第397話 現実を見る
満は、目を覚ます。
いつもの自分の部屋だ。
「ルナさん……」
体を起こして、満はぽつりとつぶやいている。
不思議と何かを失った感覚があるからだ。
どうやら、本当にルナ・フォルモントは満の体から出ていったようだ。
(今日は、小麦さんの実家にでも顔を出そうかな)
ルナ・フォルモントが言い残していった当面の生活の場所、芝山家を訪問することに決めたようだ。
「あ……」
満は自分の体を見る。女性用のパジャマを着ていることに気がついて、慌てて服を着替える満なのである。
朝食を済ませた満は、両親に伝えて芝山家へと向かうことにする。もちろん、ちょっと時間を置いてからだ。
小麦の連絡先は知っているが、それ以外の連絡先を知らない満は、家まで直接向かうことにした。
そうしてやってきた芝山家。
時間は朝の九時過ぎなので、そう迷惑でもない時間だった。
(うん、大丈夫だよね)
満は拳を握って気合いを入れると、芝山家のインターホンを鳴らす。
『どちら様かしら。って満くんじゃないの。今出るから、待っててちょうだい』
挨拶をしようとする前に、出迎えられることになった。応対に出たのはグラッサだったのだが、なんとも判断が早かった。
しばらくして玄関が開く。
「いらっしゃい。来るとは思っていたけど、早かったわね」
「あ、はい。おはようございます」
「ええ、おはよう。とりあえず上がってちょうだい」
「はい、お邪魔します」
淡々としたやり取りを終えて、満は芝山家に入っていく。
家の中に入ると、満の目の前には見たことのある人物が立っていた。
「ルナさん」
「やあ、満。現実世界でこうやって会うのは、実に初めてだな。妾はこの時をどれだけ待ちわびていたか分からぬぞ」
満が名前を呼ぶと、ルナ・フォルモントは満足そうに笑っていた。ただ、その隣に立つグラッサは、かなり不満そうな表情をしていた。
「正直、怪異のボスといっていいあなたを放っておくのは、よろしくないのだけれどね」
「なにを言うか。妾とて深く反省はしておる。だからこそ、反省の意を込めて、ここにやって来たのではないか」
グラッサの文句に対して、ルナ・フォルモントはしっかりと言い返している。
「妾は恩を仇で返すような、そこらの怪異とは違うぞ。二年少々、そこな少年の中におったのだからな。妾とて学んでおるわ」
「さあ、どうかしらね。私とダーリンとのクリスマスを邪魔するように現れたあなたを、どこまで信用しろというのかしら?」
「ぐぬぬぬぬ……」
ルナ・フォルモントは、グラッサの言い分にぐうの音も出ないくらい言い負かされていた。
だが、なんだろうか。このやり取りを見て、満はなんとなく安心したような気持ちになっていた。
「二人とも、それくらいにしておこうか。満くんが困っているみたいだからな」
「ええ、そうね。ルナ・フォルモント、ここは一度休戦と行こうじゃないの」
「妾はもとより争う気はないぞ」
夫に説得されても、グラッサの態度は変わりそうになかった。これには鈍い満も苦笑いである。
仕事のあるグラッサの夫は部屋へと戻り、満はグラッサとルナ・フォルモントの二人と一緒に居間に移動する。
日当たりのいい場所にあるソファーに座り、三人は雑談を始めている。
「そういえば、ルナさん」
「なにかな、満」
「いえ、そんな日当たりのいい場所にいていいんですかね」
「ああ、そのことなら気にするな。満との共同生活の影響もあって、妾はより一層太陽が平気になった。ああ、体型じゃが元の通りに戻させてもらったぞ。あの体型は、妾には似合わぬからな」
「あっ……」
ルナ・フォルモントの話を聞いていた満は、その体の変化にようやく気が付いた。
かなり巨乳と化していた満とは違い、これでもかというくらい真っすぐな胸になっていたのだ。満が初めて女になった時の体型くらい、実に慎ましやかなものだった。
「さて、いろいろと積もる話もあるだろうから、今日は一日話でもすることとしようではないか」
「あなたが仕切らないでくれませんかね。居候の身で偉そうにするんじゃないですよ」
「ふふふっ、確かにその通りだな。妾も何かしら、今の世の中に適応したことをせねばならん。そういうことも含めて、お前たちと話をしようというわけではないか」
夢でも見たことある通り、ルナ・フォルモントは長い時を生きる真祖の吸血鬼として、かなり落ち着き払っている。
頼りがいがあるように見えていたグラッサですら、この通り、まるで子ども扱いである。
「そういえば、グラッサの娘、小麦というたか、あれは戻ってくるのか?」
唐突に、ルナ・フォルモントはグラッサに小麦のことを尋ねている。
「あれとか言わないで下さい。ドーターは物じゃないんですよ?」
言い方が気に食わなかったのか、グラッサが怒ったように言い返している。
さすがにここまで怒ると思ってなかったのか、ルナ・フォルモントは困った顔をしている。
「ああ、それは悪かったな。して、娘は今年は帰省するのか?」
ルナ・フォルモントは謝った上で、改めて問い直す。
「するとは言っていましたよ。ですが、休みは今日からですから、早くても夜ですよ」
「ふむ……。それではちょっと楽しみが足りんな」
グラッサと話をするルナ・フォルモントは、何か物足りなさを感じているようだった。
一体どんな話になるんだろうかと、目の前の二人のやり取りを見ながら、満はちょっとばかり不安になっているようだった。




