第410話 半身との別れ
こうして、小麦は大学に通うために住んでいるマンションへと戻っていった。その出発の際には、ちょっと残念そうに笑っていたのが印象深かった。
当然ながら、満はその表情を見て首を傾げていた。やっぱり、満の鈍さはそう簡単には解消できないのである。
翌日、満はまた芝山家を訪れていた。
「昨日の今日で、またやってくることになるとは思ってませんでしたよ」
「悪いな、満よ。今度は妾が挨拶をせねばならんのだ」
やれやれといった感じの満に対して、家から出てきたルナ・フォルモントが声をかけてきた。
普段はゴシックドレスといった感じの服装のルナ・フォルモントだが、この日は普通の少女のような服装をしていた。とはいえ、コートを着ているので肝心の服はほとんど見えないのだが。
「ルナさん、どうしたんですか、その格好は」
「普通の服も似合うだろう。妾も一度、拠点に戻ろうと思うてな。いんたぁねっととやらに封じられてから十年もの間、自分の居城に戻っていなかったからな。グラッサとともに海外に行くことにしたのだよ」
服装のことを訪ねたら、ルナ・フォルモントはいろんなことを一気に話をしてきた。おかげで、満は鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔をしていた。
満の驚く顔が見れたルナ・フォルモントは、なんとも満足そうに笑っている。
しばらくすると、グラッサも姿を見せていた。
「あら、満くん。わざわざ来てくれたのね」
「グラッサよ。満なら、妾が呼び出したのだ。二年ちょっと体を共有しておったのに、挨拶もなく別れたとなれば、さすがに失礼であろう?」
「あら、ずいぶんと人間臭いことをするのね、ルナ・フォルモント」
「妾もそれだけ人間社会になじもうとしておるのだよ。真祖の吸血鬼とはいえ、いつまでも隠遁生活を送れるとは限らんからな」
呆れたように言うグラッサに対して、ルナ・フォルモントはずいぶんと胸を張って偉そうに話していた。まあ、その胸は元通りぺったんこになっているわけだが。
「でも、グラッサさんについていくとなると、飛行機に乗るんですよね。パスポートとか大丈夫なんですか?」
やいやいと話しているグラッサたちに対して、満が素朴な疑問をぶつけていた。
当然、普通の感覚なら浮かぶ疑問である。
「心配は要らないわ。私たち、退治屋の伝手を使えば、そのくらいは余裕で用意できるわ」
「パスポートってそんなに簡単に出せるものなんですかね……」
「そこは、私たち退治屋の秘密よ。怪異相手だからこそできる特殊なルートがあるのよ」
「は、はあ……」
グラッサの言い分がまったく理解できない満は、疑問は解消しないものの、納得することにした。
「妾もグラッサの仕事を手伝うことにしたぞ。さすがにグラッサの夫の手伝いをしたかったのだが、グラッサが結局難色を示してな。妾がそんな無粋なことをすると思うたのかと思うぞ」
「ダーリンは大丈夫だと思うけれど、やっぱり目を離すわけにはいかないからね」
「おいおい。私はそんなに信用ないというのか?」
「ダーリンというよりも、ルナ・フォルモントに信用がないのよ」
「酷い言い草だのう……」
グラッサのやり取りを聞いていて、ルナ・フォルモントは表情を歪ませてしまう。どこまでも信用がないのだなと、ため息しか出ない。
目の前のやり取りを見ていた満は、どう反応していいのか分からないために、ただ呆然と見守るしかなかったようである。
「まあ、満。妾と完全に離れてようやく自分を取り戻せたのだ。これからも、自分のやりたいようにして過ごしていくのだぞ?」
「は、はい。でも、やっぱりまだちょっと実感がわきませんね。ルナさんと離れているというこの状態が。夢でも見たら、そこで会えるんじゃないかと思っちゃいますよ」
「ふふふっ、それは可能だと思うぞ。妾はそもそも夜の住民だからな。まあ、困った時にはいつでも連絡をしておくれ。向こうに着いたら、グラッサが妾のためにスマホだったか、そういうものを買ってくれるらしいからの」
「そうなんですね。でも、連絡先、分かりますか?」
「ふん、心配ご無用というものだ。満は心配せんと、連絡を待っておればよい」
「はい、楽しみにしています」
ルナ・フォルモントと話をしながら、満は本当に楽しみらしくて、これでもかというくらいの笑顔を見せていた。なんだかんだといっても、ルナ・フォルモントは満が一番気を許している相手なのかもしれないようだ。
しかし、そうやって話をしていられるのも、もうわずかだった。
「ルナ・フォルモント。そろそろ出発するわよ。飛行機の時間に間に合わなくなるわ」
「おや、もうそんな時間か」
グラッサに言われて、ルナ・フォルモントはびっくりした表情をしている。
「では、本当にお別れだな。頑張るのだぞ、満。無事に高校生になれるといいのう」
「頑張ります。ルナさんこそ、お元気で」
「うむ」
ルナ・フォルモントは満とがっちり握手をすると、グラッサが乗る車の助手席に座る。
エンジンがかかり、いよいよ出発の時が来たようである。
「それじゃ、ダーリン。一人になるけれど、無理はしないでね」
「ああ、君を悲しませるようなことはしないよ。君こそ、体には気を付けてくれよ?」
「当然のことだわ。それじゃ、ダーリン、満くん。また会いましょう」
「グラッサさん、ルナさん、お元気で」
もう一度しっかりと挨拶を交わすと、グラッサの運転する車が家を出ていった。
満とグラッサの夫は、しばらくその走りゆく車を手を振りながら見送ったのだった。




