第366話 もうどうにでもなれ
いよいよミニライブの時間を迎える。
夕方の六時とはいえ、さすがは真夏。まだまだ日が高く、気温も高い。
満たちはステージの裏で出番を待ちわびている。
「さあ、いよいよ本番だよ。地方都市の小さなイベントとはいえ、気を抜かないできっちりとやり遂げよう!」
「おーっ!」
イリスの呼び掛けで満たちは心と声をひとつにしている。
バックダンサーの半分は満子とルナのことをちょっと敵視したような感じではあるものの、ダンスと歌を実際に見せつけられて、ちょっと控えめになっているようだ。
「ぽっと出のあんたなんかを認めたくはないけれど、今だけは仲間だからね。フォローくらいはしてあげるから」
「はい、お願いします、先輩方」
満は嫌味を言われているというのに、にこやかな笑顔で頭をしっかりと下げている。
あまりにも純粋な姿だけに、バックダンサーたちの方が困ってしまっているようだった。
「……イリスさんが呼ぶだけありますね」
「ここまで純朴な子は見たことがないわ……」
空気が和やかになったところで、スタッフが呼びに来る。
「そろそろ一曲目です。準備をお願いします」
こう言われると、バックダンサーたちが満に手を差し伸べる。
「さあ、行きましょう。あなたの位置はイリスさんの間後ろで目立たないけど、決して手を抜くんじゃないわよ」
「はい、分かっています」
どこまでも真っすぐでキラキラとした笑顔に、バックダンサーたちは完全にほだされ始めていた。
そうした中、イリスのミニライブが始まる。
地元出身のアイドルということで、去年もやってきたこともあってか、それなりにお客さんは詰め掛けていた。イリスは容姿も悪くないし、歌もダンスもいい方だ。ただ、知名度が足りない。
だが、地元のイベントだと、地元出身ということだけで人が集まってくれる。
イリスとしては失敗したくないだろう。それはバックダンサーたちもそうだ。
年に一回の地元でのライブ。緊張する中音楽が鳴り始める。
満は左右に分かれたバックダンサーの間、メインで歌うイリスの真後ろで必死にダンスをしている。直前に振付師の指示もあって、動きが少し変えられたものの、それでもきちんと踊れている。
盛り上がる中、三曲が終わり、アンコールが響き渡る。
そこでイリスが取った行動に、満は思わずびっくりしてしまう。
「ルナちゃん、こっちこっち」
小さな声で満を手招きしているのだ。
なんということだろうか。アンコールの場面で、イリスは満を自分の隣に立たせたのである。
この時のイリスの行動に、バックダンサーはもちろん、裾で見守っていた環と振付師もびっくりである。
アンコールという場面で、一体何を考えているのだろうか。
「あの、イリスさん?」
戸惑いながらも、満はそっと前に出てくる。すると、イリスが満の手をぎゅっとつかんで前に引っ張り出す。
「ちょっと、イリスさん?!」
こけそうになるのを必死にこらえ、満はイリスの隣に立たされてしまう。
「さあ、アンコールなのでこの子にも目立ってもらいましょうかね」
イリスが大きな声で会場に呼び掛けると、会場内の観客たちがざわざわと騒ぎ始める。
「私たちの街のちょっとした有名人、ルナちゃんです!」
会場内の人でも、知っている人はすぐに反応していた。
「おやおや、知っている人もいるみたいですね。去年の配管工レーシングの世界大会で、見事、新世界チャンピオンに輝いたルナちゃんですよ!」
「イリスさん?!」
大きな声でばらされてしまい、満はわたわたと慌ててしまっている。
「もうやめて下さいよ。僕はそんなに目立ちたくないんですから!」
満が文句を言っていると、アンコールの楽曲が聞こえ始めていた。
「さあ、このライブも大型ゲストを迎えて、このアンコールで締めてしまいましょう!」
なんということだろうか。紹介するだけしておいて、その勢いでアンコールが始まってしまっていた。
こうなると、満もさすがにやけくそである。
気合い十分に、イリスの隣で振付を踊り始めた。
バックダンサーたちもやれやれといった表情で踊り始める。
結果、このライブは大成功に終わり、アンコールが終わったのにもう一度アンコールが起きるという事態となってしまっていた。
さすがに二度目のアンコールは行われず、そのままイリスのミニライブは終了する。
「もう、あの反応を見ていると、バックダンサーのみなさんも、このサプライズを知ってましたね?」
終わった後で汗をぬぐいながら、満はバックダンサーの四人を問い詰めている。四人はそれぞれにごまかすような態度を取っていたので、どうやら間違いなかったようである。
「もう、みなさんで僕のことだましてたんですね。ひどいですよ、僕みたいな素人を大舞台に巻き込んで!」
「ごめんなさいね。でも、ルナちゃんならきっとやってくれるという確信があったからこそ、このサプライズを実行できたんだよ」
「私はやめなさいとは言ったのですけれどね」
環は呆れたように話しているが、止められなかったのなら共犯である。
成功したからよかったものの、満がミスするようなことがあれば、誰が責任を取ったのか。こういう危険な真似は二度としてもらいたくないものである。
ミニライブ終了後に食事をおごってもらった満だったものの、ちょっと拗ねていたこともあって料理の味がよく分からなかったようだった。
はたしてこんな状態で翌日は大丈夫なのだろうか。
お祭りはまだ一日残っているのである。




