第409話 これでいいのか?
「それじゃ、私は東京に戻るね、パパ、ママ」
「ああ、気を付けるんだぞ、小麦」
「私の子だから大丈夫だとは思うけれど、ちょっとうっかりだから心配ね」
「もう、パパもママも心配性なんだからぁ」
家の前で、大学の講義の開始に合わせて戻ろうとする小麦を、グラッサと父親が見送っている。
「そういえば、ママ」
「何かしら、ドーター」
「ママはまだ戻らなくていいの?」
「ええ。私は、あれを一緒に連れていきたいと思うからね」
グラッサはちらりと家の方へと視線を移す。
真祖の吸血鬼であるルナ・フォルモントのことだ。彼女は基本的に日中は寝ているので、ここ最近の逆転生活で寝たまま起きてこなかった。
「もう……。ルナ・フォルモントにも見送ってもらいたかったなぁ」
「すっかり打ち解けてしまったな、グラッサも小麦も。討伐対象だったんだろ?」
「ええ、まあ、そうね」
父親の言葉に、グラッサはにっこりと笑っていた。
確かに、退治屋であるグラッサと怪異であるルナ・フォルモントは敵対関係にある。それが、今ではすっかり打ち解けてしまっている。世の中どうなるか分かったものではない。
「それじゃ、そろそろ出ないと電車の時間に間に合わなくなるから、私は行くわね」
「ドーター、駅までなら送るわよ」
「いいの。今日はなんだか歩きたい気分だから」
小麦はにっこりと笑っている。
(はぁ……。満くんからちゃんとした返事が欲しかったなぁ)
小麦はちょっと心残りを思いながら、芝山家を出発して駅に向かおうとしている。
まさに家を出ようとした時だった。
「小麦さん!」
呼ぶ声が聞こえてくる。
くるりと振り向くと、そこにいたのは男の子に戻った満だった。
「満……くん?」
びっくりして小麦は立ち止まってしまう。
一方の満は、相当慌てて来たのか、かなり呼吸がしんどそうだった。さすがは一月の朝、吐く息が白くなる。
「もう、どうしたのよ、満くん」
「ちょっと前に連絡した通り、見送りに来たんです」
「連絡? 見ていないんだけど……。ああ、もしかしてPASSTREAMERで連絡くれたの?」
満の話す内容に困惑しながらも、小麦は思い当たったらしく、大声を出している。
「はい、そうですよ」
「ごめん、今日は帰る日だから起動してなかったんだ。でも、わざわざ見送りに来てくれて嬉しいよ」
満に謝りながらも、小麦は照れくさそうに笑っている。
「でも、どうしたの」
さすがは小麦。満の様子がおかしいことに気が付いたようだ。
「はい、今日、小麦さんが戻ってしまう前に、どうしても伝えておかなきゃと思ったんです」
「どうしても伝えたいこと?」
小麦が聞き返すと、満はこくりと頷いている。
なんだろうと小麦は満をじっと見つめる。
いつもならばここで満が顔を背けそうになるところだが、今日の満はいつもとは違い、じっと小麦の顔を見つめ続けている。さすがに、いつもとは違う満の様子に、小麦の胸も高まってしまう。両親が見ている前だということを忘れてしまうくらいに。
「……昨日、幼馴染みの二人と話をしたんです」
「風斗くんと香織ちゃんだっけか。そっか、何を話したの?」
幼馴染み同士の会話ということで、小麦は気になってしまう。
「ここではっきりさせておけって言われました。いつまでもあいまいにしているとダメだって。小麦さんの言ったとおり、僕の性別も安定しない可能性がありますからね」
「ふむふむ」
小麦は相槌を打ちながら、満の話を聞いている。
「そこで、僕はひと晩悩みました。悩んで悩んで、ひとつの結論を出しました」
満はとても自信たっぷりな様子で、小麦に向かってはっきりと言いきった。
満と小麦の様子を、グラッサと父親も真剣な様子で見守っている。満が出した結論というのはどういうものだろうかと、とても興味を抱いているようだ。
そして、満と向かい合っている小麦もかなり緊張している。それというのも、前日に一度断わられているからだ。またここでも言われるのではないかと、かなり強く警戒しているのである。
まだ一月の年が明けたばかりの朝だ。寒い空気が満ちている中、その場には沈黙が漂っている。
満は大きく深呼吸をすると、改めて小麦の顔をしっかりと見つめている。
「小麦さん」
「は、はい!」
名前を呼ばれて、つい背筋を伸ばして返事をしてしまう小麦である。それだけ緊張しているのだ。
「僕に対して告白してくれたこと、とても嬉しく思います」
「ど、どういたしまして……」
「今までを思い返して思った僕の正直な気持ちを伝えます」
満がこう告げれば、小麦はごくりと息をのんでしまう。どんな言葉が告げられようと、しっかりと受け止めようと、覚悟を決めるためだ。
満が次の言葉を告げるまで、あまり長くはなかっただろう。だが、その時間は、小麦にとってはとても長く感じられた。
ゆっくりと満の口が動く。
「小麦さん、僕も好きです。小麦さんの言う好きとは違うかもしれませんけれど、僕にとって小麦さんは大切な人です。これからもアバ信仲間としてお付き合いしましょう」
社交辞令のような言葉が返ってきたけれど、ひとまずはこれでいっかなと思う小麦である。
「あらら、これはずいぶんと前途多難じゃないかしら」
「やっぱりだったな。でも。これはこれで進展があったと見ていいんじゃないかな」
「ええ、そうね。私とダーリンは、逆だったものね」
「そうだな」
恥ずかしそうに満の差し出した手を握る小麦。
その様子を見ていたグラッサと父親は、とりあえずこれでいいかと微笑ましくその姿を見つめていた。




