第404話 悩める小麦
「ふぅ……」
配信を終えて、小麦は大きなため息をついていた。
「お疲れだな、小麦」
「あっ、ルナ・フォルモント。そっか、部屋にいたんだ」
「うむ。のどが渇いていないかと思ってな。グラッサたちは夫婦で仲良くテレビを見ておるよ」
「もう、パパとママってば」
ルナ・フォルモントから聞いた内容に、小麦はおかしくて笑っていた。
グラッサはほとんど海外暮らしなので、こうやって家族がそろうことも珍しいからだ。
「私も配信が終わったから、パパとママのところに混ざろうかな」
「それはいいとは思うが、今日のところは妾と話をせぬか?」
「ルナ・フォルモントと?」
小麦はきょとんとした表情をしている。
一体何を話すというのだろうか。小麦は疑問を感じていた。
「ずばり、話題は満のことじゃな」
「満くんのこと?」
小麦が聞き返すと、ルナ・フォルモントはこくりと頷いていた。
「小麦は満にかなり積極的に伝えておったよな?」
「うん。でも、ちょっと迷惑かなとは思って、ちょっとそこまで大胆にはいけなかったしね」
「そう、それがいかんと思うのよな」
「え、ええ?!」
ルナ・フォルモントからの指摘に、小麦はかなり焦ったような表情を見せている。
「妾は二年少々満と一緒におったからの。あやつの性格は大体把握しておる。はっきり言わんと伝わりきらんぞ」
「うーん、やっぱりそうなのかなぁ……」
小麦は腕を組んで考え込み始めた。
真剣に悩む小麦の姿を見て、ルナ・フォルモントはずいぶんと柔らかい笑みを浮かべている。
「いやはや、さすがにこのまま大学に戻るとは言わんよな、小麦」
「あっ、それはうん、もちろん。帰るまでにはもう一回満くんを誘って、しっかりとこ、告白しておこうって思うんだ。満くんからの返事は、まだもらってないわけだし……」
ルナ・フォルモントから迫られて、小麦は顔を真っ赤にしながらもじもじとしている。なんというか、いつもの自信はどこに行ったというくらいに落ち着かない。
「まったく、あのグラッサの娘とはいうても、年相応に悩み多き乙女といった感じだな。これだから人間というのは面白い」
小麦の恥ずかしがる姿に、ルナ・フォルモントは大きな声で笑っている。
「も、もう、ルナ・フォルモント! からかわないでちょうだいよ」
「いやぁ、からかってはおらぬよ。妾の素直な感想よな」
小麦が頬を膨らませて顔を近付けてくるが、ルナ・フォルモントはまったく動じていない。それどころか、落ち着けと言わんばかりに肩を叩いている。
「グラッサにいんたぁねっとの世界に閉じ込められていた時もそうだし、満の中に入ってから、妾は人間たちをよく見てきた。長きを生きる妾だからな、それを通じて人間というのはどういうものかというのを、少しは学んできたつもりじゃよ」
「ルナ・フォルモント……」
ちょっと怒っていた小麦だが、ルナ・フォルモントが優しく諭すように話をすると、少しずつではあったが状態が落ち着いてきているようだった。さすがはかなりの時間を生きる真祖の吸血鬼である。
「妾のような吸血鬼に比べれば、人間の一生は短い。とにかく、後悔しないようにやりたいことはしっかりとやらねばな。後で後悔をしても、取り返しがつかんのだからな」
ルナ・フォルモントにはっきりと言われて、小麦は真剣に考え込んでいる。
その様子を見て、ルナ・フォルモントはにっこりと笑っている。
「いつ帰るかは知らんが、やるなら早い方がいい」
小麦の肩をもう一度叩いたかと思うと、ルナ・フォルモントは立ち上がって部屋を出ていく。
「あれっ、ルナ・フォルモント。どこに行くの?」
「夫婦水入らずを邪魔したくないと思ったが、妾もあの二人に言わねばならんことがあるのでな。ちょっと、お邪魔しに行ってくるだけだ」
小麦の質問に、ルナ・フォルモントはあっさりと答えていた。
「ようやく外の世界に戻ってこれたんだ。妾にもせねばならんことがあるのよ。怪異にも怪異の事情というものがあるということだ」
小麦の部屋の扉を開けて、ルナ・フォルモントは下を向きながら呟いている。
「そういうことだ。小麦もあのグラッサの娘だというのなら、自分の意思を強くはっきりと持つことだ。それではな」
言いたいことだけを言い残すと、ルナ・フォルモントは小麦の部屋を出て、扉を閉めて一階へと降りていく。
部屋に残された小麦は、しばらくその場から動けずに立ったままだった。
「……自分のやりたいことかぁ。うん、そうだね、ルナ・フォルモント」
小麦は何か決心をしたらしく、すぐさまパソコンに向かってメッセージを打ち始める。
『ルナちへ
明日の午前十時、家に伺わせてもらいます
大事な話がありますので、明日は私に付き合って下さい
真家レニより』
一応、PASSTREAMERのシステムを使っての言伝なので、お互いのアカウント名でメールを打ち込んでいた。
送信をクリックして、小麦は安堵のため息をつく。
「ふぅ、無事に送れたわ。……あとは満くんからの返信を待つだけ。満くんは寝るのが早いらしいから、返事は明日の朝かな」
小麦は、椅子にもたれながら天井を眺めていた。
しばらくそのままの状態で待ち続けたが、やはり満からの返事はなかった。
結局、そのまま諦めて寝ることにした小麦は、歯磨きを済ませてから眠りについたのだった。




