第400話 すべてはお見通し
……時間が止まっていた。
前は頬にされていた口づけを、今度は唇にされていたのだから。
思わず力が入り、満は小麦を自分から引き離す。
「こ、こ、小麦さん?!」
満はものすごく混乱している。いきなりキスをされれば、誰だった混乱する。
満にいたっては、そもそもがとても鈍いせいでさらに驚いているようだった。
「やっぱり、私は満くんが好きなんだよ」
「小麦……さん?」
耳まで真っ赤にして、小麦はじっと満を見つめている。
「自分で好きになって、勝手に終わらせたけど、やっぱり満くんの姿がずっと頭に浮かんでた。男でも女でも、私は満くんが好きなんだ。それはどうしようもない事実なんだ」
満がしっかりと引き離しているので、小麦は距離を詰められない。しかし、満の腕の分しか距離が離れていないので、小麦の仕草の一つ一つはしっかりと満の視界に入ってしまう。
なんとも悩ましげな小麦の姿に、満は困ってしまう。
「えと……その……、うん」
その状態のまま、満はあちこちへと視線を向けながら、どうにか落ち着こうとしている。
だが、どうしたらいいのか分からずに、満はそのまま固まり続けていた。
「満ー? 何か音が聞こえたけど大丈夫?」
そこに母親の声が近付いてきた。
「わわっ、お母さんだ。小麦さん、ちょっと落ち着こう」
「う、うん……」
母親の声が聞こえてきたことで、一度小麦を落ち着かせて、自分も冷静になろうとしている。
しばらくすると、部屋の扉が開く。
「満、小麦ちゃん、何かあったの?」
「あ、お母さん。別に何でもないよ」
「そう? 音が聞こえた気がしたんだけど」
「そ、空耳ですよ、おばさん。私たちは普通にケーキを味わってただけなんですから」
満がごまかそうとするが、母親は引き下がらない。小麦も一緒になってごまかすものの、やっぱり何かを疑っているような顔をしている。
「そう、何もなかったのね。悪かったわね、邪魔しちゃって」
母親は首をひねりながら、声をかけている。
「それじゃ、ゆっくりしていてね。このままならお昼をうちで食べていくことになるけど、それでいいかしら」
「はい。満くんとはまだ話をするつもりですから、それで構いません」
「そう、分かったわ」
小麦がにっこりと笑顔で答えると、母親はすんなりと引き下がった。
「それじゃ、ごゆっくりどうぞ」
母親は、何か意味のありそうな笑顔を浮かべて、そのまま部屋を出ていった。
部屋から母親が出ていくと、満と小麦はほっと胸を撫で下ろしていたようだった。
「はあ、どうなるかと思ったぁ……」
満はケーキを避けるようにしてテーブルに突っ伏している。
ところが、小麦はまだ困った顔をしていた。
(ああ、満くんのお母さん、絶対何か気付いてるわ……。満くんもだけど、私も結構表に出ちゃうからなぁ……)
そのように感じた小麦は、顔を真っ赤にしたまま、頬を両手で挟んで下を向き続けていた。
本当にこの二人は、分かりやすいくらいに顔にも態度にも出てしまう。
このなんとも気まずい状態がしばらく続いていしまい、母親がお昼ができたと呼びに来るまで、何の話もできないまま時間が過ぎたのだった。
案の定、お昼にはなぜか赤飯が出てきた。
赤飯を前にしながら、満の母親はにこにこと笑い続けている。満はわけが分からないという顔をしており、小麦の方は予想通りだったと天井を仰いでいた。
食事が終われば、小麦は自分の家に帰ることになる。
満は母親と一緒に見送りに玄関にやってきていた。
「それじゃ、私は帰りますね」
「うん、小麦さん。また会いましょう」
「うん、満くん」
どことなくよそよそしくする二人の姿に、母親のにやつきはまったく止まらない。
「いいわね、青春って。私は会社勤めになってからの恋愛だったから、そういうのはよく分からないわね」
「ちょ、ちょっと、お母さん?」
「お、おばさん、何を言ってるんですか!?」
母親によって投下された爆弾発言で、満も小麦も大慌てである。
「いいのよ。ただ、お父さんにはまだ内緒かしらね」
母親は二人の反応で完全に楽しんでいた。これが大人の余裕というものだろうか。
「小麦ちゃん。次に会えるのは大みそかかしらね」
「はい。新年の初詣に、家族とご一緒させていただこうと思っています。パパやママと相談した上で、こちらから連絡差し上げます」
「分かったわ。じゃあ、楽しみにしているわね」
「はい……」
小麦はなぜか照れくさそうにしていた。
そのまま、小麦は手を振りながら家へと帰っていく。
遠くなる小麦の姿を見送りながら、母親は満に声をかける。
「で、満は香織ちゃんと小麦ちゃんのどっちを選ぶのかしらね」
「お母さん?!」
せっかく気持ちよく見送ったというのに、母親の問い掛けに満は吹き出してしまう。
「私はどっちを選んでくれてもいいわよ。満が選んだ子なら、受け入れるから」
「お母さんってば、何を言ってるんだよぅ!」
ぽかぽかと叩かれながらも、母親はにこやかに笑っていた。さすがに中学三年生にもなった息子に叩かれると物理的に痛いのだが、余裕で我慢できているようだ。
年の瀬も迫ってきたこの中で、どうやら満は決断も迫られているようである。
親子の戯れもそこそこに、二人は家の中へと入っていったのだった。




