第421話 小さな小さな変化
世の中は二月に入り、バレンタインが迫ってきていた。
「ねえ、満くん」
「なに、香織ちゃん」
朝のホームルームが終わったところで、香織は満に声をかけていた。
「最近、ルナちゃんになることないわね」
「うん、こっちで安定してきたみたいだよ」
そう、最近の満はずっと男であるために、香織はどうしても気になってしまっていたようなのだ。
この際、香織はちょっと違和感を感じた。
「ねえ、満くん。ちょっと聞いてもいい?」
「うん、何を?」
「なんだか、声、ちょっとおかしくないかな」
「そう? いつもと変わらないと思うんだけど」
香織が気になるものの、満は特に気にしていないようである。
ところが、やっぱり香織は違和感を感じてしまい、満の答えにもどことなく納得していない様子である。
香織の様子が気になる満だが、それ以上香織に何も声をかけることはなかった。
その放課後のこと、香織は風斗と一緒に帰ることにした。
「俺と帰るとか、どうしたんだよ、花宮」
満と一緒に帰るものだと思っていたので、風斗は予想外なことにびっくりしているようだった。
「うん、ちょっと満くんのことで気になることがあってね」
「満のこと?」
「うん」
香織から持ち掛けられた話に、風斗は不思議そうな顔をしている。
「昨日までは何も感じなかったんだけど、今日の満くんの声、ちょっとおかしい気がしたのよ」
「声が?」
「そう、声が」
「あー……。そういうことか」
香織が話す内容を聞いて、風斗は何か思い当たる節があるようだ。
すごくもったいぶったような反応に、香織はじっと風斗の顔を見つめている。
「どういうことなの、説明してくれない?」
よく分からない話に、香織は風斗に詳しく話すように迫っている。
ぐいぐいと近寄ってくる香織にも、風斗は特に動じていない。だが、圧の強さにちょっと押されているようである。
「ああ、俺たち男なら、誰もが通るやつだよ」
「……声変わりか」
「そういうこった」
風斗のヒントだけで、香織はすぐさま答えにたどり着いていた。
そう、香織が満に感じた違和感は、声変わりではないかと予想されたのだ。
実は、満はここまで声変わりをしていなかったのだ。そのため、地声でありながらも少女のような声を出せていた。そのため、男女どちらの状態でも、違和感なく光月ルナをやり遂げられていたのである。
だが、声変わりが起きるとなると、声が少なからず変化してしまう。たいていの場合はかなり低くなってしまう。
そうなるということは、光月ルナの活動の危機になるのだ。
「……もし、そうだとするのなら、光月ルナを続けられる手立てはないのかしらね」
「どうだろうな。世貴にぃに話をすれば、ボイチェンとか寄こしてくれそうだけど、満がどう思うかが問題だな……」
声変わりを前提に二人は話を始めてしまう。まだ確定したというわけではないのに、気の早い話である。
「でも、その違和感をこの受験を控えた時期に感じるとはなぁ。こいつは高校受験も一筋縄じゃ行かなさそうだ」
「そっちは多分大丈夫だけど、光月ルナを楽しみにしている人が多いから、心配になってきちゃうな」
「まぁ、それはそうだな。世貴にぃなんかは特にファンだからな」
香織はかなり深刻そうな顔をしているが、風斗はどちらかといえば楽観視している感じである。
「とりあえず、本当に声変わりかどうかを確認してみないとな」
「あ、うん。そうだね。私ったら、ちょっと早とちりしちゃったかしら」
「まっ、好きなやつのことだから、気になるのは仕方ねえだろうよ」
「……うん」
風斗に『好きなやつ』といわれて、香織は分かりやすいくらいに顔を真っ赤にしていた。
どうやら、香織は満のことがまだ好きなようである。一度断わられたとはいえ、満はかなりあいまいな態度を示していた。なので、まだ望みがあると諦めきれていないようなのだ。
「村雲くん」
風斗の家が近くなったこともあって、香織は突然立ち止まって声をかけている。
「なんだ、花宮」
「今日の帰り道、付き合ってくれてありがとう。ちょっと気持ちが楽になったわ」
後ろ手に組んでかばんを持った状態で、香織はにこりと微笑んで風斗にお礼を言っている。
「気にすんなよ。幼馴染みなんだし、相談に乗ることくらい当然だろ」
香織のお礼に、しれっと風斗はいいのけていた。
幼馴染みだから当然。
何気ない言葉ではあるものの、この時の香織にはずいぶんと響いてしまったようだった。
「そっか、そうだよね」
目を閉じて小さくつぶやくと、香織は改めて風斗の顔を見る。
「よし、バレンタインも近いし、ちょっと頑張ってみるわ」
「あ、ああ。実るといいな、花宮」
「うん!」
風斗が小さく激励すると、香織はこれでもかというくらいの笑顔を見せていた。
「村雲くん、ありがとう。それじゃ、また明日ね」
「ああ、また明日な」
風斗と別れの挨拶をした香織は、そのまま走り去っていく。
まったく、なんだったんだろうかなと、後ろ姿を見送りながら風斗は思わず笑ってしまっていた。
「にしても、声変わりか……。低くなってたら、満のやつ、一体どうするんだろうかな」
落ち着いた風斗は、香織が話していた満の異変のことが気になってしまう。
アバター配信者は、満にとってはあこがれの職業だ。人気も高まっているキャラだけに、こんなところで終わりたくはないだろう。
風斗は気にかけながら、自分の家へと戻っていったのだった。




