第48話 幼馴染みは騙せない
ホームルームが終わった瞬間、満はクラスメイトに囲まれていた。
突然クラスメイトに囲まれてびっくり仰天の満。驚きで固まる満を見ながら、風斗は思い切り溜息をついていた。やっぱりかという表情である。
そう、満はまったくもって失念していた。
ただでさえ転校生が来るとみんな珍しがって寄ってくるというものだ。普通の転校生でもそれなのに、銀髪翠眼の外国人がやって来たとなれば、当然見世物の度合いが高まる。興味津々に加えてお近づきになりたい一心で、クラスメイトが一斉に詰め寄ったのだ。
「え、えとぉっ?!」
あまりにも怖くて、満は思わず変な声を出してしまう。
ちらりと風斗の方へと視線を向けるものの、風斗は目を伏せて小さく首を横に振っている。
それもそうだ。「ルナ・フォルモント」を名乗った以上、風斗とは赤の他人である。頼るわけにはいかなかった。
クラスのみんなに囲まれて困っていると、一人の女子生徒が突然手を叩きながら大きい声を出す。
「はい、みんなやめよう。ルナさん、すごく困ってるじゃないですか。みんなで一気に詰め寄りすぎなのよ」
誰かと思えば、香織だった。しかもそう言いながら満の前に割り込んでくる。クラスメイトを遠ざけるつもりのようだ。
「ほら、村雲くんも追い払うの手伝って」
「あ、ああ」
香織は風斗も呼び寄せて、クラスメイトたちを追い払ってしまっていた。
ようやく、満の周りからは誰もいなくなった。ようやく落ち着けると、胸に手を当てながら満は大きく息を吐く。
だが、一難去ってまた一難とはこういうことか。今度は香織がにこにことした笑顔のまま満を眺めている。
「ルナ・フォルモントさん、お昼休みにでもお話よろしいでしょうか」
香織がやたらとにこにこした笑顔を向けてくる。
満と風斗はこの笑顔に見覚えがある。ごくりと息を飲んだ二人は、「はい」と答えることしかできなかったのだった。
そうして迎えた昼休み。
満のところに笑顔の香織がやって来た。
しかし、ここで話をするのもよろしくないかと、風斗の提案でいつもの屋上の前まで行くことになってしまった。
屋上の扉の前までやって来たところで、香織から予想外の言葉をかけられる。
「さて、空月くん、事情を説明してもらおうかしら」
「えっ……」
風斗を無視して、香織はいつになく強気に満に迫ってくる。
「とぼけないでね。前に一回会っているじゃないの」
「ええ、覚えているの?!」
香織の言葉に、満は驚きを隠せなかった。
それというのも、夢の中でルナから前回学校で変身した時のことは消したという風に伝えられていたからだ。
なのに、香織はしっかりその時のことを覚えている。一体どういうことなのだろうか。満はあまりの事態に混乱している。
「花宮、落ち着け。そんなに詰め寄ったら説明できるものもできやしないぞ」
風斗が満と香織の間に割り込む。さすがに香織の雰囲気がおかしいので、幼馴染みとして止めざるを得ないのだ。
風斗が必死に止めたかいもあってか、どうにか香織は距離を取ってくれた。
「ごめんなさい。でもね空月くん、事情だけ説明してもらえないかしら」
香織の真剣な表情に、満と風斗は揃って悩む。
それというのも、ルナの説明をしようとすれば、光月ルナのこと、つまりはアバター配信者の話にまで及びかねないからだ。
アバター配信者は中の人のことは基本的に口外しないので、その事態だけはどうにか避けたいというわけなのだ。
悩んだ二人は、その辺りをどうにかぼかしながら香織に事情を説明したのだった。
「なるほど……。つまり、空月くんはその自称吸血鬼の人に取りつかれたというわけなんだ」
「まぁそういうことだな」
どうにか香織を納得させることができたようだ。これには満も風斗もひと安心している。
「というわけで、何がきっかけで女になるか分からないし、そういう時に任せられる人物ができたのは安心だな」
「うん、そうだね。もしもの時はお願いするね、花宮さん」
「あ……うん。任せてちょうだい」
風斗と満は喜んではいるものの、香織はちょっと違ったことを思っているようだった。
(これで昔みたいまた空月くんと一緒に遊べるんだ。よし、頑張らなくっちゃ)
なぜか二人の前で鼻息を荒くして拳を握りしめる香織。満と風斗は香織の姿を見て思わず首を傾げてしまっていた。
ちょっと幼馴染みがよく分からないといった状況だった。
「よし」
香織は立ち上がってスカートの裾を叩くと気合いを入れていた。
「女の子になっちゃった時は私に任せて。最近疎遠になっちゃったから、やっと幼馴染みできて嬉しく思うもん。張り切っちゃうわ」
「あ、あははは」
「まぁそうだな。幼馴染みなのに、ずいぶんと付き合い悪くなっちまったもんな」
「うんうん」
満たちは、久しぶりに三人一緒になって楽しそうに笑っていた。
笑っていると、午後の授業が始まるチャイムが鳴り響く。
「もうそんな時間か。じゃあ、教室に戻るかな」
「そうだね。戻ろっか、花宮さん」
「うん」
満を間に挟み込むようにして横並びになる三人。小さい頃を思い出したのか、その顔は笑顔にあふれていた。