第372話 活動二周年
迎えた土曜日。満はとても緊張していた。
「見えないとはいえ、ちょっと服装に気合いを入れちゃったなぁ。大丈夫かな、これで」
なぜかこう、タイミングのいい時に女の子になっている満である。
室内だというのに、お出かけ用に服装に身を包み、そこにモーションキャプチャを装着している。
床は騒音対策に世貴と羽美の二人から送られてきたラグが敷かれている。声は漏れるかも知れないが、カーテンは一応防音用のものにしてある。
「夕方にはちゃんと二周年の記念の配信をするってポストしておいたから、あとはとにかく時間を待つばかりだね。うう、緊張してきた……」
満は、手のひらに『人』と書いてごくりと飲み込む。
おまじないとはいえど、こういうのに頼らないといけないくらい、今日は緊張しているのだ。
いよいよ配信予定の夜9時を迎える。
配信開始のボタンをクリックして、満はいよいよ光月ルナの配信開始二周年の配信をスタートさせる。
「みなさま、おはようですわ。光月ルナでございます」
いつものように落ち着いて挨拶をする。
『おはよるな~』
リスナーたちからもいつもの挨拶が返ってくる。いつもの挨拶にほっとする満である。
『いやぁ、ルナちのデビュー二周年はめでたい』
『おめでとう、ルナち』
ほっとしたのも束の間、あっという間にコメントログは二周年をお祝いする言葉で埋め尽くされていく。
予想はしていたとはいえ、その勢いを見ると驚かされてしまうばかりだ。もちろん、ところどころにお祝いのスパチャが飛んできているので、それも驚きに拍車をかけている。なぜなら、満はそのすべてをきちんと追いきれているのだから。
だが、この程度でびびっていてはいられない。これから二周年の配信の本題に入っていくのだから。
『いやぁ、ルナちの今日の姿、ずいぶん気合い入ってるな』
『ホンマやな』
『いつものミステリアスな感じもいいけど、こういうかわいい系もいい感じ』
「あ、ありがとうございますわ。僕としてはあまり似合っていない気がしましたけれど、そう言っていただけると嬉しいかぎりですわね」
リスナーたちから飛んできた褒め言葉に、満はお礼を言っておく。ここまで褒められるとは思ってもいなかったので、ものすごく戸惑い気味である。
それでも、配信をしている以上は進行しなければならない。これがアバター配信者のつらいところである。
『そういえば、なんかアイドル風の衣装やね』
『もしかして、今日の配信内容と関係ある?』
リスナーからの鋭い指摘に、満はどきりとしてしまう。
だが、この衣装、羽美がデザインして世貴がモデリングした代物だ。リテイクを持ちかけたところ、このようなデザインが返ってきた。なので、ただの偶然である。
とはいっても、本当に今日の配信予定の内容と思いっきりかぶっているのだから困ったものだ。世貴と羽美の兄妹は、本当に満のことをよく分かっているのである。
簡単なトークを展開した後、満はいよいよ本題に突入する。
「おほん。今回は活動開始二周年の記念すべき配信ということでございますので、ちょっと今までとは違ったことをしようと考えておりますわ」
『わくわく』
『なんだろうな、楽しみだ』
リスナーたちの反応は、かなり期待をしているような感じである。
さすがに過度の期待をされているようだが、だからといって満としても手を抜けない。満は気合いを入れて何かの操作を行う。
『おっ、この曲は』
『ぴょこまいの曲やん』
オフラインテストはしてみたが、ちゃんと配信に音楽を乗せられているようである。
その次の瞬間、リスナーたちはびっくりさせられている。
『ちょっ、ルナちが踊っとる』
『本当だ。これってMVの動きか』
『歌が始まるぞ、みんな集中して聴くんだ』
『おうっ』
満が歌い始めると、配信中のコメントががっつりと減る。
ところが、同接数は減るどころか逆に増えている。つまり、リスナーたちは満の歌と踊りに魅せられているのだ。
満がフルコーラスを歌い踊り終えれば、一気にコメント欄が湧き上がる。
『うおおおおおっ!』
『ルナちの踊りはリアルに見たことがあるが、ここまでとはなぁ』
『おう、もちろん今のはルナちの実際の踊りだぞ。俺は何もしていない』
『パwパwさwんwwww』
せっかくの感動も、世貴の登場で笑いのコメントがあふれかえる。ちなみに世貴は満の配信は皆勤賞である。
『いやぁ、いいものを見せてもらった ¥10,000』
『ルナちって多才すぎん? ¥12,000』
「ありがとうございますわ。ちなみに今日のためにVブロードキャスト様に許可を取る連絡を入れさせて頂きました。もちろん、許可が下りましたので、本日の配信となりました」
『許可取ったんかwwwww』
『律儀やなぁ』
満が正直なところを話すと、リスナーたちには大ウケだったようである。
もちろん、そんなことをする必要はなく、必要な使用料はPASSTREAMER側が支払ってくれる。
満がこんなことをしたのは、自分自身の気持ちを落ち着かせたかったからだろう。
話題ができたおかげか、このあとの配信はかなり楽に進められたようだった。
「それでは、名残惜しいですけれど、本日のところはここまでとさせていただきますわ」
『うわっ、もう10時やんけ』
『時間だからしゃーないな。ルナち、二周年本当におめでとう!』
締めの挨拶を前に、リスナーたちからは次々とお祝いの言葉が投げかけられていた。
リスナーたちの温かい言葉に、満は思わず泣きそうになってしまう。
だが、配信自体はきっちりと終わらせなければならない。満は泣きそうなところをぐっと我慢して、配信の締めの挨拶をする。
『お祝い、ありがとうございますわ。よろしければチャンネル登録と高評価をよろしくお願い致しますわ。みなさま、ごきげんよう』
満は締めの挨拶を終えて、配信終了のボタンをぽちりとクリックしたのだった。




