまえば売り出す時のための販促動画である。
クロワとサンにただ指示を送って、二匹が戯れるだけの動画である。
時間にしてみれば10分あるかどうかの短いものではあるものの、気が付いたら外が白み始めていた。
「うわっ、もう朝になってる」
一段落して背伸びした満は、カーテンの隙間から光が漏れているのに気が付いて驚いていた。
時計を見れば5時51分。いつもなら起きてチャンネルとSNSをチェックしている時間だった。
ひとまずできたので、満は自分のチャンネルに動画をアップする。自分のアバターは今回は撮影者という体でまったく出てこない。
「これでよしっと。それじゃ、学校行く準備をしようかな」
満は着ていた服をようやく着替える。忘れていたが、ここまでずっと女性ものの服を着ていたのである。しかし、戸惑うこともなく普通に着替えてしまっていた。
着替えが終わると、最後にSNSで新しい動画をアップをしたことを通知して、満はいつもの生活に戻ったのだった。