第381話 文化祭のステージ
翌日、文化祭二日目を迎える。
イリスと満は、午前中はクラスを手伝っている。昨日のこともあってか、ものすごく人気で大忙しだ。
お昼の1時を迎えて、二人はクラスの出し物であるメイド喫茶から立ち去ることにする。料理のストックは十分作っておいたので、とりあえずは問題はないだろう。
「それじゃ、文化祭の最後を彩るイベント、楽しみにして下さいね」
イリスはアイドルスマイルでクラスに言い残していくと、満と一緒に教室を出ていった。
向かった先は職員室。朝の時点で立ち寄って、谷上先生と確認をしていた。
「おう、体育館の使用許可はきちんともらっている。すべてが終わった4時から使用可能だぞ」
「そうですか」
谷上先生の言葉に、イリスはちらりと環を見る。視線を向けられた環はこくりと頷いている。
「きちんとCDは用意してあります。衣装もありますから、着替えられますよ」
「そう、さすが私のマネージャー」
イリスは親指を立てて環に向けている。
「いやぁ、君は巻き込まれてしまったわけだが、大丈夫かな?」
谷上先生は、満へと声をかけている。どうやら、イリスへの頼みに巻き込まれてしまったことで心配しているようだった。
だが、満はぐっと表情を引き締めている。
「大丈夫です。すでに夏休み中のイベントに強制的に参加させられてますから」
「そうか。だが、今日はその時よりも知っている顔ばかりだろうから、緊張しすぎないようにな」
「はい、お気遣いありがとうございます」
谷上先生の心配に、満はぺこりと頭を下げていた。
「それにしても、本当にその格好で踊るのか?」
「これも慣れていますよ。問題ありません」
「そうか。何かあったら俺が責任を取るから、安心してやってくれ」
「ありがとうございます」
谷上先生の言葉に、満は心強さを感じていた。
体育では男の時にお世話になっている先生だが、やっぱり頼りがいのある先生のようだった。おかげで、満の緊張は思ったよりもないようである。
「さあ、きっちりやっちゃいましょうね、ルナちゃん」
「はい」
満は、イリスと握りこぶしをこつんとぶつけ合わせていた。
いよいよ4時が近付いてくる。
緊張している満の耳に、校内アナウンスが聞こえてくる。
『このあと4時から、体育館で地元出身のアイドルであるイリスのミニコンサートが行われる。興味のある生徒及び来場者は体育館に急ぐんだ、がっはっはっ』
誰の声かと思ったら、谷上先生の声である。マイクを通しての声に慣れていなかったの一瞬分からなかったが、最後の笑い声ではっきり認識できたのである。
「まったく、谷上先生ってば楽しそうですね」
「アイドルオタクっていうのは本当なのね。いくら教え子だからって、マイナーな私にもここまでしてくれるんだから」
「本当ですね」
満はイリスと笑い合う。そのせいか、ちょっと緊張がほぐれたように思える。
「さあ、始めましょうか。環、音楽の準備は大丈夫かしら」
「大丈夫ですよ。ちゃんと音楽しか入っていないCDを持ってきていますし。そういうイリスこそ大丈夫ですか」
「私を何だと思っているのよ。後輩の前で立派な姿を見せて、アイドルというものに興味を持たせてあげるわ」
「気配入ってますね、イリスさん」
「もちのろんよ」
イリスは白い歯を見せてまで笑っている。よっぽど楽しみのようだ。
舞台裾で待機している満たちだが、体育館の中が段々と騒がしくなってくる。
気になってひょっこりと顔をのぞかせると、これまたたくさんの人が体育館に集合していたのだ。
「うわぁ、結構来てるなぁ」
「マイナーとはいっても、アイドルはアイドルよ。二か月前にもミニライブをしたばかりだし、興味を持った層はそれなりにいるってことね」
「そういうことですね。それでは、私は音楽の準備をするので、お二人はさっさと備えて下さいね」
「おう、司会進行は俺に任せてくれ」
「わっ、谷上先生?!」
話をしていると、さっき放送室にいたはずの谷上先生が体育館までやって来ていた。あまりにも突然の声だったので、満はものすごく驚いていた。
「がっはっはっ、教え子の紹介をできるとなれば、俺も鼻が高いというものよ。虹村はこんなところで終わるやつじゃない、もっとビッグにしてやるぜぇっ!」
谷上先生はそう言いながら、体育館の舞台に進んでいく。
アイドルを見に来たら、暑苦しい体育教師がいたなんて、なんという状況なのだろうか。まるでタイトル詐欺である。
だが、時間となったので、幕の前に立った谷上先生がマイクで喋り始める。
「みんな、よく集まってくれたな。これからわが校の卒業生であるアイドルのイリスがコンサートを開いてくれる。忙しい中来てくれたんだ、みんな楽しんでいってくれ!」
谷上先生が宣言すると、意外にも会場からは拍手が起きていた。谷上先生の勢いにすっかり押されてしまったというところだろう。
この森上がりようには、満もイリスも苦笑いである。
「さあ、始めましょうか」
「はい、イリスさん」
幕が上がると、さっきまで上演していた演劇部のセットがそのままの状態で残っている。その前に、イリスと満の二人が立っていた。
なんともちぐはぐな感じではあるけれども、せっかくのステージなので、しっかりとやり遂げるだけだ。
ぎゅっとマイクを握りしめていると、音楽が鳴り始める。
さあ、ステージの幕開けだ。




