第380話 イレギュラーにも真剣で
まったく大変なことになったものである。
文化祭の一日目が終わり、みんなが片付けをしているのだが、そこに満の姿はなかった。
では、どこにいるのか。
「えっと、ここは?」
「イリスの実家です」
「え?」
環さんから真顔で言われて、満は目が点になっていた。
そう、翌日のミニコンサートのために練習をするということで、満はイリスの家に連れてこられてしまったのだ。
「おや、可愛い子が来ているわね。舞、ナンパしたの?」
「お母さん、なんでそうなるのよ。谷上先生って知ってるでしょ? あの先生から無茶振りされてね」
「ああ、谷上先生ね。昔っからアイドルオタクだったからね、あの先生」
「体育教師なのに?!」
「オタクに職業は関係ないわよ」
イリスと母親が何かを言い合っていた。その様子を、どう反応していいのか分からない状態で満は眺めていた。
ちなみに満はメイド服のままである。一応、制服も持ってきているものの、着替える間がなかったのだ。
「この服装で練習するんですか?」
「仕方ないわよ。時間がなさすぎるわ」
「では、私がルナさんの家に電話を入れておきますね」
「ええ、環、お願いしますね」
満が戸惑っている間に、どんどんと話が進んでいく。満はどうやら、このままイリスの家に泊まることになりそうである。
ちなみに、満の母親からはあっさりと了承されてしまった。その代わり、メイド服で踊る姿を見せてほしいという要望があったくらいだ。まったく、この母親ときたら困ったものだった。
夕食まで時間があるので、イリスの持ち歌である四曲を確認する。
どれもこの間の夏祭りで踊ったり歌ったりした曲である。これなら満もすぐに対応できそうだ。
「あの、服装は僕はどうしたらいいでしょうか」
満は確認を入れる。
「それでいいんじゃないかしら」
「えっ?」
イリスから言われた言葉に、満は思わず目を丸くしてしまう。
「だから、メイド服でいいんじゃないかしらって言っているのよ。文化祭なんだし、無理に衣装を用意する必要はないわ」
「ええっ?!」
イリスに真顔で言われて、満は思いっきり驚いている。
「イリスの衣装はこの家の中にありますし、それでどうとでもなりますね」
「そうね。ただ、スカートで踊るとなると……」
話をしながら、イリスは満を見ている。
「ペチパンツでも買ってきて、環」
「分かりました」
イリスに言われて、環はすぐに家を出ていった。
「さあ、ルナちゃんは二階で私と一緒に練習よ。二か月前だけど、さすがに忘れている可能性があるから、確認しながら練習しましょうね」
「うう、分かりましたよ」
あれよあれよという間に、ミニコンサートを行う方向で完全に話はまとまってしまっていた。
歌の入っていないバージョンの楽曲を再生しながら、満はイリスと一緒になって歌ったり踊ったりしている。
小さい頃からアイドルを目指していたイリスの部屋は、防音設備がばっちり整えられていた。よく見ると窓が二重である。
「窓が二重……。イリスさんって小さい頃からアイドル志望だったんですか?」
「ええ、幼稚園の時からずっとよ。十年間頑張ってオーディションで合格したのよ。ただ、契約した事務所があれだったけど」
満の質問に、イリスは踊りながら答えている。しっかり振りつけが頭に入っているあたり、さすがはプロといったところだ。
イリスとの練習は、その日の夜遅くまで続けられた。
「あれ、満くんってばもうおねむなのかな?」
ところが、夜の十一時が迫った時だった。イリスは満の様子を見て声をかけてしまう。
それもそうだ。満が大きなあくびをしたのだから。
「はい、夜の十一時っていったら、普段の僕ならもうとっくに寝ている時間なんですよ。今日はいろいろあったこともあって、さらに眠いです……」
満はこう答えると、もう一回大きなあくびをしていた。
さすがにこのままじゃ満が危険だと判断したようで、イリスはここで練習を打ち切ることにした。
環に頼んで布団を敷いてもらうと、満にはとりあえずイリスが用意した服に着替えてもらうことにする。さすがにメイド服のまま眠らせるわけにはいかない。
「ありがとうございます……」
「すっかりお風呂を忘れちゃってたから、朝起きたら入ってね。私も入るし」
「はい、お世話になり……ま……ぐぅ……」
気が付いたら満は眠ってしまっていた。立ったまま寝落ちするとはなんとも危ない。環がすぐに支えたので大事には至らなかったが、本当に心臓に悪いのでやめてもらいたいと思うイリスなのである。
「まあ、巻き込んじゃったのは私だしな」
イリスはそういいながら、環の手によって布団に寝かされた満の顔をじっと見つめている。
「まったく、あの小麦ちゃんが好きになるのも分かる気がするな。満くんは、不思議な魅力を持った子だよ」
「そうですね。いくら吸血鬼に憑依されたからといっても、ここまで他人を惹きつけるのは簡単ではありません。この子自身に、それだけの魅力があるからでしょうね」
「そうだね」
イリスは顔を上げると、にっこりと笑っている。
「さあ、私たちも寝ましょうか。引き受けたからには成功させないと、ね?」
「ええ、いつでも全力投入ですよ」
イリスと環は顔を見合わせて笑うと、すやすやと眠る満の顔を見てもう一度笑っていた。
「さあ、やってやるわよ、明日」
「販促だと思えば、こういうのも悪くありませんね」
こうして、文化祭二日目を迎える満たちのなのであった。




